熱処理時の割れ

変形とともに、熱処理中の「割れ」も困った問題です。

変形が大きくなりすぎて、材料の持つ「強さ(特に引張強さ)」の降伏限界を超えると「変形」として残りますし、それ以上の変形が加わり、引張強度を超えると品物が割れるなどで破壊します。

言い方を変えれば、変形の大きくなった状態が「割れ」につながると言えます。

特にこの「焼割れ(焼き割れ)」は熱処理業者にとっても、お客様側にとっても困りものです。



速く冷やしたら割れる?・・・

昭和の年代には、温度不良、冷却むら、材料不良・・・など、 材料と熱処理に起因する焼割れもしばしば見られたのですが、近年では、材料品質が向上し、熱処理機器の管理精度の向上や熱処理の標準化などによって、熱処理技術の向上や標準化が進み、単純な形状の品物では、焼割れはほとんど発生しなくなりました。

焼割れに対する対応については、①急激な冷却が必要な低合金鋼に生じる場合と、②ゆっくり冷却しても焼の入る高合金鋼に分けて考える必要があります。

焼割れは、割れの起点における「引張応力」が材料の持つ強さを超えることが原因で起きる・・・というのが基本的な見方です。(逆に、圧縮応力ではわれが生じにくいと言えます)

すなわち、前者①では、隅部などの冷却が遅い部分で割れが生ずることが多いのですが、品物先端や角部に生じることは少ないことから、これは、「早く冷やすと割れる」・・・という言い方は、ほとんど正しくありません。

言い方を変えれば、焼入れで、遅く冷える部分から「割れる」ということです。

当社では、油焼入れしなくてもいい鋼種や大型の品物は、機械的性質を高めるために油冷して冷却速度を上げることも多く、冷却速度が早すぎるると、変形は多くなる傾向ですが、焼割れに対しては気にする必要はありません。

そしてまた、後者②の焼入れ性の高い鋼種の焼割れは、熱処理変寸などの形状的影響を受けるところが割れの起点になります。

この場合は、品物の断面が小さいところや尖った部分など、形状や設計上に起因する要素が強く現れる場合が多いようです。

極端な話ですが、空冷によって焼きが入るSKD11を、液体窒素や水で冷やしても単純な形状では割れることはありません。(品物が大きい場合や、冷却時に極端な温度差が生じる場合などでは、その他の要因の焼き割れ対策が必要です)

この場合でも、大きな品物などでは、冷却を早めることによって、焼入れ組織が良くなり、寿命改善になって好ましいのですが、反対に、変形の問題が出てくるのはいうまでもありません。

このことから、熱処理での曲りは、熱、変態、形状が関係し、それを少なくすることは、簡単ではありません。

曲り対策についても、今後も永久に熱処理につきまとうことなのですが、近年は、用いられる材料の傾向が、焼入れ性の良い材料に変わってきており、急冷しなくても十分に硬化する鋼種に変わってきていますので、その点では改善されてきています。



工具寿命よりも見た目を重視される傾向が強い

そうはいうものの、お客様の要望は、熱処理品質で寿命を改善すること以上に、曲り(歪 ・変寸)を出さないようにすることを重視されるという傾向があるのは事実です。硬さは少々低くても、曲がらないように熱処理してほしいと要望されることが多いのですが、これは困ったことです。

このためには、硬さや組織の状態を無視して、あえて冷却を遅くして変形対策をするという場合も出てきます。

もちろん、これは邪道で、熱処理組織などの「品質」的にはよくないことです。

しかし、これをわかっていながら、お客さんの第一要求が「曲りを少なく」であれば、「品質は構わない」という、お客様の要求に沿って熱処理をしなければならない場合もあります。

こういう矛盾を含む問題については、熱処理従事者としては頭の痛いことですが、顧客の要求を満たすことが最優先であれば、これも「熱処理」で、仕方がないということになります。


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焼入れ時の変形がもっとも大きいですし、変形の延長が「割れ」ですので、ここでは、焼戻しその他の変形について見ていきます。

焼戻し時の変形

焼戻しの際にも組織変化と熱によって応力変化や応力解放が進行します。
もちろんその際には、その組織変化に伴う変形や熱膨張の影響を受けます。

温度が加わって変形する過程では、「品物の応力は均一化される方向」になっていくために、それを無理に拘束すれば偏った応力が残ることになりますし、場合によっては、品物が割れてしまうこともあります。

