高速度工具鋼についての基礎知識 [k55]
高炭素の高合金工具鋼で、一般に「ハイス(High Speed Steelの略称)」と称され、主に切削工具などの冷間工具として使用されます。
これに分類される鋼種は、500℃以上の高温焼戻しをすることによって、高い硬さを保持しつつ、切削時の高温に耐えるように作られており、古くは4%Cr という成分が基本となっていて、さらに、Moを多く含むかどうかで、モリブデン系とタングステン系に区分されていました。
近年では、さらに高合金・高炭素化した粉末高速度鋼という、粉末から作る鋼種や、製鋼技術の進歩で、今までできなかった「高バナジウム」で耐摩耗性の高い鋼種と並んで、0.8%以下のやや低い炭素量にして、高じん性の工具として使用される、「セミハイス(マトリクスハイス)」と呼ばれる鋼種が開発されたことで、高速度鋼(ハイス)の中にも広範囲な鋼種が製造販売されています。
ハイスは鋼の成分として、タングステン、モリブデンなどの高融点元素を含有させていることで、熱処理の方法は、他の合金工具鋼とは異なっています。
この表は、特徴がわかりやすいように、大まかな成分例を示しており、各社の鋼種を示すものではありませんが、基本のSKH51と比べてみると、Crの4%を基準に、それぞれの特徴が出るような成分になっています。
焼入れ温度は一般工具鋼(ダイス鋼:約1000℃)よりも高い1100℃以上加熱するものが多く、用途目的に合わせた加熱パターンで焼入れして、500℃以上の高温焼戻しをするのが標準的です。
熱処理はソルトバスから真空炉が主流に
平成年代の初期ごろまでは、ソルトバスを用いて熱処理が行われていたものが多かったのですが、真空炉の性能が向上して、窒素ガスによる冷却でも高品質な焼入れができるようになって、近年では真空炉による熱処理の比率が高まっています。
ただ、高速度鋼は概して、高合金のダイス鋼に比べて焼入れ性が低いものが多いので、少し品物が大きくなると冷却速度が遅くなり、それによって「じん性」が低下しやすい … という評価もあって、今なお、ソルトバスによる熱処理の需要も根強く残っているという状況も見られます。
ソルトバスを用いる場合は、熱処理中の製品肌を損なわないように、熱処理の全行程でソルトバスを使うのですが、真空炉の場合は、コストと納期短縮のために、全工程を真空炉で行うのではなく、表面の仕上がり程度は落ちますが、大気雰囲気での焼戻しをすることも多く行われています。
ソルトバスは、焼入れ温度の調節が比較的簡単なこともあって、品物に応じた焼入れ温度にすることによって、鋼種に応じた高温特性や耐摩耗性を生かすことができるという特徴から、「高温焼入れ+高温焼戻し」をしたり、反対に、じん性を重視する場合は低めの焼入れ温度をとる・・・などの方法が細やかに対応ができることも特徴の一つです。
それに対して、真空炉を使えば、ソルトバスよりも多量の処理できるのが特徴です。
そのために、焼入れ温度を決めておいて、焼戻し温度を変えてそれぞれの品物の硬さを調整するという方法がとられていますし、鋼種に応じて、焼戻しの回数や方法を変える場合もあります。
いずれの方法でも、焼入れ温度が高い高速度鋼の焼入れでは、加熱中に結晶粒の増大を招きやすいので、焼入れの温度時間管理には特に注意する必要があります。
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粉末高速度鋼について
粉末高速度鋼は、製鋼で鋼塊を作るのではなく、溶湯の成分のまま微細な鋼の粉末を作り、それを固めて鋼材にするという製造方法が取られます。
そのために、それまで製造することができなかった成分系のもの(例えばCが2%以上の高炭素鋼、Vが5%以上の鋼など)が製造できるようになりました。
粉末を作ることを「アトマイズ」といい、作られた粉末を、最終的には「HIP」という高温高圧プレスを使って「インゴット」を作り、それを鍛造・圧延して高速度鋼の鋼材が製造されますので、従来の溶湯を凝固させぬ場合に比べると、格段に成分的な偏りの少ない高品質な鋼ができるようになりました。
この「粉末高速度鋼・粉末ハイス」といういい方に対し、従来の製法で作られる高速度鋼をさす場合には、「溶製ハイス」といういい方をされる場合があります。
粉末ハイスは均質性と高じん性に優れているという特徴がありますし、製造工程が複雑なので高価です。
また、耐摩耗試験をすると、従来の溶製ハイスのほうが優れている鋼種があるという試験結果もあり、もちろん、これは、耐摩耗性の試験方法でも評価が変わるものでしょうが、溶製ハイスは大きな炭化物のあることが一因となっているようです。
ともかく、粉末ハイスは安定的に高性能ですが、価格も高価ですので、そのあたりのことを考えて適材適所に使うといいでしょう。
もう一つの新しいハイスの「セミハイス(マトリックスハイス)」については、こちらの記事を参照ください。
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