熱処理での「保持時間」について教えてください

【質問】

低合金鋼の焼入れでは、保持時間がいらないという記述があります。これについて説明ください。


【回答】

A)加熱中の品物の昇温と保持時間について

焼入れ保持時間について説明します。

下図は加熱と保持についての時間のとらえ方を示しています。設定した炉温に向かって品物の温度は上がっていく様子が示されています。

これは、品物が大きい場合の模式図ですが、品物が大きくない場合の通常の加熱では、内外部がほとんど同時に昇温しますので、ここでは、均熱時間(品物内外の温度差)を無視して「品物の表面が設定した温度になってからの時間=保持時間」として説明します。

加熱時間

熱処理について多くの書物を書かれた故・大和久先生は、保持時間について、

①「JISには保持時間の規定がない」 
②「調べたら、アメリカにもなかった」 
③「空気炉焼入れでは、品物の表面が赤ければ、内部も赤い」 
④「パーライト組織では保持0時間での焼入れで問題ない」 
⑤「炭化物の溶け込みには時間が必要」 
⑥「炉温900℃での昇温時間が1インチ30分なので、それと保持時間『1インチ当たり30分』を間違えたのではないか」 
⑦「結局、1インチ当たり30分の保持時間というのは、迷信だ」

・・・ というような記事を書いておられます。

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当社のHPにも、通常の工具鋼での実験(SKD61などの共晶炭化物のない鋼種)で、保持時間が「ゼロ」でも、硬さ・組織の異常はない・・・という内容の記事を書いています。

それらからみると、少なくとも、「低合金鋼の焼入れ保持時間は不要」というのは問題ないようです。
熱処理関係者の間でも、この考え方がほぼ定説になっているようです。

(注)当社のこの実験は、小さな品物の中心につけた熱電対の温度で、熱電対のタイムラグなどは考えていませんので、厳密にいえば「保持時間=0」ではないといえるかもしれませんが、ほぼゼロでも正常な通常の組織になっているということです。

注意しないといけない点は、「保持時間が不要」としていて、もしも確実に品物が昇温していない場合には問題がでます。
つまり、炉の温度分布や品物の大きさなどでの問題が考えられない場合ですが、実際の操業では、それがないとは言えません。

そのために当社では、品物の各部の温度差や炉内の温度分布を考慮して、ソルトによる加熱は別にして、品物の大きさ1インチ当たり30分程度の時間をとるようにしています。

もしも焼入れ時の保持時間が短かすぎて、必要な温度に昇温していなければ、充分な硬さが出ないか、硬さムラを生じます。

また逆に、それが長すぎると結晶粒の粗大化による硬さ低下や残留オーステナイトの増加、大気加熱であれば酸化脱炭の進行・・・などの悪影響が考えられるのですが、あとで説明するように、温度の影響に比べて、時間は鈍感なので、若干の保持時間をとっても悪影響はないと考えています。

このように、操業条件を決めるのも悩ましい問題なのですが、当社では、それらを標準化して作業するようにしており、特にこれで問題もありません。


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昇温時間例 昇温時間例 拡大

上の2つの図は、1000℃になった大気雰囲気の加熱炉にφ100とφ300の品物を入れたときの鋼材表面と中央の温度をシミュレーションソフトを使って図示したもので、右側の図は左図の一部を拡大したものです。

表面が990℃になった時点(注:1000℃に到達するには、理論的に長い時間がかかるため)を見てみると、φ100では、50分後にその温度に到達しますが、その時の表面と中心温度の差はほとんどありません。

それがφ300になると、990℃には165分後に到達し、その時の中心温度は表面より約5℃低くなっています。

これを見ると、大和久先生の言う、③表面が赤ければ、内部も赤い・・・という内容がまちがっているように思えるのですが、当社の例で、過去にφ18程度の棒鋼20トンを6束・2段に積み重ねて加熱し、その束の表面と中心部の温度差を測ったところ、同時に昇温することを確認しています。

つまり、実際の操業中の加熱と、このシミュレーションとは異なると考えていて、大和久先生の考え方のほうが現実的と考えています。


上図は常に1000℃の雰囲気に品物を置いた場合の計算です。しかし、実際の操業では、一定温度の炉に品物を入れることはありませんし、加熱中は一生懸命に炉温を調節しようと火力も緩急をつけて加減され、また、鋼材内部への熱伝導も手伝うので、各部は同じように昇温するのでしょう。(超大径の丸棒1本を加熱する場合には、シミュレーションのように内外の温度差が出た状態で昇温すると考えていいでしょう)

品物内外の温度差については、古くは、目視や実測によってそれを確認しています。
現在の熱処理炉の多くは外部から簡単に「火色(温度色)」が見えないのですが、昭和後期頃までは、炉中の熱電対保護管の色と品物表面の色が同じになったら内部まで均一に加熱されている・・・と判断していましたし、その方法が作業標準に組み込まれていました。

この経験や実験結果をあわせて考えると、実際の操業では大和久先生のおっしゃった「表面と内部の温度は同じ」ということは正しいと考えていいと思っています。

焼戻しの場合ですが・・・

焼戻しパラメータ (焼戻し温度・時間の考え方)

M=(T+273)((21.3-5.8XC%)+log t   【T=温度 t=時間】

これは構造用鋼の焼戻しパラメータの一例ですが、例えば、S45Cを550℃で3Hrで焼戻ししたものと同じ硬さにするために540℃で焼戻す場合をこの式に当てはめると、 (550+273)((21.3-5.8x0.45)+log3=(540+273)((21.3-5.8X0.45))logXで、このXを計算すると、5.16Hrになります。

つまり、この例では、10℃焼戻し温度を下げると2倍近い焼戻し時間が必要であるという計算ができます。

このことが「焼き戻しして得られる硬さは、時間と温度の関数で表されている」ということで、これは温度を下げたときのことの例ですが、質問のように、逆に温度を上げて時間を短縮しようという方法も考えられます。
もちろんこれもOKです。

しかし、実際の操業では、先程もでてきたように、加熱中に品物の温度勾配があったり、品物の大きさの影響もあるので、その温度時間条件を決めるのは難しいのです。

ソルトバスを利用して、内部の硬さを落とさないように表面部分だけ硬さを下げる場合などに、この考え方(極端に高い温度にして短時間加熱する方法)を適用して焼戻しすることがあります。
ただこれも、パラメータ計算しても、簡単ではなく、うまく行きません。ある程度試行錯誤(予備実験)をして条件を決めないとうまく行きません。

以上の例は、焼戻しパラメーターの考え方を利用すると、そのようなことができるという一例だと考えてください。
焼戻しパラメータ例

これは、工具鋼についての日立金属の資料です。
この図は、P=T×(20+log t)×1000で求めたパラメータPと硬さの関係を図示していますが、もちろん、実際にこの図を使うには条件を決めて適用しないといけないので、ここでは、こういうものがあるという紹介にとどめます。

当社の応用例では、長尺品を高温焼戻しする場合で、昇温しやすい端面の硬さが低下しやすいので、硬さをそろえるために、あえて低温度の設定にして、長時間かけて焼戻しをする・・・などの考え方でこれを利用します。

なお、当社では、焼戻しの保持時間の基本は、1インチ当たり1時間としています。

これも焼入れ保持時間と同様の考え方で、炉の温度精度や品物の大きさの影響と経験的なものあわせて、適当な余裕を持って焼戻しをしているということです。


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