この記事は、熱処理をする側の人に関係する内容のようですが、熱処理を依頼する側の人にとっても、硬さ測定の問題点を知ることで、熱処理の不具合発生に役立つでしょう。
熱処理品の硬さに関する問題点
硬さは、商取引の上でも重要な取引指標となっているので、試験機精度や測定方法等については、「管理」された状態にしておく必要があります。
熱処理加工におけるJIS表示許可やISO9001 の認証を取得している企業は、硬さ測定や硬さに関する基準を確立しており、安心して熱処理を依頼できる体制になっているので、その都度、硬さに関する事前の打ち合わせをしなくても大きな問題は生じないでしょう。
しかし、問題が皆無というわけではありません。 ここでは、硬さについてのトラブルになりやすい根本的な問題点を説明します。
【実際の品物測定】
硬さの「確からしさ」の保証範囲は、極論すれば、「硬さ試験機と硬さ基準片を用いた硬さ」だけです。
実際の品物になると、いろいろな大きさや状態があって、熱処理後の硬さが、形状の影響を受けていてばらついていても、実際に、硬さを測定する部位は限定されたところでしか測定できませんので、硬さで品物の熱処理後の評価をする際には、いろいろな対応が必要です。
測定する品物は、ナイフのような薄く小さいものから、非常に大きく重い品物までありますし、また、設計図面に書いてあるというだけで、 要求者(お客様)が硬さ試験方法すらわからないまま、そこに示された数値を要求される場合もあります。
そうなると、
①指定された試験機が使えない
②指定された位置が測定できない
③再現性のある硬さ測定ができない
・・・などの問題がでてきます。そして、その結果をお互いが納得できない・・・という結果になりかねません。
これらの問題は、近年では「代替試験機で測定して、換算表を利用して、要求される硬さ評価をする」ということで問題とならないようになってきていますが、本来「硬さは、指定された試験機で測定する」というのが基本ですので、もしも図面などの仕様と異なる検査方法をとる場合は、事前にそれを協議しておかなければなりません。
熱処理品を受託する際には、測定位置、測定方法、 検査個数などを取り決めておくことが基本になります。 しかし、ISOやJISなどの認証取得している企業では、それらの規格を踏まえて、
抜き取り方式や測定の基準など、社内基準にそって測定をする仕組みを作っていますので、普通は、事前に個々の打ち合わせをしなくても大きな問題が生じないようになっているのですが、初期品の場合は、事前に確認するのがいいでしょう。
個別に特別な検査をすると、もちろん費用もかかりますので、 それらを含めて事前に協議するに越したことはないでしょう。
PR熱処理品の硬さ測定
【検査者の技量】
硬さの測定方法は、JISなどに規定されていますが、それは一般的な事項や硬さ基準片に対する測定を対象にしている内容ですので、実際の品物のすべての試験方法などを含んでいません。
このためには、実際の品物を測定するには、測定者の習熟や技量が必要になります。
特にショアー硬さを手持ちで測定する場合や、ロックウェル硬さ試験機で異形状品を測定する場合などには、経験・熟練が必要で、 JISの文言通りに測定しても、正しい硬さが得られないこともあります。
複雑な形状の品物の硬さを、「いつでも再現できるように、正しく測ること」は難しいものですので、測定者の技量認定などを行って、正しい硬さを測れるようにしておかなければなりません。
また、硬さ測定値を判断(決定)する技量も重要です。
硬さ試験片の硬さ測定と違って、熱処理した品物では、測定するたびに異なった値になる場合が少なくありません。
これは、硬さ測定に影響する要素がたくさんあるためで、そのために、その測定された数値は、数値の処理方法だけでなく、そのばらつき理由、鋼材の熱処理特性、 重量・形状、硬さ測定面の表面粗さ・・・などの広い知識などの、硬さ試験の経験的な技量を基に決定しなければなりません。
ここでは、測定方法や基本事項を説明しているのではありませんが、硬さ測定での不具合が発生しやすい内容のいくつかを紹介します。
(1)一般的な測定の仕方
ロックウェル硬さ試験機を用いて、焼入れ焼戻しした1kg程度の小さい品物を測定する場合を考えてみましょう。
硬さを測るには、測定面、試験機の測定台に接する面の手入れをします。熱処理肌を直接測る場合は少ないと考えていいでしょう。 そして、正しい硬さを測るために、測定する部位を、グラインダーなどで表面を少し掘り込んで、さらに、バフグラインダ(スポンジ砥石)で磨いた部分で硬さ試験をします。
