鋼を焼入れしたときに生じる硬い組織です。
焼入れ温度に加熱した状態の組織のオーステナイトは面心立方晶ですが、鋼を焼入れしてできるマルテンサイトは、体心立方または体心正方晶になっています。
焼入れの冷却中にマルテンサイト生成し始める温度をMs点(えむえすてん)といいます。
Ms点に達したあと、温度低下に伴ってマルテンサイトの生成量が増します。つまり、温度に応じて変化が進みます。
マルテンサイト化が完了した温度をMf点(えむえふてん)といいます。
焼入れの冷却が遅くなるとマルテンサイトの生成量が少なくなり、鋼の硬さが十分に高くなりません。
また、焼入れ性の良い鋼種では、冷却が早すぎたり、適正な冷却速度であっても、常温まで冷やしても、完全にマルテンサイトに変態しない鋼種もあります。
これは、変態しないオーステナイト(これを残留オーステナイトといいます)ができたり、ベイナイトという、マルテンサイトとは異なる組織などになって焼入れが完了するためで、いずれも、焼入れ硬さが低下します。
焼入れとマルテンサイト
しばしば熱処理操作の説明で、「焼入れの冷却時は、パーライトなどの生成を抑えるためにMsまでは早く冷却し、Ms点に達してからは、焼割れや変形を抑えるために、ゆっくりと冷やす」… と解説されます。
そして、焼入れによって生じた硬いマルテンサイトは脆いために、200℃程度の焼戻しをすることでじん性が向上する鋼種が多くあります。
焼入れしたままのマルテンサイト組織はナイタールなどの通常用いる腐食液では十分に腐食されにくいので、王水などを用いて観察するのですが、焼戻しした状態のマルテンサイト組織は焼戻し温度が上がるにつれて腐食されやすくなっています。
この、すこし腐食されやすくなった組織のものを「焼戻しマルテンサイト」といういい方をされる場合もあります。
これは、焼戻しによって炭化物を析出して、少し組織が変わって、じん性の増加など機械的性質が変化するとされていますし、文献などでは、電子顕微鏡による組織の違いなども紹介されています。
炭素工具鋼SK85などでは、完全にマルテンサイトになった場合は、焼入れのままでは64HRC程度以上の、非常に硬い硬さになります。
それを200℃程度で焼戻しすると、焼戻しマルテンサイトに変化して、硬さは62HRC程度に低下しますが、じん性が付与さることで製品は長寿命になる場合が多いとされます。
余談ですが、一般的には、「硬さが高いほうが強い」と説明されます。
しかしそれは、おおむね55HRC程度までの話で、それ以上の硬い硬さになると、引張強さは硬さに比例しなくなるし、むしろ低下するので、硬さが高くても「強い」状態ではなくなります。
さらに、高い硬さではじん性も低くなり、破壊に敏感になって単純に破壊します。
このようなことから、焼戻しは重要で、「高硬さにするほうがいい」と思い込まないで、熱処理特性などを見て使用を検討するとともに、やはり、使った評価(実物評価)で判断しないといけないでしょう。
形状記憶合金とマルテンサイト
形状記憶合金としては、ニッケル-チタン合金が有名です。
これは、焼入のような急冷操作によってマルテンサイト化します。
その状態では鋼のように硬くはありません。
その状態の形状記憶合金に力を加えて変形をさせた後に、温度を上げてやると、加工を加える前の形状に戻る … という優れものです。
このNi-Ti合金は、形を成型した状態で、400-500℃程度に加熱して冷却すると、その形状を記憶しており、変形を加えても40-100℃程度に加熱すると、記憶した形状に戻るというものです。
このことは熱処理や材料を考えるうえでも重要な内容を含んでいますが、ここでは割愛します。
加工誘起マルテンサイト
加工などによって、品物が強力な外力によって大きく変形した時に、オーステナイトがマルテンサイトに変態したものを加工誘起マルテンサイトと言っています。
たとえば、オーステナイト系ステンレスのSUS304を引き抜きなどの強度の塑性変形を加えると、一部がマルテンサイト変態し、 硬さの上昇や疲労強度が低下する … などの機械的性質の変化が見られることがあります。
これは、加工変形によってオーステナイトであった一部の組織が変化して、マルテンサイトが生じるためです。
この現象は、オーステナイト系ステンレスだけではなしに、高合金工具鋼を正規の焼入れをした場合でも数10%のオーステナイトが変態せずに残っているものがあります。
これを残留オーステナイトといい、強度の外力で変形させた場合などにマルテンサイトが生成して、脆い部分が生じて、早期破壊の原因になる場合があります。
鋼中の残留オーステナイトは、ショックアブソーバーとなってじん性に寄与している場合もありますが、外力が加わり、塑性変形によってそのオーステナイトの一部が変態すると、局部的にもろい組織ができて、早期に破壊する原因になります。
一つに例では SUS304 が強加工で磁気を持つことがあります。
SUS304は準安定系のステンレスと言われるように、加工によってオーステナイト状態が破壊されやすく、もしも、そうなると、強磁性になって、磁気をもったり錆びやすくなります。
これは。加工によってオーステナイトが他の組織に変わったためです。
その場合は、再溶体化処理をしてオーステナイト状態に戻してやったり、塑性変形量を考慮してマルテンサイト化をさせないように加工するなどの対策が必要です。
それが難しいようならば、塑性変形させても組織変化しにくい、安定なオーステナイト系ステンレス材料を使用することも検討しなければならない場合も出てきます。(高価なのが難点です)
焼入れする鋼では、焼入れ時の残留オーステナイトを少なくするために 、焼入れ後にサブゼロ処理をして、残留オーステナイト量を低減することや、 高温焼戻しをして2次硬化する鋼(たとえば、高速度工具鋼:ハイス)などの材料を使用する方法などがあります。
この残留オーステナイトや加工誘起マルテンサイトなどについては、品物の破壊現象の解明や材料強化を考えるうえで興味深い内容といえるかもしれません。