この場合でも、大きな引張り応力がある部分に集中すると品物の破壊につながります。

一般に、焼戻し温度を上昇させていくと、鋼は次第に軟化しながら応力が均一化します。

ただし、高合金鋼では、500℃以上で再硬化する鋼種が多々ありますので、低合金鋼とは別のことを考えておかないとなりません。

この500℃以上で再硬化することを「2次硬化」と言います。
500℃以上の温度で焼戻しすると、炭化物の析出によって 硬さが増加し、一般的には、体積が膨張しますので、これによる変形が生じる場合があります。

SKS3の変寸 日立金属SLDの変寸

上図の左は比較的低合金の「SKS3(日立金属のSGT)」の例で300℃付近の残留オーステナイト変化やそれ以上の温度でのソルバイト化による変化が生じています。通常は、200℃前後の焼戻しをして使用される鋼です。

右は高合金鋼の「SKD11(日立金属のSLD)」の「焼戻し温度と変形率」の関係を示した一例です。500℃程度まではSKS3と同じような傾向ですが、そこから急激な寸法変化が生じています。

このSKD11も200℃前後の焼戻しで使用されるのですが、ここでは、焼戻し温度によって、寸法が変化する様子が示されています。

これは小さな品物の変寸率の一例で、実際の変寸率は、品物の大きさだけでなく、メーカーなどの製造履歴による違いもあるので、実態をとらえるのが非常に難しいといえます。

しかし、温度に対する変形傾向や材料に方向性がある様子などは、このグラフが非常に参考になります。


寸法変化(変寸)のとらえ方の難しさ

工具鋼では、鋼材メーカーのカタログなどに、上図のように、焼戻し温度と変寸率などが公表されているものは少なく、貴重なデータですが、0.1%に違いが変形に大きな影響を及ぼすということを理解しておく必要があります。

つまり、上図の、日立金属のカタログにあるSLDの変寸測定例で見られるように、変寸率が+0.1%だとすると、1mの品物は1mm伸びるということになります。

このことは、穴ピッチの狂いが心配であるなら、熱処理前寸法を修正しておくことである程度は寸法ぐるいが軽減できますし、品物の硬さの許容範囲が広ければ、焼戻し温度を変えることで、若干の寸法調整ができる・・・ということがこのグラフから読み取れます。

当社などで扱う、長さ3mを超える長尺の品物では、その変寸量が0.1%違えば、3mmという大きな数字になりますので、このような品物は、あらかじめ寸法修正しておかないと、 熱処理前に正確に仕上げたものでも、熱処理すると一般寸法公差を外れてしまうことになりますので、このようなグラフがあれば、(グラフ通りにならないまでも)重宝します。

変寸量は正確にはわからない

しばしば、熱処理依頼のお客さんで、「どれくらい寸法変化しますか?」という問い合わせをいただくことがあります。

それに対しては、 冗談に思えるかもしれませんが、初めて熱処理する品物では「変寸の傾向は分かりますが、どうなるかは、『焼いてみないと分からない』としか答えられないほど難しいのが現状です。

当面の対策は、仕上げ代をつけておいて、熱処理後に仕上げ加工をすることになります。


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変形の除去

変形は、「曲がり」、「歪み」などとも称されています。
それを矯正(曲がりの除去)する操作は、「曲り取り」「ひずみ取り」「矯正」などと呼ばれています。

さらに「ひずみとり」という言い方は、変形の除去以外に、「内部の偏応力の除去」という意味で用いられることがあります。

これは、「低温焼なまし」「応力除去焼なまし」をするという言い方にもなります。

この焼入れ硬化させた後の矯正作業は、「冷間」で行う場合や、熱を併用して行う場合があります。

熱を加えた状態では、鋼のじん性が高くなっており、硬さも下がるので、外力を加えても折損する危険性は低下します。

そして、焼戻しの効果による組織変化を利用して矯正しやすくなります。

【矯正の方法】 
硬さの低いものについては、油圧プレスやフリクションプレスなどで冷間で「プレス」したり、単ロールや多ロールなどを用いて、外力を加えて曲りを矯正します。

