熱処理用語の解説

残留オーステナイトの安定化について   [s06]

残留オーステナイトとは、焼入れをするために高温に加熱してオーステナイト組織にしたときのオーステナイト組織が、焼入れ後もそのまま常温で残っているものをいいます。

残留オーステナイトは鋼の成分によって残留量が変わります。

例えば、焼入れしたままの状態では、SKD11などの高合金工具鋼では、残留オーステナイトは20%以上、SKS3でも5%程度残っているのが通例です。

一般的に言うと、残留オーステナイトは不安定な組織なので、温度が加わったり、時間の経過で、その他の組織に変化しやすいので、製品になった後に変寸や変形、割れの原因などになる可能性があります。

そのために、充分な焼戻しをするなどによって、残留オーステナイトが他の組織に変化しないようにオーステナイト状態を維持させるようにすることを「安定化させる」といいます。

多くの焼入れして硬化する鋼種では、焼入れで生じた残留オーステナイトは、400℃程度以上の焼戻し処理で分解し始めて、560℃程度以上で消失してソルバイトなどの焼戻し組織に移行します。

このために、残留オーステナイトを完全に消失させるには、560℃以上の高温に焼戻しするのが確実な方法とされますが、このような高い温度で焼戻しすると、ほとんどの鋼は硬さ低下が生じます。


残留オーステナイトの功罪

残留オーステナイトの硬さは、マルテンサイトなどの焼入れして硬化した組織に比べて、非常に柔らかいために、その部分がショックアブソーバーの役目をして、衝撃値が増加するという見方があります。

SKD11の焼入焼戻しで、200℃程度の温度で焼戻しした場合には20%以上の残留オーステナイトが組織中にあり、同硬さの炭素工具鋼など、残留オーステナイトが少ない鋼と比べると、非常に高いシャルピー衝撃値が得られるのは、残留オーステナイトが関係しているようです。

しかし一方で、残留オーステナイトは、外力や温度によって組織変化しやすいので、もしも、品物が製品となって使用中に組織変化すると、残留オーステナイトが他の組織に変化すると、寸法変化が生じて変形したり、割れの原因になると考えられます。

そのために、残留オーステナイトはできるだけ少ないほうがいいとする考え方があります。


残留オーステナイトの低減と安定化

焼入れ後の鋼の残留オーステナイトを少なくするためには、焼入れ温度を高くしないことや、焼入れ直後に液化炭酸ガスなどで-75℃に冷やすサブゼロ処理をするという方法で、残留オーステナイトが残らないようにする対策などが有効です。

ただし、このサブゼロ処理の温度や残留オーステナイトが少なくなる割合などは、鋼種や焼入れの条件により異なります。

SKD11などでは、サブゼロ処理をしても数%は残る場合がほとんどです。

焼入れによって生じた残留オーステナイトは、常温以下に温度を下げれば、すべてが変態してマルテンサイトなどに変化するというものでもなく、液体窒素などで-180度程度に冷却しても変化しない場合もありますし、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼を-180℃程度の温度に冷やすと、オーステナイトが変態して常磁性でなくなることも確認されていますが、ゼロにはならないまでも、低減できることは確かです。

残留オーステナイトは、温度変化ではなく、時効変化(時間を経て変化すること)や強加工によってマルテンサイトやその他の組織に変化する場合もあります。 

焼入れして残留オーステナイトが組織中に残った状態の鋼を、180℃程度の焼戻しをしたのちに-75℃のサブゼロ処理をしてもほとんど硬さが上昇しないということが起こります。

これは、サブゼロ処理による効果が見られないことになるのですが、ある意味では、オーステナイトがその他の組織に変化しにくい状態になっているということで、これを「残留オーステナイトが安定化した」と説明されます。

クライオ処理(超サブゼロ処理)の鋼でも紹介していますが、クライオ処理は焼戻し後に行う場合もあり、この場合も、硬さの上昇などはなくても寿命向上効果があるという報告もあり、残留オーステナイトは製品の寿命と関係があるようですが、詳しいことはよくわかっていないのが実情です。


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(来歴)R2.2 見直し   R2.4 CSS変更   R7.9月に見直し

用語の索引

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さ行 さしすせそ
た行 たちつてと
な行 なにぬねの
は行 はひふへほ
ま行 まみむめも
や行 やゆよ
ら行 わ行 らりるれろわ




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