熱処理における抜き取り検査について [n07]
通常の熱処理後の検査は、JISにある計数抜き取りなどの規定に沿っているものではないことに注意しておく必要があります。
つまり、熱処理後の検査は、合否判定というよりも、工程確認検査の意味合いが強いので、特別な取り決めがなければ、全数検査を行う場合はありませんし、ほとんどは、各事業所(熱処理会社等)の社内規格等で定めた抜き取り検査が行われるのが通例です。
そして、熱処理の抜き取り検査方式も独自で独特なものです
その抜き取り数もJISの抜き取り検査規格とは異なり、現状のロットの1~数個を抜き取り検査をするか、試験用の製品を検査するなどの特殊なものがおおく、これは、検査というよりも、工程が正しく行われたかどうかの確認作業に近いものです。
熱処理後の品質検査は、特に要求がなければ、①目視による外観確認と ②抜き取りによる硬さ検査 だけが行われるのが通例で、それ以外の検査は、事前の取り決めがなければ、ほとんど行われません。
もちろん、検査について事前打ち合わせすることも可能なものの、打ち合わせする技術的な内容を熟知していないと、双方が満足する検査をすることも大変な場合も出てきます。
特殊な検査や追加検査は、熱処理費用とは別の有償作業になる場合もあります。
この抜き取り検査における「抜き取り数」は、JISなどで定める計数抜き取り検査でいう、確率を考慮した抜き取り数ではなく、熱処理が正しい状態で行われて、目的とする硬さになっているかどうかを確認するのためのものであることから、通常は、ロットに対して1から数個という少ない抜き取り個数で検査されます。
抜き取り数も、ロットごとに1つまたは品物の形状や鋼種などに応じて、熱処理ロットに対して数少ない抜き取り数の検査になるのが通例です。
これは、検査をする側の検査工数削減という理由もありますが、顧客側としても、検査の前処理でグラインダーで製品を磨くことや、検査の圧痕がつくのを嫌うなどもあって、次第に、工程確認作業という意味合いが強くなってきたものと考えられます。
もちろん、それで問題が起きているというのではありませんし、少ない検査個数であることが不安なら、熱処理前に顧客との打ち合わせをして、検査仕様を打ち合わせすればいいのですが、検査個数を増やすことで検査精度が向上するというものではないこともあって、ほとんどの熱処理品については、熱処理業者側の検査標準に沿って検査が行われているといっていいでしょう。
余談ですが、この検査方法や条件について、昭和50年初頭、私の勤務していた第一鋼業(株)が熱処理のJIS工場になるための審査で、この抜き取り数が、JISに定める「計数抜き取りにおける『ゆるい検査』」の抜き取り数をはるかに下回るということで、審査官からの指摘があり、かなり問答したことを記憶しています。
現在では、熱処理品の品質を保証するための仕組み(工程)に沿っていて、熱処理工程中の管理をすることで安定な熱処理を保証するという考え方になっており、従来のように、検査によって製品を保証していた、JISの計数抜き取り検査の考え方とは変わった考え方で検査作業が行われています。
そしてまた、昭和末期ごろまでは、熱処理品を納入するときに、要求企業側で受入検査を行う会社も多くあって、納品後の受入検査で硬さはずれがある … ということで問題が生じたこともありました。
例えば、硬さは「計量値」で、59-60HRC という規格値に対して、60HRC という検査結果であれば、60.1HRCかもしれないのですが、受入検査の扱い方次第で合格にも不合格にもなるという問題がありました。
昭和年代の終り頃までは、統計的品質管理や計数検査という考え方が基本にあって、現在のように工程における品質保証の考え方が進んでいなかったことや、硬さ検査におけるトレーサビリティーの考え方が徹底されていなかったことなどがあったために、検査結果に対する評価や考え方も統一されていませんでしたが、今日では、JIS Q 9001(ISO9001)などに基づいた品質マネジメントシステムの運用などが進んで、硬さの抜き取り等が問題になるということはありません。
硬さ換算表の使用も過去には問題だったが現在は容認されている
本来は、要求された硬さは、要求された硬さ試験機で測定した硬さでないといけないという考え方でした。
269-321HB という規格であれば、ブリネル硬さ試験機で大きな圧痕を仕上がった製品につけてよいのか … という問題があるのですが、近年では、要求硬さの表記自体が根拠や実態に基づいていない図面中の指示であったことなども多かったことや、硬さ換算表で換算した硬さでも問題ないことが周知されてきたこともあって、換算表を使って試験結果を表示することも容認されてきています。
発注側の硬さについての理解が低い場合も多くあったこともあって、検査に対するトラブルになったのですが、近年では、使用する試験機や試験方法を明示することで、JISでは規定されない換算表を使うことも商取引には問題ないとされるようになっています。
これも、熱処理業者の試験結果に対する信頼も高まって結果で採用されるようになってきた結果かもしれません。
これに至った理由としては、①硬さにおけるトレーサビリティーが確保されるようになったこと、 ②検査員の技量認定などで、硬さにおける信頼性が上がったこと、 ③妥当性の確認などで、硬さ検査値だけでなく、硬さ検査と製品保証の立場に立った測定が行われるようになってきたこと … などが考えられ、それらによって、硬さ検査に対する信用度が上がったためと考えています。
現状の品質保証方法に問題があるようならば「事前に個別に契約する」ことになっていますが、ただ、熱処理品の検査を大々的にするとなると費用がかかりますし、たとえそれをやっても、現実の熱処理品を考えると、検査部位なども限定され、鋼材の鋼種や品物の形状によって硬さ値の影響が大きいので、そうした検査値自体で正確性が向上するとは言えませんから、検査について取り決めをするといっても、簡単ではありません。
それらから、現在行われている熱処理検査は、厳密に検査による判定をするのではなく、工程確認の意味合いのものだと考えているのがいいのではないかと思っています。
例えば、現状の検査では、指定の硬さが59-60HRC だったとして、2個の検査値が 59 と60 であると、数値的には、ロット内のすべてが指定値に入っているということはないはずですが、製品は「合格」と判定されます。
これに満足できるかできないかは微妙なことですが、それ以上の確実性を求めるなら、事前に打ち合わせして検査方法や判定方法を決めておかねばなりません。
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