鉄鋼の焼入れについて [y01]
鋼をオーステナイト化温度から急冷して硬化させる処理が「焼入れ」です。
オーステナイトは鋼が高温になると変化してできる組織で、その温度は鋼種によって変わります。
組織が変化する温度を変態点といいますが、変態点は温度上昇の速度で変化するので、焼入れ温度は変態点から30℃程度高く設定して、確実に焼入れの際に鋼がオーステナイト状態になる温度にします。
一般的には、鋼種ごとに標準焼入れ温度が指定されていますので、その温度内で加熱しますが、温度を高めにとると、結晶粒が大きくなっていき、焼入れ後の硬さは若干高くなりますが、じん性や強さが低下するので、故意に高めの温度をとることは避けるのがいいでしょう。
焼入れすることで「硬い」マルテンサイトやベイナイト組織になります。
焼入れの状態は内部の応力が不安定ですから、通常は、「焼入れ+焼戻し」が一連の熱処理作業となります。 つまり、焼入れして硬くなった鋼を、焼入れしたままで放置するのは良くありません。
焼入れにおける表現での「急冷」は、あいまいな表現なのですが、教科書的には「鋼を加熱してオーステナイトの状態から、その大部分がマルテンサイトになる速度で冷却すること」とあります。
これもわかりにくいですが、焼入れ温度から急冷して鋼を硬化させるためには、鋼種(鋼材の成分)や品物の大きさの影響を受けます。
焼入れ硬化のしやすさは「焼入れ性」という言葉で表現されますが、これも数値で表すことは難しいもので、冷却する速度は 水冷>油冷>ガス冷>空冷>炉冷 というように分類して、その焼入れ硬化程度でその鋼の焼入れ性が高いかどうかを見ます。
焼入れ性の高い鋼種は、空中に放置しても硬化しますが、高い冷却速度が得られる水冷でも、十分に硬化しない鋼種もありますし、品物が大きくなると冷えにくくなって十分硬化しないということも起こります。
さらに、焼入れでは、鋼種によっては、早く冷やしすぎると、残留オーステナイトが増えすぎて十分に硬くならないことや、変形が大きくなるという問題が出てきます。
それもあって、通常は、鋼種の規格やカタログなどには標準熱処理条件が示されています。
つまり、大まかな表現の域は出ないのですが、カタログなどに表示された「焼入れ加熱温度に加熱して、指定の冷却方法で冷却する」というイメージが「焼入れ」というのがいいように思います。
【加熱雰囲気】
焼入れの加熱では、大気雰囲気の加熱以外に、酸化や脱炭を防ぐために真空や不活性ガスその他を使う場合も多くなっています。
これらを総称して「無酸化焼入れ」といいます。
これには、真空加熱、雰囲気加熱などがありますが、光輝状態で熱処理できるという意味ではなく、大気で加熱したときのように、酸化・脱炭などの表面の変質が少ないという意味合いのものです。
【熱処理後の硬さ】
もちろん、どのような加熱方法をとっても、焼入れした結果で、カタログなどにある硬さや機械的性質などの値が出ない場合があります。(出ないほうが多いです)
これは、カタログなどのデータは、小さな試験片で試験されたものなので、通常の品物になると、大きさの影響のために、カタログ通りの数字にならないことが起きます。
このためには、熱処理を委託する場合には「事前の取り決めをする」ということになっていますから、事前に「必要な硬さが得られるのかどうかを聞いてから熱処理を依頼してください」ということです。
焼入れ時に十分な硬さが得られれば、焼戻しによって、目的の硬さ(強度)に調整します。
【熱処理検査】
熱処理に要求される品質条件は、最終的に検査します。
検査項目については、通常は熱処理後の硬さと外観の確認のみで、それ以外はほとんど検査をしませんし、指定することもされることもないのが実情です。
これは、検査などの費用の面もありますが、硬さを知ることで、その他の機械的性質の推定ができることから、硬さ検査が主体になっています。
【付加熱処理】
標準熱処理条件以外の方法(例えばサブゼロ処理や冷却方法の変更)で焼入れを行うこともあります。
これらも打ち合わせをして実施することになりますが、費用などが大幅に変わる場合もあるので、あわせて事前に打ち合わせするようにします。
PR
焼いてみないとわからない ?
カタログやJISの規格票などを見ても、焼入れする実際の品物の硬さを推定することは難しいことなのですが、これは、焼入れ結果に影響する因子(ファクター)が多く、その把握も難しいので、初回品(始めて熱処理する品物)の場合は特に、熱処理結果を推測するのはハードルが高いでしょう。
書籍にはいろいろな熱処理データが掲載されていますが、それらを駆使しても、これから行う熱処理にどれだけ役に立つのか確信が持てないほど不確定な要素が多いのですが、熱処理に従事しておれば経験が加わるので、それが「人間」のすばらしい大きな武器です。
また、重要な製品や製品化を考えているのであれば、予備試験(予備熱処理)をして、製品仕様への絞り込みをする方法がとられます。
ただ、いろいろな実験をして、あるいは、実際と同じ条件で予備熱処理をしても、一回で熱処理条件が決まることはないのですから、初回品で多くを望むのは無理なことも多いのです。
そのように、ファクターの多い熱処理を書籍などの限定的なデータで説明しようとしているのですから、熱処理を依頼する側は「なぜわかるようなデータがないのか」と思うでしょうし、本で解明しようとしても、結局、「熱処理はわからない」という感想になるのでしょう。
しかしいくら熱処理経験がある熱処理業者などに、焼入れ焼戻しなどの熱処理後の状態を聞いても、「絶対にこうなる!」という言葉は出てこないでしょうから、それが「焼いてみないとわからない」という回答を返される結果かもしれません。
これはかなり無責任な言い方のようですが、これを簡単に説明します。
熱処理硬さは一般的には表面の硬さを指定しますし、普通は、検査も表面の硬さ検査だけです。
内部の硬さの検査はできないのですが、しかしそのほかにも、
1)品物が大きいので表面硬さがでない
2)表面硬さは出るが、焼入れ性が低い鋼種では、内部硬さが保証できない
3)曲がりや割れの危険性のために、硬さを犠牲にしたり、通常の熱処理方法を変えて熱処理しないといけない …
などの懸念から、意外のように思われますが、特に初回品では、指定した硬さを保証するのが難しいことが多いのが実情です。
特に構造用鋼などの焼入れ性が低い鋼種については、おおよその状態は推定できますが、硬さを出せば変形が大きくなるような品物では、硬さを犠牲にしても、変形が少ないような熱処理をしないといけないことも出てくるなど、すべての要求にこたえられない場合もあるので、「焼いてみないとわからない」というような言い方でお客様に了解を取ることがしばしばあるというのが実情です。
余談ですが熱処理用語の表記についてかんたんに紹介します
パソコンの変換で「やきいれ」は、まず、「焼き入れ」と変換されるでしょう。
このHPでは、「焼入れ」としています。
同様に、焼きなまし、焼き戻しなども同様で、JISでも「焼入焼戻し」「焼なまし」などと表記されていますので、それに倣っています。
これは、現在のJISの前身で「熱処理工業会規格JHS」というのがあり、そこからJIS規格になっていったという経緯があって、その時のJHSの表記がそのままJIS規格に引き継がれてきたためのようです。
この熱処理解説でも、すべてが統一されて変換されていないようですが、どちらが正しいということも言えない状況で、これをどうすることもできないのですが、こういう経緯は記憶にとどめておくといいかもしれません。
(来歴)R2.2 見直し R7.9月に見直し