しかし、おおむね、外力による矯正は、30HRC程度以下の範囲以下の場合だけで、 それ以上の硬さになると、機械的に外力を加えるのは危険が伴います。

そのために、それ以上の硬さの品物は、加熱冷却時の熱応力を利用する方法や、焼戻し時の組織変化を利用して熱処理をしながら力を加えて矯正する方法の他に、 焼入れ冷却中に、Ms点にかかるまでの、焼きが入っていないタイミングを利用して、プレス矯正をする方法などが行われています。

焼入れ硬化後の焼戻し時の矯正は、通常、工具鋼などの硬い鋼では、1回目の焼戻し時に行うことが効果的です。

通常は、温度を上げながら、治具などを利用して拘束する(通常は、反対方向に無理に曲げて固定して焼戻しする)方法がとられます。

焼戻しを併用して行われる矯正は、焼戻し過程での組織変化と硬さ変化をうまく利用するものですので、2回目以降の焼戻しでは、焼戻し温度をより高温にしないと効果が出ませんので、この場合は、硬さ低下を伴う場合があります。

また、いずれにしても、外力を加えて矯正しますので、その応力が残存して、その後の加工時に、それが「悪さ」をすることがあります。

つまり、残留応力が加工中や品物の使用中に出てきて、曲がりや形状の狂いを生じることがあります。

そのために、焼戻し温度以下の「応力除去焼なまし」を付加する場合があります。

これは、応力を開放するというよりも、「ピーク応力の開放」という意味合いで、「応力を平均化させる処理」と考えていいでしょう。

これらは、すべて、余分な費用が掛かります。そして、矯正や応力除去が確実であるかどうかも、その時にはわからない場合も往々にしてありますので、楽観してはいけません。

さらに、これらの処理をすれば完璧に曲がりのない状態になるかと言うと、それも保証できません。 

【古くから行われている方法】 
その他の方法として、冷間あるいは温間で、タガネやハンマーなどで品物に圧痕をつけることで局部応力を発生させて曲りをとる方法が古くからおこなわれています。

しかしこの作業は、誰にでもできるという方法ではなく、割れなどのリスクも大きく、仕上げしろとの兼ね合いが出てきますので、一般の熱処理品にはお勧めできるものではありません。

【プレステンパー】 
矯正作業で、焼戻しする時に、治具などで品物を拘束して変形を除去する方法は「プレステンパー」と称される場合があります。

また、焼入れ過程での変形をさせないようにするために、赤熱した鋼の状態で、品物を治具などで拘束して焼入れをする方法があります。
これは、「プレスクエンチ」と言われます。

これらを含めて、いずれの矯正作業も経験が必要な作業ですし、治具なども品物以上に大型になることもあり、手間と費用の掛かる作業です。


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時効変形(経年変化)

熱処理時の変形は焼入れ焼戻し時に生じる以外に、品物を熱処理してから、かなりの時間を経過しながら、変化や変寸が生じることがあります。

これは時効変形経年変化と呼ばれます。

品物が温度や時間によって変形する理由には、内部の応力が均一化する方向に進んでいくことで変形が生じることや、組織が変化して変形につながる場合が考えられます。

鋳物などでは、鋳込み時に生じた内部の偏応力は避けられないために、「枯らし」という工程が取られることがあります。

これは、品物を加熱して応力を解放したり、品物を長時間にわたって屋外で放置することで、変形が安定した状態にさせてから最終の加工をすることで、製品になってからの変形を防止する対策が取られます。

鋼の場合でも、熱処理による残留応力の不均衡や残留オーステナイトが多いと、時間がたってから変形による寸法狂いや破損が生じる場合があります。

それを防ぐために、温度を加える焼戻し(または、応力除去焼なまし)による「オーステナイトの安定化処理」や、残留オーステナイトを低減するための 「サブゼロ処理」をすることで経年変化を低減する方法がとられます。

【サブゼロ処理】
サブゼロ処理は、0℃以下に品物を冷やす処理をいいます。

常温で焼入れ(オーステナイトからの変態)が完結しない場合に、炭酸ガスやドライアイスなどを用いて低温に品物を冷やすことで、残留オーステナイトを少なくする目的で行われるものです。

