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残留オーステナイト        [s05]

焼入れ後の常温において、鋼中に残留するオーステナイトのことをいいます。

この残留オーステナイトは、鋼種(成分)や焼入れ条件によって増減しますが、焼入れ時に生じた残留オーステナイトは、およそ400℃以上の焼戻しをすると分解を始め、600℃でほぼ消失します。

残留オーステナイトが組織中にあることによって、長短所(功罪)があり、また、この功罪についても、色々な考え方があります。

しかし、基本的には、残留オーステナイトは好ましくないもの・・・と考えておくのが無難です。

焼入れした鋼の中に残っているオーステナイトが「残留オーステナイト」ですが、この残留オーステナイトは焼入れ性を高める合金が多い鋼でそれが出やすくなります。

これが多くなると、①焼入れ時の硬さ低下 ②弾性限の低下 ③経年変化が出やすくなる ④着磁力の低下する ・・・ などの影響(多くは悪影響ですが)がでてきます。

また、私の経験的な事例ですが、ショアー硬さとロックウェル硬さの相関が崩れて、特に、ショアー硬さがでない(硬さ換算表の数値から外れる)・・・という現象も経験しています。

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残留オーステナイトに対する評価は、一方では、適度な残留オーステナイトはじん性を向上させ、ショックアブソーバーとなって、焼き割れや使用中の割れを防ぐという「良い影響」もあると言われていますが、他方では、高負荷が加わる型材やせん断刃物などには、残留オーステナイトが外力によって他の組織に変化することがあるために、できるだけ少ないほうがいい・・・というように考えられています。

私自身は、残留オーステナイトはよくないと考えていて、たとえば、刃物の刃先のような微小部分に大きな力を受けるものや、変形生じるような力をうける型材のような製品では、残留オーステナイトが極力少なくなるようにしたほうが良いと考えているので、焼入れ温度を指定の温度以上にあげないようにするなどの管理をすして、残留オーステナイトを多くしないことが大切だと考えています。

また、およそ560℃以上の高温で焼戻しをすることによって、そのほとんどが分解して消失しますので、500℃以上で高温焼戻しする鋼種や焼入れ温度を上げすぎない・・・などで、鋼中の残留オーステナイトはできるだけ少なくするようにすののが好ましいでしょう。


これとは正反対で、(必ずしもそれがいいかどうかはなんとも言えませんが) 摩擦摺動面などで、残留オーステナイトが残っている品物の最表面が変形を受けてマルテンサイトなどに変わることで、その部分が硬化して、耐摩耗性が向上する場合があります(加工誘起マルテンサイト)

さらに、CrやNi量の多いステンレス鋼の削り加工時に、急に削りにくくなることを経験さらた方もおられると思いますが、これは、加工誘起マルテンサイトの生成や組織の「ナノ化」が関係すると言われています。(この時の組織を観察すると、母材とは違った組織になっていることが観察されます)

この異常組織の出現によって、ステンレスが着磁するようになったり、耐食性の低下や、破損などにつながることがありますし、反対に、硬さ上昇による寿命延長などもあるようです。

この残留オーステナイトについては、多くの未知の問題を含んでおり、非常に興味深いものと言えるでしょう。

SLDの残留オーステナイト変化の例

SLDの残留オーステナイト 日立金属技術資料SKD11の残留オーステナイト量

【焼戻しでの残留オーステナイトの減少】

残留オーステナイトは、焼戻し温度が400℃以上になると分解し始め、多くの鋼種は、550℃以上でほとんどゼロ%ちかくになりますので、 高温焼戻しをして使用する熱間工具鋼や高速度鋼などの鋼種であれば、それを懸念することは少ないと言っていいでしょう。

そのほか、サブゼロ処理をすることによっても、かなり減少します。
しかし、液体窒素温度までのサブゼロ処理でも、残留オーステナイトは完全に消失しない鋼種も多いので、 サブゼロ処理での消失を過信しないように注意する必要があります。

私の経験した特殊な例として、航空機部品などで残留オーステナイトを嫌う熱処理品では、サブゼロと高温焼戻しを繰り返して、 それをほとんどゼロにしているなどの例がありますが、厳密にいうと、そのような複雑な熱処理をしても、完全になくすのは難しく、そしてその熱処理費用は非常に高価になります。

ナイフや工具に多用されるSKD11に代表される冷間工具鋼では、 通常の焼入れをして、200℃前後の低温焼戻しをすると20%以上という、かなりの量の残留オーステナイトができるのですが、それがあることによって、シャルピー衝撃値などが高くなります。

そのために、SKD11は、硬さとじん性を兼ね備えた、このような熱処理条件で熱処理されている場合がほとんどですが、たとえば、打ち抜き用の刃物などでは、その外力で残留オーステナイトが分解して問題になることがないのですが、残留オーステナイトは経年変化する可能性があるので、SKD11などの残留オーステナイトが多い鋼種はゲージや超精密部品には向いていません。(完全に対策できません)

ナイフや工具に使われる合金量の多い高合金工具鋼では、 Mf点(焼入れによってマルテンサイト変態が完了する温度)が常温付近やそれ以下のものがあるということも残留オーステナイトが多くなる原因の一つです。

さらに、実際の熱処理作業では、割れ(焼割れ)の危険を避けるために、完全に品物が冷えないうちに焼戻しに移行する場合も多い・・・という操業上の理由も加わって、焼入れした後には、かなりの量の変態しないオーステナイト組織が残ってしまいます。


焼入れした後の残留オーステナイト量は、鋼種(成分)によって異なります。
上図は日立金属の代表鋼種であるSLD(SKD11相当)の例ですが、この鋼種の標準焼入れ温度は1000-1050℃となっていますが、焼入れ温度が高いとそれが増加しているので、絶対に、指定の焼入れ温度範囲を超えてはいけないのが鉄則になります。

また、焼入れ時の冷却速度が遅い場合は、それが増加するというデータもあります。

興味ある方は日立金属のSLDの関連資料を確認いただいたらいいのですが、熱処理操作における焼割れ防止対策などで、残留オーステナイトの状態は大きく変化しますので、単純には説明しにくいこともたくさんあり、この残留オーステナイト問題は難しい問題です。

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(来歴)H30.12 文章見直し   R2.4 CSS変更   最終確認R6.1月

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や行 やゆよ
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