加熱時間(かねつじかん) [k17]
加熱に関する時間は、昇温までの時間、均熱に要する時間、目的温度に保持している時間、トータル加熱時間・・・などのいろいろな用語(表示・表現の仕方)があります。
しかし、これらの用語や表現は、きっちりとした定義はないようですが、1つの考え方として、下図のような考え方があります。
ここでは、品物を加熱炉に入れて温度を上げるときの温度状態を見ていただくといいのですが、炉の温度が設定温度になって、品物の表面や中心の温度が追従していることを示しています。
そしてここでは、保持時間は、品物の表面温度が目的温度になってからの時間としています。
もちろん、中心の温度が低いことや、その時点をどのようにして決めるのか・・・などの不明瞭さがありますが、実際の熱処理作業では、熱処理チャート(記録紙などの温度記録)から、経験的に表面温度や均熱時間を標準化して、それで作業しており、熱処理における、焼入れや焼戻し、その他の加熱もこの図と同じようにして作業をしています。
この場合に、例えば、実際の熱処理作業の熱処理記録には、「560℃x3時間・空冷」というように記録しますが、これは、記録紙上で560℃になって、品物がその温度に達したと考える時点から、3時間経過して保持して、その後に空気中で放冷した・・・という内容です。
加熱(保持)時間については、一般熱処理では、加熱時間は意外と大雑把です。
これは、時間の影響よりも、温度による影響のほうが非常に大きいという理由です。
つまり、熱処理では、硬さを決めるための温度と時間の関係は、焼戻しパラメーター(例えばP=温度xlog[時間])などに示されるように、時間による熱処理変化は、温度の影響に比べて鈍感で、P(たとえば硬さなどの変化)に対して、温度は「実数」で働きますが、時間は対数で働くので、時間の影響が小さいということです。 実際の焼戻しパラメータはこちらで説明しています。
簡単にいえば、焼入れで熱処理温度が10℃変わると、硬さや組織に影響しますが、1時間の加熱時間を3時間にしても、硬さや組織への影響は少ないということです。
PR熱処理での保持時間の本来の考え方としては、「品物が目的の温度になってからその温度に保持する時間」を言うのですが、品物を加熱したときの品物内部の昇温は確認できませんから、一般的には、均熱のための時間を見込んで、その時間を加算して保持時間としているのが一般的です。
「1インチ30分」という時間がよく使われるのですが、これは、アメリカから伝わった、古くからある表現(経験的な考え方)で、特に技術的な根拠はないという人もいます。(それは当然でしょう)
さらにまた、近年では、「機械構造用鋼の焼入れ加熱における保持時間は不要」という考え方が主流になっており、これは、品物の表面がその温度に達していれば、品物全体がその温度に達しているということにもなるのですが、それについては明確には言及されることはありません。
現状では、小さな品物で、機械構造用鋼などの低合金鋼では、保持時間は不要・・・という表現が一般的になっています。
そしてさらに、構造用鋼などの低合金鋼ではない、高合金の工具鋼などでは、「炭化物の溶け込み時間を考える必要があるために、適当な保持時間が必要だ」・・・と説明されることが多いようです。
しかし、私自身も、ソルトバスを用いて、焼入れにおける保持時間の必要性の有無などを試験をしたことがありました。
その結果は、焼入れにおける保持時間については、構造用鋼でも、工具鋼でも、特にその必要性はありませんでした。
しかし、これは品物の温度をきっちり測っての実験ですので、実際の熱処理作業とは違います。
現状の加熱炉の各部の温度差(温度分布)は5℃以内ということは稀ですので、そうすると、温度による影響を受けますので、温度の均一性を保つために、実際の熱処理作業では、保持時間をとることで均一加熱に近づける必要があります。
このように、焼入れ時の保持時間についても、いろいろな考えや意見がありますし、行われていることも異なっていますが、一応、標準化されて作業されているので、特に問題が起きることもないと言っていいのでしょう。
これは、かなり曖昧で、混乱しそうな内容ですが、これについて少し補足説明します。
この図は、SKD61のφ200x1000の品物を、1030℃になった大気加熱炉に入れて加熱した時の表面と中心部の温度をパソコンでシミュレーションしたものです。
これを見ると、加熱速度が極端に速くなければ、加熱途中には中心と表面の温度差があっても、目的温度に近づくと、ほとんど内外の温度差はなくなってくることがわかります。(このシミュレーションは熱伝導を含めて計算しているのですが、伝導速度は大きいので、内部の昇温は意外に早いということですね)
このことは高合金鋼であっても、「品物の表面が目的温度になっておれば内部もその温度であるということなので、表面温度が目的温度になってからの時間を保持時間としてよい」といえるということになります。
しかし、実際の設備(炉)では、シミュレーションと違って、炉の温度分布も均一ではありませんし、炉に入れた品物に大小があれば、品物が目的の温度になった時点を正しく確認することも難しいことですから、あえて均熱時間は全く不要と考えないで、適当な時間をとるほうが熱処理での間違いが起こらない・・・と考えています。
そのために、保持時間が不要と言われる構造用鋼に対しても、加熱不足や炉の特性から生じる不均一な加熱によって、「焼が入らない」「硬さむらが出る」などの危険性を回避する意味もあるので、ある程度の保持時間をとるほうが無難でしょう。
温度をあげる影響と違って、時間を長くする影響が少ないので、「1インチ30分」という考えでも特に問題はないと思いますので、厳密に考えなくてもいいと思います。
ちなみに、私は、SKD11やSKD61の小さな試験片の中心に熱電対を入れて、ソルトバスで加熱して保持時間の違いによる組織の違いを確認したのですが、高合金の工具鋼であっても、保持時間ゼロでも正常な組織になっています。(熱電対のタイムラグもあるので、保持時間は正確にゼロではありませんが・・・)
さらに、長時間(3時間程度ですが)にわたってその温度を保持しても、組織の劣化は無いことについても確認しています。つまり、温度の影響に比べて、時間の影響は少ないということですので、温度は大切ですが、時間は厳密でなくてもいいでしょう。
しかし、高温で焼入れする高速度鋼(ハイス)は、特殊な焼入れ方法をとっていますので、結晶粒が増大しないように、長時間加熱は絶対に禁物です。
このために、高速度鋼の焼入れ時の加熱では、予熱などをうまく使って品物の各部の温度差を少なくなるように加熱するようにして、さらに、加熱時間を長くしすぎないことが重要です。(ここではこの詳細は割愛します)
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