第一鋼業株式会社~熱処理用語

 オーステナイトの安定化  [a26]

残留オーステナイトは温度を上げると分解しますが、その分解温度以下で焼戻しした場合などに、マルテンサイトなどへの変態が起こりにくくなること、またはそのための熱処理を「オーステナイトの安定化」といいます。


一般に焼入れ時に生成した残留オーステナイトは400℃程度以上の温度で分解をはじめ、560℃程度で消失します。

しかし、冷間工具鋼の多くは低温焼戻しをして使用されるので、焼入れで生じた残留オーステナイトは、正規の焼戻しでは分解しません。

そのために、焼戻しをしっかりやって、残留オーステナイトが時効変化(経年変化)をしないようにする必要があります。

これを「残留オーステナイトを安定化させる」といいます。(安定化処理)

通常の工具類では、焼入れ時にはすべての組織がマルテンサイトにならないで、焼入れ性の良い鋼種では、未変態のオーステナイト(残留オーステナイト)が組織中に残っています。

高い硬さが必要な鋼種は、通常200℃程度以下の焼戻しをしますが、この温度では、残留オーステナイトは変化せずに、焼戻しによって変化しにくい状態になります。

これを「残留オーステナイトが安定化する」という言い方をします。

これは、焼戻しておくと、その焼戻し温度までは加工熱などの外から加わる熱に対しても硬さや組織の変化が少ないこととわわせて考えると、焼戻しをしっかりすることで、鋼の状態が安定になる・・・と言えます。

例えば高合金工具鋼SKD11で、焼入れ後にすぐにサブゼロすると64HRC以上の硬さが得られますが、焼割れの危険性を防止するために150℃程度で焼き戻ししてからサブゼロ処理をする場合があリます。

この場合には、150℃の焼戻しが影響して、サブゼロ処理をしても、硬さが充分に上がらないことを経験することがあります。

つまり、150℃の焼戻しによっても「オーステナイトが安定化」してサブゼロをしても組織変化をしにくい状態になってしまった・・・と言えます。

このように、厄介な残留オーステナイトですが、残留オーステナイトの処置を間違うと早期破損につながりやすい・・・ということになるので、これについて説明します。


残留オーステナイトは常温などの低温域では不安定な組織で、使用中に強加工を受けたり熱変化によって、マルテンサイトその他に変化します。

これは「加工誘起マルテンサイト」などとよばれますが、品物の早期破損の原因になります。

このために、工具などは、残留オーステナイトを少なくして、それを安定化する熱処理が基本になります。

それには、サブゼロ処理をしたり、できるだけ高い温度での焼戻しが有効です。


しかし、しばしば、低温焼戻しをする冷間用の工具で、「焼戻し1回でOK」という仕様でダイス鋼などが熱処理されているという話を耳にします。

これは、非常に怖いことなのですが、それを仕様にする理由やそうなった経緯はよくわからないのですが、熱処理費用を下げる目的だと思っていたところ、書物などにも、その記述を見たことがあります。

これについては、熱処理試験片のような小さな品物では、問題ないと考えるのですが、その理由は、小さな品物では、焼入れ後に常温まで完冷しても、割れや変形を気にすることはなく、焼入れ時に室温(あるいはサブゼロなどで室温以下に)完冷されておれば、1回の焼戻しで問題ありません。

例えば、SKD11などの高合金冷間工具鋼は、焼入れ時の残留オーステナイトが20%以上残っていますし、通常の熱処理作業では、品物の単重が数kgと大きくなると、焼割れや変形防止のために、焼入れ後に常温まで完冷(完全冷却)しない場合がほとんどです。

つまり、完冷せずに焼戻し作業に入るために、残留オーステナイトの一部は、焼戻しの冷却でマルテンサイトその他に変態します。

このような実際の作業を知らないで、「焼戻しは1回でいい」ということが言われていることは、非常に危険なことで、むしろ、冷間工具鋼の焼戻しは「1回でOK」ということがまかり通っているのは不思議でなりません。

重要部品であるなら余計に、しっかりした焼戻しなどの工程を経なければなりません。

別の見方ですが、残留オーステナイトの量については、『10%程度の残留オーステナイトはじん性値を上昇させるので「良い」』・・・と考えられています。

確かに残留オーステナイトによってシャルピー衝撃値などは上昇することは確かです。

しかしこれは、シャルピー試験などでの「見かけの」じん性向上であって、寿命が向上するかどうかは別問題と考えたほうがいいでしょう。

この熱処理方法や残留オーステナイトに関する考え方は、すべて試験されて確定したものではありません。しかし、大切な品物を、ちょっとした手抜きによって、早期破損などの原因になる可能性は、極力排除すべきです。

もちろん、これらは議論や検証が必要なのですが、構造用鋼や残留オーステナイトの分解温度を超えた焼戻し品は問題が少ないのですが、どう考えても、『焼戻しは1回でよい』とする考え方には賛同できません。

(これらの内容については諸説もあって説明するのも大変ですが、興味ある方は、こちらの当社の記事なども参考にしてください)



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