合金鋼の焼入焼戻しの着眼点
工具鋼は、成分・種類別には「炭素工具鋼」「合金工具鋼」「高速度工具鋼」などに分類されます。
また、用途別に「冷間工具鋼」「熱間工具鋼」に分けられる場合もあります。
これは、①冷間で使用される高炭素で耐摩耗性を重視した冷間工具鋼と、②高温で使用する特性を重視する低炭素の熱間工具鋼 ですが、これらは、一つの分類の仕方だけなので、それにこだわる必要もありません。
しかし、その特徴を活かすための熱処理の要点があるので、それを抑えないと、鋼種の特徴が活かせないこともあって、それが熱処理のわかりにくさになっているのかもしれません。
近年は、工具用には合金元素を多く含む鋼種が増えていて、これらは、十分な硬さと硬化深度が得られて、全体的な強度があるので、高価であって、たくさん使われるようになってきています。
それらの特徴を知って、目的の性能を発揮させたり、安価な鋼種をうまく使得るようになるには、熱処理の知識が役立ちます。
ただ、その熱処理(焼入焼戻し)の説明や考え方は、機械構造用などの低合金鋼と異なっている部分もあるので、戸惑うかもしれませんが、基本的な熱処理のポイントなどは変わりません。
それら熱処理や鋼材の知識が深まると、熱間工具鋼のじん性の高さを利用して冷間工具に使用したり、温間鍛造などで、マトリックスハイスと呼ばれる鋼種を使ったり、今までは製造することができなかった合金成分系の、粉末技術を使って作り出された鋼種などをうまく使って、工具に必要な特性を生かす熱処理を行うことで、長寿命の工具を作ることができるでしょう。
本質的には基本的な考え方のエッセンスだけを知っておれば、問題は起きることはありませんので、ここでは、そのエッセンスを紹介していきます。
工具鋼の特性は硬さを中心にして考える
比較的馴染みのある工具鋼の熱処理を考える場合は、工具の目的に応じて、「硬さ」と「諸特性」という点で考えるとわかりやすいと思います。
簡単に言えば、硬さが十分でないと、すぐに摩耗して使えなくなりますし、硬すぎると、欠損や破損をして寿命が短くなりますので、必要な硬さ値に対して、例えば、硬さを上げるとどういう特性になるのか、硬さを上げることは、その鋼種で可能なのか・・・などを考えていくことになります。
しかし、最初から工具に最適な「硬さ値」を決めることは難しいかもしれませんが、過去の例や下の表などを参考にして決めて、それからは仕様の状態を見て、硬さや材質、あるいは熱処理の方法などを考えていくのですが、当然、これはノウハウの範疇です。
順次に説明しますが、硬さによる評価は、簡単に検査出来て、非破壊で、比較的再現性があり、硬さと機械的な性質は関連性があることから、熱処理検査では、硬さ検査以外の試験・検査をすることはほとんどありません。
材料メーカーでは、多くの「硬さと機械的性質」に関するデータを公開しているので、それを利用することで、特殊な試験はしなくてもいいようになっています。
構造用鋼の熱処理では、構造物全体の強度や特性が重要でしたが、工具鋼になると、特定の特性(耐摩耗性、じん性、耐熱性など)を強調させるような熱処理が必要になります。 そして、それらの特徴は、硬さとの関係が非常に深いのです。
工具鋼鋼種名はメーカーの鋼種名を使う
工具鋼で重要なことは、同じJISに示される鋼種名(または、JIS鋼種に相当する鋼種)であっても、各社の特徴があります。
そのために、工具鋼の熱処理方法については、「メーカーの鋼種名ごとに、メーカーの推奨する熱処理仕様で行う」ということが基本になります。
PR下に、冷間工具鋼のJIS鋼種と、各メーカーの対照表を示しますが、例えば、JISのSKD11であっても、メーカーでは「SKD11相当品」と言っています。
これは、メーカー製品の品質は、JISに規定する品質レベルよりも遥かに高く、また、鋼材の製造メーカーの意図する特徴を出しているために、メーカーごとに特徴づけされています。
大きな違いはありませんが、焼入れ硬さの若干の違いや寸法変化などは、メーカーさがあることをけいかんしていますので、鋼種とともに、メーカーを選ぶことも重要で、出来上がった工具の性能差が現れるということもあることを知っておいてください。
この表は、メーカーの主要鋼の一覧で、比較的流通量の多い鋼種です。 工具鋼自体は、年間に生産される鋼の割合は全体量の0.2%程度と、多くはありませんし、メーカーでは、たくさんの鋼種を作っていますが、ほとんどが特殊なルートでの流通で、一般に流通するものは、この表の鋼種を除いて、非常に少ないので、まず、この表の鋼種を対象にするといいでしょう。
鋼材メーカーのカタログや技術資料には、熱処理条件については、「標準熱処理条件」を示していますので、通常は、それに沿って熱処理します。
ただし、そこにある表や数字の見方がわかりにくい場合があります。
