不完全焼入れ (ふかんぜんやきいれ) [h22]
「完全焼入れ」に対応するいい方です。
これは、鋼を焼入れした後に、表面各部位や表面と内部で硬さや組織に差があるものを指す場合が多いのですが、当然、品物の大きさによっても、鋼種ごとの成分の違いによっても、小さな試験片の熱処理とは違って、実際の品物では、各部の硬さ値は同じにはならない場合が多々あります。
焼入れして硬化する性質を「焼入れ性」といいますが、材質(化学成分)や品物の大きさによる影響を受けるので、いくら正しい方法で焼入れしたとしても不完全焼入れ状態は発生します。
だから、不完全焼入れが良いとか悪いという意味合いのものではないことに注意する必要があるとともに、この用語は、あいまいな表現の言葉でもあるので、誤解のないように用いる必要があるでしょう。
このように、市販のSK85などの共析鋼に近い鋼は、水焼入れが標準ですが、焼割れを懸念する場合は、しばしば油焼入れによる熱処理が行われます。
それぞれの方法で焼入れして低温焼戻しすると、左側は焼戻しマルテンサイトになっていますが、油焼入れをすると、黒っぽくみえるマルテンサイトではない(ソルバイトのような)組織との混合組織になります。
もちろん、焼入れ硬さも、全部がマルテンサイトになったものより低いのですが、変形や焼割れが軽減されることから、硬さや焼戻しの機械特性を犠牲にしても、このように油焼入れされることが実際はたくさんあります。
PR油焼入れは、水焼入れにくらべて、焼入れ時の冷却速度が遅いのですが、これは、品物が大きくなって冷えにくくなった場合と同様に考えると、SK85などの炭素工具鋼では、少し品物が大きくなると、写真左のような、完全にマルテンサイトがえられる焼入れはできないということで、不完全焼入れの状態になります。
そしてまたその他の鋼種でも、焼入れ硬さが他の部分より低い部分は「不完全焼入れ組織」になっていますが、これは仕方がないもので、それが問題となるかどうかは別の問題になります。
しかし、水焼入れの際に十分な撹拌をしなかったり、冷却性能の低下した焼入れ油を用いたことで十分な焼入れ硬さが出ていない場合は不注意や管理不足によって「不完全焼入れ」が生じた・・・と表現してもいいかもしれません。しかし、その不完全焼入れが良くないと断定するのは注意が必要です。
どのような鋼種でも、少し品物が大きくなると、材料の特性から完全な焼入れ組織は得られませんし、さらに言えば、非常に焼入れ性の良い高合金工具鋼のSKD11でも、品物が大きくなると、各部の硬さに違いが生じるのはさけられません。
例えば、φ100x1000mmの品物を空冷で焼入れするとSKD11では全表面が63HRC程度の同じ硬さになるのですが、中心部は冷却が遅いので、58HRC程度の硬さになってます。 それが、φ300x1000の品物になると、いくら焼入れ性のいい鋼種であっても、角部とその他の表面部は、硬さが異なってきます。
このように、「不完全焼入れ」は「完全焼入れ」に対応する言い方ですが、言葉のニュアンスから「それは良くない焼入れの仕方」という意味に取らないようにしなければなりません。
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