恒温変態曲線(こうおんへんたいきょくせん)[k46]
鋼を焼入れ中に品物を一定温度に保持して時間が経過すると、その温度によってパーライトやその他の組織に変態します。
これをいろいろな温度と時間についての変化を表すと、その形がSの形になるものが多いので、S曲線といわれます。
TTT曲線、時間・温度変態図とも呼ばれます。
この図は炭素鋼(共析鋼:約0.8%C)の例ですが、これは、ソルトバスなどで適当な温度に保持して、一定時間が経過すると、温度域の違いによって、オーステナイトがその他の組織に変態するということを示したものです。
この図は、その変態時点の温度と時間をプロットして作られたもので、焼入れのための加熱温度から急冷して、410℃または300℃に保持して、時間が経過すると変態(組織変化)する様子が示されています。
たとえば、これを、点線のように急冷する途中で、550℃で保持すると、1秒以下でパーライト変態が始まり、5~6秒で、すべてがパーライト組織になるということがこの図で示されています。
また同様に、点線に沿って急冷して300℃で保持すると、1分程度で変態が始まり、20分程度でオーステナイトがベイナイトに変態することがこの図に示されています。
変態の完了後は、空冷しても水冷してもその他(例えば、マルテンサイトなど)に変態することがありませんので、この図に書かれた組織や硬さは、常温のものです。
蛇足ですが、パーライート・ベイナイト変態完了後の冷却過程などは、全く、この線図では表されていません。
しばしば、熱処理の解説で、この上の図のように、S曲線に冷却過程を書き加えた図を用いて説明されることがあります。
ただ、S曲線は、そもそも、冷却過程の概念がないので、これはおかしい使い方ですが、等温変態するということを理解しやすいために、このように通常はS曲線が用いられていますので、説明用の図だということでこの冷却線が加えられた図を見ておいてください。
PRこれとは別に、冷却速度の違いによる組織や硬さの状態を表した「連続冷却変態曲線(CCT曲線)」があり、S曲線に冷却過程を加えて説明をされると混乱しやすいのですが、このS曲線はあくまで、焼入れ冷却中にある温度に保持して等温で変態させることで作成されたものであり、品物の温度変化を示したものでないことに注意しておきましょう。
少し詳しいこの図の見方
図のBs-Bf点線を例にとって見方を説明します。
これは、およそ800℃の焼入れ温度から420℃の熱浴中に試験片を急冷して保持すると、約4秒後にべーナイト変態が起こり、 1分少々でその変態が完了するということが示されています。
そして、その後いくらその温度に保持しても、組織の状態は変わらない・・・ということです。
その状態のものを十分に時間が経過してから常温まで冷却してから、その硬さを測るとHRC40程度になっており、その組織を観察すると、羽毛状のベイナイトという組織になっているというようにこの図を読み取ってください。
これも蛇足ですが、高温の状態での組織や硬さではなく、この図では、恒温変態が完了してある適当な時間が経過してから、常温まで冷却したときの硬さや組織の呼び名が示されています。
一般的な恒温変態曲線には、変態後の硬さや組織は示されていないのが普通で、通常のS曲線では、Ps、Pf、Ms だけが示されているものが多く、 その他の情報は示されていないのが通例です。上図は、あくまで説明用の図です。
PRここで、550℃付近で左にせり出している「S字」の出っ張りを「パーライトノーズ」と言います。
パーライトノーズについては、一般的には、「焼入れの際にパーライトノーズにかかるような冷却をすると、 十分に焼が入らない・・・」という説明をされます。
つまり、この図では、800℃程度から冷却を開始して、1秒以下で550℃以下に冷却しないと、一部がマルテンサイトにならずに、 柔らかい組織が出てくる・・・ということになります。
通常の焼入れ過程では、時間とともに温度が降下するので、この恒温変態図とは異なるのは当然ですが、成分が似通ったものでこのような図があれば、パーライトノーズにかかる温度と時間の推定や、組織検査した結果からの焼入れ過程の冷却状態の温度推移が推定出来るということから、しばしば、この図(S曲線)が熱処理の説明で利用されます。
CCT曲線はそんなにたくさんの鋼種で作成されていませんが、S曲線は、いろいろな成分の鋼について公表されていますので、近い成分のものを利用するとおおよその変態の形態がわかりますが、実際の熱処理に利用できるような情報はあまり含んでいないので、これは、熱処理を理解するための図・・・というように考えてこの図を理解したほうがいいと思います。
マルテンサイト変態について
上の図中の「Ms」はマルテンサイトが生成し始める温度を、Mfはマルテンサイト変態が完了する温度を示しています。
マルテンサイト変態は、時間変態ではなく、温度変態で、上図では、2分程度以内に220℃程度に品物の温度が低下しておれば、時間に関係なく、温度が低下するにつれてマルテンサイト料が増加して硬化する・・・というがこの図からわかるのですが、本来は、この恒温変態図は温度を一定に保持したときの変態状態を示すものですので、Ms点以下の扱いは異なっていると考えておきましょう。
そのようなことを頭の隅にとどめておいてこの図を見ると、パーライトノーズにかからないように冷却するとマルテンサイト変態が起こって鋼が硬化すること、また、パーライトノーズにかからないように冷却後に、適当な温度で保持して等温変態をさせると、その温度に応じた組織と硬さになる・・・ということだけしかこの図では説明されていません。
この図では詳しい情報が得られませんが、Ms点は、熱処理操作的は重要で、たとえば、その温度付近で冷却速度を制御して、焼割れや変形をコントロールするために役に立ちます。
また、マルクエンチ(Ms点の直上付近の温度で品物を保持してから冷やす恒温熱処理の一種)の温度なども、Ms点を基準にして保持温度を決めます。
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(来歴)H30.11 文章見直し R2.4 CSS変更 最終確認R6.1月