このときの掘り込み深さは、熱処理の方法によって変わりますので、依頼側(お客さん)も受託側(熱処理業者)ともに、 測定位置と熱処理後の仕上しろを事前に確認するようにするといいでしょう。
特別の指定がない場合は、①品物の作用面(硬さの必要な部分) ②仕上げしろのある部分 ③中央部などの安定部分 ④製品となった時に目立たない部分 ・・・ などで測定することになります。
次に、品物を試験機に載せて測定をしますが、安定に測定台(アンビル)に密着していない場合は、その面の手入れをしておかなければなりません。
測定面(部位)の表面粗さと傾斜や平行度、試験機と品物の密着性が重要です。また、表面は6S程度以下に仕上げないと、硬さが低く測定されてしまいます。
また、意外と見落とされがちですが、測定台(アンビル)との密着面の表面粗さが粗かっ たり、密着度が低い場合も同様です。
(2)測定の仕方で硬さ値が変わります
JIS規格には、例えば、 ロックウェル硬さにおいては、2mm程度以下の厚さの品物や、測定面が平面でない場合などについて、 誤差が大きくなる場合の測定についての制限や、形状による測定値の補正・・・について記述されています。
補正のやり方、考え方を以下に示しますが、これは一例です。
ロックウェル硬さ計で凸面を測定した場合には、測定値が実際よりも低くなるために、正しい値に近づけたい場合には補正値を加えなさい・・・というのですが、普通は、熱処理後の試験では、形状の補正はしません。
つまり、熱処理後の製品の硬さ検査では、「測定した部分の硬さ」を検査表などに記入するのが原則ですので、補正せずにその硬さを測定値とするのが普通ですから、凸面や傾斜面での測定値に対して、実際の品物の硬さは高い値になっている・・・ということを理解しておく必要があります。
たとえば、JISの付属書によれば、円柱面の補正値は、 曲率半径12.5mmの品物の硬さが60HRCで0.5、40HRCでは1.0となっています。 試験値が60HRC、40HRCの実物の平行面での硬さは、60.5HRC、41HRCです。 (次項を参照ください)
PR(3)通常の熱処理検査では、形状による補正はしない
上に書いたように、普通の熱処理品検査では、JISにあるような曲面や傾斜の補正はしないで、測定した値をそのまま表示していることに注意してください。
「指定部分の硬さを示す」という考え方が基本で、例えば、中心部まで焼入れ硬化するSKD11 のφ10×50(mm)の丸棒の外周を測る場合と、端面を測る場合では、測定値が1.0HRC程度差異があることになりますから、熱処理依頼をする場合は、 これを知っておかないと、思わぬトラブルになる場合もあるかもしれません。
例えば、丸棒の高周波焼入れ品などでは、焼入れした円筒表面を測りますから、特に硬い硬さを必要とするものが多いので、品物を使用する場合は問題ないとしても、このことを知っておいて、必要な場合は、指定硬さを調整したほうがいい場合もでてくるでしょう。
試験機精度や硬さ試験片で得られた硬さの誤差を補正することを『硬さ補正』と言っていますが、これには、熱処理品の形状による硬さ値の調整はしていない・・・ということを覚えておくといいでしょう。
さらに、次のような(1)~(3)の注意しておいたほうがいい例を紹介します。
(1)ロックウェル硬さ計では、およそ10kgを超える品物の場合は、硬さ計の躯体強度から考えても、「測定は不適」ということになっています。 しかし、現実的には、 そのような大きなものでも「HRCの硬さ指定」があれば、測定はできますので、ロックウェル試験機で測定しています。
これは確かに、『ロックウェル硬さ計を用いたロックウェル硬さ値』 であることに変わりがありません。 私の知る限り、測定値が低く出る場合が多かったのですが、これも、試験機が保証しない重さの品物ですので、試験機によってどうなるのかがわかりません。
(2)品物の周辺部では、荷重が逃げるために正しい硬さが測定できていません。
硬さは内部応力を測っているものだと考えると、品物の中央と端とは違った値になることが予想されますし、品物の端に近い測定では、一般的には、低めの硬さを示していますので、逆に、中心の硬さは高くなっていると考えていいでしょう。
製品に傷が残るのを恐れて、端部に近い位置で測るように指定したい・・・という場合もあると思います。
このような場合は、ロックウェルの測定台を大きなものにして測定するのですが、これも同様に、その測定値は「測定した部分の硬さ」が示されているだけで、 本体中央の硬さと同じであることは保証されていないことになります。