焼入れ時にマルテンサイトなどに変化しなかった部分(残留オーステナイトといいます)は、不安定な組織で、組織中に残ったオーステナイトは、時間が経つと、マルテンサイトなどに変化することがあリます。

マルテンサイトも不安定な組織で、時間が経つと、炭化物を析出するなどによって、より安定な状態になろうとする傾向がありますので、それに伴う変寸が生じます。

残留オーステナイトだけでなく、すべての焼入れ焼戻しした鋼は、時間が経過すると、組織や硬さ変化が進行します。

それに伴って体積変化が生じて、変寸や変形が現れます。これが経年変化です。

本来、焼入れ・焼戻しは、硬さを高くして内部応力を高める処理といえますし、高合金鋼を高い硬さで使用する場合には、 残留オーステナイトを皆無にすることは困難ですので、焼入れした品物の経年変化をなくすることは容易でありません。

書籍などにもしばしば、「サブゼロ処理によって残留オーステナイトを無くす」という表現を見かけます。しかし、そう言い切るのは問題があります。

例えば、SKD11などは、 焼入れ時には通常は20%以上の残留オーステナイトがあります。

これをなくそうと、当社でいろいろな方法でサブゼロ処理を含む熱処理試験をしたことがありますが、結局、それを5%以下に低減できませんでしたので、サブゼロ処理は、残留オーステナイトを軽減することで硬さの上昇などは望めますが、残留オーステナイトをゼロにできるものと過信してはいけません。

残留オーステナイト量が多い鋼種は、それを低減することはできないとなると、経年変化を抑えることは難しいと言えます。

(当社でも、焼入れ温度を高くしないことやマルテンサイト変態を促進する方法で、残留オーステナイトを少なくする検討をしたことはありますが、完全に無くする方法は見つかりませんでした)

言い換えれば、経年変化を嫌うゲージ類などにSKD11を使うと、サブゼロ処理をしても残留オーステナイトがゼロになる保証はありませんので、 このような鋼種を使うことは適当ではないと言えます。

ちなみに、SKD11は560℃程度の高温焼戻しによって、ほぼ消失しますが、55HRC以下の硬さになってしまいますので、硬さがほしいのなら、560℃の焼戻しで60HRCになるDC53などの8%Cr系の材料などのほうがいいということになります。


焼割れ・焼戻し割れ

熱処理過程での偏応力が大きくなりすぎると、それを均衡させようとして、品物が変形します。そして、変形しても応力を均一にできなければ、ついには、割れてしまいます。

通常の割れは、引張り応力が大きくなって、材料の持つ能力を超えた時に発生すると説明されますが、一般的に言えば、引張り応力が集中する部分で、かつ、材料強度の弱い部分で発生します。

熱処理は、組織変化や応力変化をさせるのが目的ですが、その応力や応力の集中によって、材料の持つ強度を上回ったときには、焼割れが生じるか、割れないまでも変形することで焼割れを免れる状態になります。

つまり、熱処理(特に焼入れ)においては、割れ・変形の危険性はいつも内在することになります。

焼戻し段階までに品物が割れてしまったり、クラックが生じることを「焼割れ」、焼戻し過程で生じたものを「焼戻し割れ」と言っていますが、熱処理過程中に割れたものすべてを「焼割れ」という場合もあります。

焼割れが生じると、ほとんどの場合は、品物として使用できなくなってしまいます。

近年、工具や機械部品類では、焼入れ性の高い鋼種を使った品物を扱うことが多くなっており、急冷しなくても硬さが出ますし、材料自体の品位もよくなっていますので、焼割れの件数は激減しています。

しかし、それでも、形状や材料品位の問題から、熱処理中の焼き割れは発生することがあります。

焼割れが発生してしまった場合には、その原因を突き止めるために、外観的な判断や品物を切断しての顕微鏡による調査などをすることもあります。

しかし、品物自体の調査によってその原因が推測できる場合もあるのですが、考えられる原因が材料や熱処理操作上のものであっても、形状や設計などの熱処理以外の要因や、それらが複合した場合も考えられるので、 調査によって不具合原因を特定するのは難しくて、責任の所在を決められない場合もたくさんあります。

変形の仕組みなどについて、こちらで説明しています。

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(来歴) H30.11 全文見直し。 H31.4 文章見直し  R1.10 文章分割と見直し