熱処理用試験片の特殊性について [n14]
JISに規定される機械試験や硬さ試験については、試験片の形状寸法や基準片の規定はありますが、熱処理の焼入れ温度と硬さの関係用の試験片などの熱処理用試験片については、規定がありません。
だから、あまり意識してデータを見ることはないでしょうが、鋼材を熱処理した試験をしようとすると、質量や形状で結果が左右されるのが通例ですから、熱処理データをとるための試験片については、鋼材メーカーごとに様々で、特殊なものになっていることを知っておくのもいいでしょう。
… といっても、規定がないので、各社は、試験に応じて適当な形状を決めて試験することになるのですが、古くからある、現在利用されている機械構造用鋼などのデータの多くは1975年以前のものが多いので、それらの試験の詳細もわからないものもたくさんあるのですが、実際的には、試験の詳細がわからなくても、再現できるものなので、現在も昔のデータが使用されているのでしょう。
このS45CやSCM435などの機械構造用鋼の焼入れ(調質)関連の試験片は、焼入れの影響を受けないように、臨界直径(→こちらを参照)や硬さの検査がやりやすくなるように、10~15㎜径程度以下のものが使われます。
そして、工具鋼などの焼入れ性のいい鋼種でも、ほとんどは10mm角や10mm丸程度の試験片が使われていますし、私が熱処理試験をする場合も、きっちりとした寸法で作ることはありませんでしたが、焼入れ~焼戻し硬さの試験用であれば、少しの大きさの違いが結果に反映しないので問題はないのですが、機械試験などでは、条件を合わせるために、試験片形状を指定する場合や材料の採取についての条件などが必要になるはずですが、これも、各社ごとに条件を定めて実施しているのでしょうが、詳細は分からないものも多いです。
私が試験をする場合は、多くはプロテリアル(旧日立金属)さんに合わせていましたので、形状や条件を教えてもらって、試験条件を合わせる工夫をしていましたが、それでも、絶対値での比較はできないので、標準条件などを含めて「比較試験」をしていたのが実情です。
もちろん、試験片について定めている試験機があります。
例えば、熱処理変態の様子や寸法や硬さ変化を調べる試験では、「フォーマスター」という装置を使って試験されることが多いのですが、これには3㎜径x10mmという小さな試験片が使われますし、このHPでも紹介している大越式迅速摩耗試験機の場合も、摩擦させる相手材について取説に書かれていますし、高い硬さでシャルピー試験をする場合は、プロテリアルさんのように、特殊な縮小形状で試験をするなどもあります。
このように、ともかく、熱処理で硬さが関係する試験は、小さな試験片で試験されたものであることを知っておいてください。
機械試験では試験片の形状が決められているけれど…
機械試験(引張試験や衝撃試験など)については試験片の形状が規定されていて、試験もJISに基づいて行います。
しかしこれは、試験片の寸法形状や試験方法が決められているだけで、熱処理の成果(例えば引っ張り強さや衝撃値)の評価が加わって、材料や熱処理の優劣を評価する場合は、JISに決められた寸法形状以外に試験片の採取方法などを決めて試験片を作らないといけません。
例えば、シャルピー試験や引張試験をして機械的性質を試験したい場合は、材料の採取位置や材料の方向を考える必要がありますし、当然、大きな製品から試験片をとる場合と、試験片用の鋼材を使う場合では、衝撃値の結果は完全に違ったものになるのは明白で、JISにそれらが規定されているというものではありませんので、独自に規定して、条件を合わせていく必要があります。
鋼材メーカーでは長い経験に基づき、独自の方法で試験をしています
メーカーのカタログなどに示されている値は、特にJISなどの規定がない場合には、試験結果が安定した「良い結果」となるように、メーカー独自の様々な工夫がされています。
例えば、品物から試験片を採取して熱処理試験をしようとする場合(これを実態試験といいます)はカタログ値と大きな違いが出ることもありますので、熱処理の基準になるデータをとるための試験片は、十分に鍛錬して均一になった鋼材から試験片を削りだします。
ここで一例に、S45Cの調質品をJIS4号引張試験片で引張試験をする場合を考えてみましょう。
引っ張り部の平行部分は14mmですが、つかみの部分は25mm程度ですので、25mmの丸棒で熱処理するのと、平行部分を削り込んで熱処理したあとで仕上げ削りした場合は、例えば、耐力に大きな差が出ます。
さらに、大きな品物の実態試験になると、鍛錬(圧延)状態が違うので、小径丸棒で行っているカタログ値などと大きく結果が異なる場合も出てきます。 そういう条件を吟味して熱処理や熱処理試験をする必要があります。
【工具鋼の場合は … 】
工具鋼についても、各メーカーで試験片の大きさや試験方法が異なっているのが実情です。
熱処理温度を変えて硬さを調べる熱処理試験では、φ15程度以下、又は15角程度以下の小さな試験片を用いて試験されているものが多いようです。
これも、もっと小さなものが良さそうですが、熱処理温度特性(焼戻し温度と硬さの関係)を調べる場合は、数十回硬さ測定をするために、このような寸法に落ち着いていくのでしょう。
当然、メーカーでは、独自の仕様を定めて実施していますし、安定した結果が出るように、個別に試験片の調製方法が定められているのpで、メーカー内での数値は比較的正しいと考えていいのですが、市販されている材料を使って自分で試験をしても、同じような値にならない場合もでてきます。
これは、高合金の特殊鋼(工具鋼)などは、品物が大きくなると、表面と内部で成分や品質が異なっているのは避けられませんし、焼入れ性が非常に高くても、試験片の採取位置や熱処理時の質量効果の影響なども出てくるので、メーカーのカタログ値にあるような小さな試験片の結果とくらべるために試験をしても、メーカーの数値と同じようにならないと考えた方がいいでしょう。
熱処理後の検査では、普通は表面硬さの検査だけになるので、内部の状態はわかりません。 だから、試験片を切り出すとなると、熱処理前の材料履歴まで考えて試験しなければいけないこともありますから、試験するのも簡単ではありません。
そういう目で見ると、メーカーが公表しているグラフやデーターも絶対的なものでないのですが、いろいろなことを考えて試験されているのは間違いないので、例えば自社で鋼種間の違いや熱処理の違いを見る場合は、うまく違いが比較できるような条件を考えないといけないし、さらに、その結果が妥当かどうかを判断しなければならないので大変です。
これもあって、特に、高い硬さの機械試験をするのは難しいので、JISなどにも規定がないのは「決めようがない」ということで、なくて当然のように思います。
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(来歴)R2.1 見直し R2.4 CSS変更 R7.9月に見直し