(3)ショアー硬さ計では、小さなものの測定には不向きで、小さい品物を測る考慮はされていません。
この場合も、 指定された部位をショアー硬さ試験機で測った結果である・・・というだけの値です。
*****
その他にも硬さ値に関するいろいろな問題があります。熱処理する側(測定者)がこのような言い方をするのは、変なことかもしれませんが、測定された「硬さ」には、いろいろな内容が含まれていて、硬さ試験片を測定する場合とは異なっています。
たとえば、ロックウェル硬さ計で、「この部分を測定すること」と指示されている場合、その部位や指定が、本来の値を示していないということを検査者が感じても、それをどうするのかを検査者が判断するのは難しいことですので、この場合は、設計者や受注時に仕様を決める際の知識は非常に重要になります。
それを考慮できるか、理解しているか・・・などが製品の品質に影響することにつながることを覚えておいても損がないでしょう。
(4)測定は標準作業化されています
あらかじめ、仕様を取り交わしたり、検査仕様を決めておくことは必要不可欠のことですが、 現実的には、リピート品であったり 、 形状を見て経験的に判断できる・・・ということで、事前に取り決めが行われない場合がほとんどです。
つまり、受発注の際の硬さ値(硬さ範囲)が明示されておれば、それ以外は、熱処理のプロに「おまかせ」になっているのがほとんどです。
これは、お互いが信用しているということですが、事前に仕様を取決めないことでの問題が皆無であるとは言えません。
たとえば、熱処理する側は、「測定できる位置で検査する」「指定の試験機が使用できない場合は、他の試験機を用いて 『硬さの換算』をして判定する」ということは自明のことと考えていますし、反対に、依頼する側は、「使用面は検査痕を残してはいけないので、 目立たないところで測定するのは当然」「HRCという硬さ指定をしているので、当然、それで測ってもらえるはず」と いうように、それぞれが都合のよいように考えているかもしれません。
このようなことでクレームが発生すれば大変です。
繰り返しになりますが、やはり、不具合発生を未然に防ぐためには、事前の仕様確認が大切ですし、特に、設計者は、ある程度硬さというものを知っておく必要があるでしょう。
「硬さ換算」についても、注意しなくてはいけません。
本来は、 事前に検査内容を打合せしてあればそれにそって作業をしますが、打ち合わせた取り決めがない場合は、①測定しやすい試験機を用いて、②硬さ換算表を使用して換算します。
検査に使った試験機は検査成績書などに表示してあり、それがわかるようにされているのですが、気が付かない方も多いようですので、必要な場合は確認するようにしましょう。
ほとんどのお客様は、 硬さについては熱処理加工者側を信頼していただいているか、または、それを意識していないかのどちらかですので、何も打合せがなければ、 慣例的に換算表によって要求する硬さで表示するのが通例となっています。
だから、換算に伴う問題がないわけではありません。
上に示したように、大きな品物になると、HRCの重量制限のためにHSで測定します。 この場合に、もし、それを無理にHRCで測定すると、硬さ換算表の値とは違った値になってしまうのですが、こうなると、どちらの硬さが正しいのかということもわからなくなります。
これらを理解いただけるように説明するのは、大変難しいことですので、紹介にとどめます。
PR(5)検査のやりかた
通常の熱処理品の最終検査は、全数検査ではなく、ほとんどは、抜き取り検査が一般的です。 また、長尺の製品では、製品の一部を採取して検査する場合もあります。
この抜き取り検査も、JISなどでなどにある「係数抜き取り方式」などとは違って、「熱処理工程の確認にために抜き取り数を定めている」・・・というもので、抜き取り検査数は、少ない数です。
つまり、統計的に保証する抜き取り数でなく、工程確認用の1~2個と、少ない抜き取り数の場合がほとんどです。 これは、費用の問題もありますし、商品に検査用のグラインダ加工をして、傷をつけるのを少なくするためですが、ISO9001などの品質規定を取得している工場では、定期的に加熱炉の温度精度や冷却時の硬さのばらつきなどを試験して、一定の製品保証がされているので、少ない抜き取り数でも十分でしょう。
全数検査値が必要な場合などでは、費用がかかりますので、検査方法を事前に打ち合わせておくといいでしょう。
あわせて、製品をグラインダーで削るなどの加工の可否や、測定する試験機なども、打ち合わせしておくと安心ですね。
検査をしては困る場合には・・・