例えば、焼入れ温度の推奨温度範囲を見ても、50℃程度の幅をもって示される場合がほとんどですし、カタログなどに示されるデータは、実際の品物の大きさとはかけ離れた、小さい試験片のデータを利用しているものである・・・など、実際に熱処理を考える場合には不親切な所も多いので、ここでは、メーカーの示す図表などに共通する事項やその見方などのうちの、重要な点を紹介しながら説明することにします。
PR工具鋼の評価のしかたは構造用鋼と違う
工具鋼で使われる硬さ範囲は広くて、その硬さでの評価が必要になるので、シャルピー衝撃試験や引張試験などで評価するにしても、試験が非常に危険で、簡単に試験できるものではないので、ほとんどは、メーカーの示すデータで評価などを決めることになります。
また、工具鋼を工具などの用途で使用する場合は、最も優れた寿命になるようにするために、鋼種や熱処理の仕方も重要で、そのためには、構造用鋼の説明では出てこなかった、熱処理関連の図表の見方などを知ることや、そこに書かれた内容を読み取って、鋼材の特徴をつかんだり、その特徴を高めるための熱処理を考えていくことも必要になります。
多くの書籍でも、特殊鋼や工具鋼などについて、いろいろな捉え方で説明されていますが、工具鋼などの特殊な特性を評価する試験方法の多くは、JISにはないものや標準的な評価方法や手順も定まっていないものもあり、さらに、高い硬さの試験は、結果のばらつきが大きいということもあって、標準化できないまま、いろいろな資料が使われて解説されている状況ですから、問題点もたくさんあります。
さらに、工具鋼でも、品物の大きさによる影響は避けられませんから、小さい試験片を用いた試験結果で考えるのに無理があることもありますし、熱処理評価のための「硬さ測定(硬さ試験)」をとってみても、測定できる部位は限定されますし、内部の硬さ測定は現実的には無理ですから、数少ないデータから、工具鋼全般の品質特性や熱処理を考えるのは大変ですが、最低限度ですが、ここでは、いろいろな図表や内容やその見方考え方などを説明していきます。
工具鋼の熱処理関係図表の見方
ある鋼種について、どのような熱処理をすればいいのかは、技術資料が入手できればいいのですが、メーカーカタログにも、限定的ですが、必要な諸元が掲載されています。
下の3つの図表は、プロテリアル(旧:日立金属)(株)の冷間工具鋼カタログの抜粋です。 各メーカーでは、このような熱処理に必要な数値を示した図表を公開しています。
熱処理をするための設備があれば、標準熱処理条件と焼入焼戻し硬さ曲線(これを「熱処理曲線」や「焼きもどし特性」などと呼ぶ場合があります)があれば、そんなに難しいものではありません。
また、通常の熱処理業者に熱処理を依頼する場合でも、最良の条件を知っておれば、焼入焼戻しをして、希望する硬さの指定することで、目的にあった製品に仕上げることができます。
カタログなどには、①鋼種の特徴 ②標準熱処理条件 ③熱処理曲線(焼戻し温度と硬さの関係)の他に、いろいろな技術データを掲載したり、他鋼種との比較を示しているものもあり、ここではすべてを説明はしませんが、これらを利用して、より高度な、製品に見合った熱処理について検討できるようにデータが提供されています。
PRそうは言っても、簡単に理解しにくいかもしれませんが、これらを使って、熱処理や材料について検討していくことになりますので、読み進めてください。
JIS鋼種でもメーカーごとに品質は違う
1例ですが、JIS鋼種にSKD11という鋼種で説明すると、上の冷間工具鋼の対照表で青枠で囲んだ、部分が各社のSKD11(相当品)です。
プロテリアル(旧:日立金属)では、SLDという鋼種がSKD11相当品で、SKD11として販売されていません。
その他のメーカーでも、SKD11に相当する鋼種を製造しているのですが、愛知製鋼がSKD11となっている以外は、各社のメーカー名で流通しています。
そして、各メーカーのSKD11(または相当品)は、JISの規定する以上の高品質になっていて、特性に特徴が出ている場合があるということですが、現実的には、熱処理の結果が大きな違うことはありませんが、できれば、各メーカーごとが公表している内容の熱処理諸元を使うほうがいいといえます。
メーカー独自の図表の見方を知ることも大切
下の図は、工具鋼メーカーのプロテリアル(旧:日立金属)(株)が提唱する、焼入れ性を表す一つの指標の「半冷曲線」と言われるものです。 他社が使っている例は見たことがありませんが、便利なもので、さらに洗練した標準化が進めば、もっと使いやすくなるのですが、一般化していかないのが残念です。
工具鋼の少し大きな品物の焼入れでは、油などの冷却材に入れますが、割れや変形を防止するために、常温まで冷やさないで焼戻し操作に進むのが通例ですので、500℃程度までの冷却を対象にした画期的な考え方は的を射ています。
