鉄鋼の熱処理での真空焼入れについて [s21]
鉄鋼の熱処理で用いられる「真空炉」は、宇宙の真空のような高真空ではなく、炉内の空気(酸素)を除去するために減圧して真空に近い状態で加熱するか、加熱効率をよくする目的で、不活性ガスを加えた雰囲気中で加熱して焼入れする熱処理法を「真空焼入れ」といい、そのような真空炉を使って行う熱処理を真空熱処理といいます。
目的は、加熱中の表面の品質を低下させにくいためで、加熱前に、真空ポンプの劣化を防ぐために、品物についた油分や汚れを除去する洗浄装置や不活性ガスによる冷却装置などを含む場合もあります。
すべての工程を真空による過熱をする場合を「オール真空」といって、例えば、熱間鍛造型などで、熱処理後に成形加工する品物では、焼入れ工程だけを真空炉で行って、焼戻しは通常の大気雰囲気で行うという例もありますが、このような場合も真空熱処理に分類されています。
真空炉は品物の表面の劣化を少なくするため
すべての工程を真空雰囲気で熱処理すると「銀白色」に仕上がります。
洗浄してきれいな状態で加熱するために、熱処理前の金属色ではないものの、きれいに仕上がりますが、その分熱処理費は高くなります。
鉄鋼の熱処理では、焼入れ時の品物の酸化や脱炭による品質の劣化が問題になるので、コスト面や納期を考えて、全行程を真空炉を用いるのではなく、焼入れだけを真空炉で行い、焼戻しは大気加熱で行う工程が取られていることも多いようですが、表面の着色などはあっても、熱処理後の加工手間が少なくなるメリットがあります。
つまり、真空炉のメリットは、仕上がり肌の美しさというよりも、高温での酸化や脱炭が防ぐのが第一の目的です。
熱処理費用は高額ですが、焼入れのあとに続く加工工程の削減効果は真空焼入れすることで、現在では高級鋼の熱処理の主流になっています。
それもあって、焼戻しまですべての工程を真空で行って光輝状態に仕上げる場合は、「完全真空」「オール真空」などと呼んで区別されることもあり、その工程で熱処理費も異なってきます。
現状の設備を見ると、空冷で焼入れできる高合金鋼が多くなっていることもあって、多くの真空焼入れ炉は1室構造で窒素ガスを用いて冷却するタイプが主流です。
このために、油焼入れが必要な鋼種には適用できないために、油冷のできる真空炉を設置する例も増えてきています。

これは1室タイプの真空炉の外観の例ですが、焼入れは窒素ガスを圧縮して大量に噴射して品物を強制冷却する「加圧冷却」という方法で焼入れします。
近年は、精密部品の多い高速度工具鋼を使った工具なども、従来のソルトバス焼入れから真空炉を使った熱処理に移行していっています。
高速度鋼の多くは焼入れ性はあまり高くないので、従来から、ソルトバスを用いた熱処理をしていましたが、加圧冷却で冷却速度が向上し、さらに、ソルトバスに比べてきれいな外観で仕上がるので、真空炉を用いる熱処理に変わってきています。
しかし、従来のソルトバスで熱処理したものと比べて、工具寿命が短い … と指摘されることもありましたし、逆に、高評価もあります。
工具寿命の評価自体も難しいのですが、当然、設備の特性に加えて、熱処理のやり方も違うので、その違いが寿命などに関係してくる可能性が出てきます。
例えば、ソルトバスに比べて、少し大型の真空炉では、ソルトバスに比べて1回に処理できる量が多いので、混載(いくつかの鋼種や形状の違うものを同時に熱処理すること)の場合には、鋼種の違い、炉の装入方法、加熱温度、保持時間、冷却方法などがすべての品物に対して最適にならないことが出てくることもあるので、これらに対処できる熱処理技術に負うところも多いでしょう。
ソルトバスと真空炉での熱処理は熱処理方法の違うのですから、同じ硬さだといっても、寿命や熱処理による寸法変化などに違いが生じることも出てきます。
もしも何らかの疑問点や問題点があれば、それを見過ごさないで、熱処理屋さんや熱処理担当者にフィードバックすることで常に改善につなげるようにすることが重要です。
(来歴)R2.2 見直し R2.4 CSS変更 R7.9月に見直し