検査時の圧痕や測定部分が残ってはいけない場合には、テストピース(別に準備した測定用の試験片)を同時に熱処理して、それを検査して代用することや、まったく硬さ検査をしない場合もあります。
硬さ検査をしない場合には、温度記録や工程記録で熱処理工程の内容を保証することになります。
(6)測る人の技量が重要
上で書いたように、通常の熱処理完了後に行う硬さ検査は、硬さ測定や判定と言うよりも、目的の熱処理が正しく行われているかどうかの確認をする作業と考えるのが適切かもしれません。
これは、「検査」という意味合いとは異なるかもしれませんが、熱処理では、工程の管理が重要で、そのためには、試験機の管理だけではなく、検査者が正しい硬さ測定の方法知識を習得しており、測定技能を持っているかどうかや、 鋼材や熱処理の知識があるかどうかも品質を保証するのに必要とされています。
たとえば、鋼種によっては、焼入れ性の影響で、表面の硬さむらが出やすいものがあることや、表層が脱炭するなど、目に見えない変質が発生している場合に、それを発見したり、対処するためには、検査に対する知識以外の関連知識が求められます。
つまり、人的要素も関係するので、JISやISOの認証工場では、検査作業者の技能を認定して、一定の技量を携えた人が 検査する・・・という仕組みになっていて、これで硬さ全般を保証していることになっています。
硬さと機械的性質
機械的性質とは、 品物に外力を受けた場合の抵抗力・耐久力などを言い、引っ張り強さ、圧縮強さ、衝撃強さ・・・などをさします。
鋼材メーカーやJISに基づく熱処理データーに、硬さと機械的性質の関係についてのいろいろ試験やデータがあるために、「硬さを測れば、およその機械的性質 がわかる」という利点があり、非常に便利になっています。(特定鋼種以外の鋼種のデータはまだまだ少ないですが・・・)
硬さの測定にかかる費用は、他の材料試験に比べて安価です。
測定痕が残りますが、仕上代(取りしろ)をつけておくだけで、製品でキズが残ることはありません。 また、非破壊検査ですので、テストピースを作らなくても 、 直接品物を測定できるという点が非常に優れています。
もしも、何かの機械試験するとなると、試験片を作るのにも費用がかかりますし、どのように試験片を採取して機械試験をするのか・・・などの検討も必要なので大変です。
また、何よりも、機械試験のほとんどは破壊する試験なので、その再現性も保証されませんから、それらの機械試験に比べると、硬さ試験の優位性は抜群と言えます。
硬さの相互間の関係:「硬さ換算表」
硬さ換算表は、JISで規定されるものではありませんが、非常に便利なものです。
熱処理品の検査は、指定された試験機を用いるのが原則ですが、指定する側(お客さん側)が、硬さについての理解した上で、硬さ指定をしているとはかぎりませんので、適切な試験機で測定して、要求される硬さにするための「硬さ換算表」は、取引上においても非常に重要なのです。
そうはいうものの、JISで規定することには、いろいろな問題があるのでしょうか、JIS規格化されていません。
しかし現実は、硬さ換算の必要性は高く、商取引では常時行われていて、 JISのハンドブックには、アメリカのSAE-J-417の 「硬さ換算表」が掲載されていますし、同じような、その他の換算表もあります。
私も、SAEの換算表の曖昧な点があったので、HRC-HSなど、よく使う硬さについて、より細かい換算ができる換算表を作って、実際に問題なく使用しています。(→こちらのページで紹介)
もっとも、日本国内では、古くから「カタサ研究会」などで硬さの研究がなされていて、換算表についても「各種測定法による硬さの換算表に関する研究委員会」 で規格化の検討が行われていたのですが、ほとんどの数値を対比しても、SAEの換算表の値と違っていません。
私の知る範囲では、いろいろな換算表があって、それらの数値も微妙に違うのですが、どのような換算表でも、実験値を元に作られたものですので、使用するには一応の制限・適用条件が書いてありますし、「この換算表を使いますよ・・・。」と明示しておけば、使うことでの大きな問題はないでしょう。
どのような硬さ換算表でも、作成には、いろいろな硬さ測定データーを集めて、それを近似・補間して作成されますので、 数値の丸め方などで、基準になる硬さの取り方で、表の数値も違っています。
私自身は、熱処理の試験値は、そんなに厳密なものとは考えていないのですが、「検査」となると、いろいろな問題が加わりますので、事前の打ち合わせを怠ると、クレームに発展することもあるので、注意しましょう。
→硬さ換算表はこちらのページで説明しています。
↑このページの上へ
PR