この図には、実際の品物の焼入れをする場合の「質量効果(mass effectマスエフェクト)と焼入れ硬さの関係」が実感されやすいように、丸棒を焼入れした時に、表面と同等の硬さになる最大直径などで評価できる数値(この図では、8φ~550φ)が示されているのが便利です。
これを、プロテリアル(旧:日立金属)(株)では「半冷曲線」と呼んでいますが、丸棒中心部が焼入れ温度の1/2の温度になるときの冷却時間と硬さで焼入れ性を評価していて、たとえば、1030℃の焼入れ温度で室温が30℃とすれば、焼入れを開始してから、530℃になるまでの時間(半冷時間)と硬さの関係が示されています。
丸棒径に対応させているので、これを用いると、 ある丸棒径の品物を焼入れしたときの各部の硬さが推定できます。
これを見ると、比較的安価な高硬度の耐摩耗鋼のSGT(SKS3)は、品物が大きいと、中心に向かって硬さが低下しており、油焼き入れが必要で、70mm径の丸棒で、60HRCの表面硬さが確保できる「油焼入れ鋼」ということがわかります。
そして、焼入れ性の良いSLD(SKD11相当)では、この図に見られるように、表面から中心部に向かっての硬さが低下しない範囲が大きく、空冷の焼き入れでも、170mmの丸棒で60HRC以上の硬さになることなどが示されていますし、高速度鋼のYXM1は、高合金鋼であっても、そんなに焼入れ性がよくないことも、この図でイメージできます。
もちろん、この半冷曲線は、硬さについての情報だけなので、大きい寸法の品物を焼入れしたときには、表面より内部の硬さが低くなっているとともに組織も変化していることなどは、総合的な知識をもって見ていくことが必要になります。
そのような品物では表層と内部では機械的性質が異なっていて、表面より内部の性能が劣るのは一般的ですが、残念ながら、そこまでの情報や資料は、メーカーからは提供されていません。
プロテリアル(旧:日立金属)を含めて、工具鋼メーカーでは、焼入れするサイズと硬さが考慮された、独自の資料を工夫して作成して公開していますが、残念ながら、専門知識や総合知識が必要なので、簡単に図から内容を読み取って応用するのは、難しいかもしれませんが、これは、必要に応じて、徐々に覚えていくといいでしょう。
工具鋼の場合には、カタログや技術資料のデータは、ほとんどが小さい試験片を用いたデータですので、それらから、必要な硬さが得られるかどうかの情報や、機械的性質に関連する情報読み取るのですが、その第一段階としては、①鋼種の特徴 ②標準熱処理条件 ③熱処理曲線 を読み取ることからは始めるといいでしょう。
PR合金元素は多ければいいというものではない
鋼の特性を高めるためには、必要な硬さの炭素Cや、焼入れ性を高めて素地(マトリックス)の強度を高める、マンガンMn、クロムCr、バナジウムVなどの合金元素を加えます。
これらを加えることで、焼入れ性、耐摩耗性、強度、耐熱性などの特性が高まります。
炭素工具鋼は、共析成分以上の炭素を含んで耐摩耗性を高めた鋼種ですが、焼入れしたときに炭化物として球状化したセメンタイト(Fe3C:この3は小さく書きます)が耐摩耗性を高める効果がありますし、その他の一般の高炭素鋼や高合金鋼の場合では、炭素とCrやVなどの合金成分が化合して、 セメンタイト以上の硬さを持つ炭化物が生成することで、さらに高い耐摩耗性を持った鋼種になるので、炭化物を作る合金は重要ですし、合金が素地(マトリックス)に溶け込むことで、強さやじん性が向上します。
しかし、耐摩耗性とじん性は反対の関係にあって、耐摩耗性を高めようとすると、じん性が低下するので、合金元素の量を増やせばいいというものではありません。
鋼の製造は、試行錯誤で良い性質を持った鋼が生み出されて、理論は後追いされているものが多いので、鋼の種類は、「成分系」で分けて評価などを検討することが多いようです。
例えば、耐摩耗性、耐熱性に寄与するクロムCrは、1%(SKS)→3%(3Cr-3Mo系)→4%(ハイス系)→8%(8%Cr系)→12%(SKD11) のように大別されて、それをもとにその他の元素を調整して加えることで特徴のある鋼種系が構成されています。
合金量が増すと鋼材価格が上昇しますし、焼入れ温度なども上昇して熱処理費用も増大します。 また、向上する特性もある反面、特性が低下する要素にもなるので、合金量が高く、価格の高い鋼材が優れているということではないということを考えておく必要があります。
さらに、鋼種とともに、それを生かす熱処理をしてこそ、その価値が出てくるといえます。
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