鋼の熱処理のロゴ

エムエス(Ms)点・エムエフ(Mf)点について

焼入れ中に、マルテンサイトが生じ始める温度をMs(エムエス)点、マルテンサイト変態が完了する温度をHf(エムエフ)点と言います。

焼入れにおいて生じるマルテンサイトの生成量は、温度の降下につれて進行するので、冷却中に品物の温度がMs点に達すれば、ゆっくり冷やしてもマルテンサイト変態が進行します。

これを、「マルテンサイトは時間変態ではなく、温度変態だ・・・」と説明する人もいます。

このために、一般的には、焼入れ操作について、「焼入れ冷却中に、パーライトなどが析出しないように、Ms点までを速やかに冷却して、 それ以下の温度域では、品物全体を均一に冷却する」というように熱処理操作する・・・と説明されます。


冷却過程でパーライトなどの柔らかい組織が析出すると、十分な硬さが得られませんから、パーライトが出ないように早く冷却し、また、Ms点以下では、急激な温度変化は、各部の温度差から、焼割れや変形の原因になる・・・という理由から、ゆっくり冷却するのがいいために、このような表現をされるのでしょう。

Ms点は、マルテンサイトの生成にともなって、焼割れや変形が起きやすい温度が示されているということなので、特に大きな品物の焼入では、Ms点を意識する必要があります。

一般的には、鋼種の変態点は、鋼材の成分と焼入れ時の冷却速度に依存し、その生成量(マルテンサイトの割合)はMs点の温度以下の温度に依存します。

しかし残念ながら、このMs(やMf)はすべての鋼種でデータが示されているわけではありません。しかし、熱処理では大切な数字で、Msについては(成分範囲は限定的ですが)計算によって求める方法が考案されています。

PR


Ms点を計算で求める

鉄鋼協会の書籍「鋼の熱処理」によれば、
Ms(K)=823-350C-40Mn-35V-20Cr-17Ni-10Cu-10Mo-10W+15Co+30Al 
という式が示されています。

Rowland&Lyleの式では
Ms(℃)=499-324×(C%)-32.4×(Mn%)-27×(Cr%)-16.2×(Ni%)-10.8×(Si%)-10.8×(Mo%)-10.8×(W%) ・・・

・・・ このように、その他の研究を含めると、下表の例のように、いろいろな計算式があるようです。

もちろん、これらの式を適用するには、成分範囲の制限があって、どんな鋼種でも適用できるというものではありませんし、高合金鋼になると、適用できないものも多いようです。

Ms計算式の例

この表は、九州工大さんの1986年のレポートから引用しています。

PR


試しに、数種の式をつかって現用鋼種のMs点の実測値と平均的に計算した値をくらべてみました。(しかしこれは、単に、「これらの式は、簡単に適用するのは問題がありますよ!」ということを示しているだけですので、見ておくだけにしておいてください)

( )内は数種類の式から計算した数値で、「計算」のところに、平均(最大-最小)の数値を書いています。 -は適用範囲外であったことを示しています。 資料は少ないのですが、実例と比較すると、そんなに精度が良くない感じなのですが、鋼種ごとに実測したMs点がわかっていると、熱処理では利用価値があるのですが、残念ながら、それを実測して掲載している例はそんなに多くありませんから、その場合は、使えそうな計算式で推定できます。
Msの計算例と実測値に例
この計算結果を見ると、低合金のものは当たらずとも遠からず・・・ですが、高合金になると、その多くは条件範囲を外れてしまって、全く使えそうもないという結果でした。


ちなみに、このMs点の測定は、簡単な方法としては、冷却中の品物の温度推移を測定して、変態時の熱反応の起きる温度でそれがわかります。また、下の図のように、長さ変化で変態を捉えても推定できます。

しかし、冷却速度によって変態のしかたが異なることや、品物の大きさなどが冷却速度に影響することもあって、それを、公表できるデータにしようとすると、難しい問題があるので、各メーカーの鋼種カタログでも、あまり見ることはありません。

そのために、概算の計算値といえども、何も数字がないよりも、いいかもしれませんので、上の計算式は、結構役に立ちます。

焼入れ時の加熱冷却による寸法変化量の図

PR


上のいろいろな計算式を見ると、一般的には、C・Mn・Crなどが多くなるとMs点が下がり、特に炭素の影響が大きいということが読み取れます。 そして、面白いことに、CoだけがMs点を上げるように働いていますね。このコバルトの多い鋼種は、3回焼戻しが必要な鋼種があるなど、気にすべき元素のようです。

エムエス点、エムエフ点が示されていない鋼種も多い

このMs点に対して、マルテンサイト変態が完了する温度をMf点(エムエフ点)と言います。

高合金鋼などでは、Mf点が常温付近にあったり、常温以下になるものもあります。

そうなると、焼入れすると、完全にマルテンサイトに変態しないで、オーステナイトが残ってしまいますし、ベイナイトなど、他の組織に変化して変態が完了してしまって、Mf点がわからないで記載されていない鋼種もあります。

これらのMs・Mfを測定された鋼種は、そんなに多くはありませんが、これらを推定しておよその数字をつかんでいるだけでも、十分、焼入作業に役立ちます。


Ms・Mfについては、あまり取り上げられない場合も多いし、その値が示されていない鋼種もたくさんあります。

でも、複数鋼種の品物を混載して熱処理する場合などや、工具鋼の焼入れでは、それを把握しているか否かによって、製品の変形の制御、焼割れ、焼き歪の防止・・・などの製品品質と関係するので、熱処理業関係者は主要な鋼種について把握しておくと、結構、役に立つと思います。


   →次ページ  焼入性について

↑このページの上へ


(来歴) H30.1 項目分割  R2.4 CSS変更  R2.8写真の整合化  R4.7ページ分割
   最終確認R6.1月

熱処理ページの目次

各ページにリンクしています。
鉄と鋼の温度と状態
鉄と鋼と鋳鉄について
熱処理温度状態と平衡状態図
焼入れ
熱処理による強さ・硬さ
鋼の炭素量と焼入れ硬さ
焼入焼戻しと残留オーステナイト
不完全焼入れ
エムエス点・エムエフ点
焼入れ性
焼入れ性を増す合金元素
焼入れに関係ある用語
鋼種と焼入れ条件
焼入れ保持と冷却
機械構造用鋼の調質と焼入焼戻し
構造用鋼の焼ならし・ノルテン
固溶化(溶体化)処理
合金鋼の焼入焼戻し
工具鋼の熱処理の留意点
標準熱処理と熱処理の本質
恒温変態曲線(S曲線)
CCT曲線・恒温熱処理
焼もどし温度と鋼の変化
工具鋼の焼戻しについて
構造用鋼の焼戻しと調質
工具鋼の焼戻しに関係するもの
サブゼロ処理・クライオ処理
焼なましの種類と概要
機械加工と焼なまし
加熱設備・熱処理炉
炉の雰囲気や冷却の問題
鋼の硬さと硬さ試験機について
硬さ試験の注意点
工具鋼の材料選び
工具に必要な特性と要素
耐摩耗性とその試験方法
じん性とその試験方法
工具鋼の技術資料やデータの見方
五感で感じてわかる熱処理温度
簡単な鋼の火花試験をしよう
熱処理変形や変寸について
熱処理での割れ・時効変化について
鋼の炎焼入れ・浸炭・高周波焼入れ
鋼の顕微鏡組織観察
熱処理した鋼の顕微鏡組織
鋼の硬さ換算表
あとがき

INDEXのページ
サイトマップ

PR


関連記事