この熱処理について教えて下さい 熱処理の疑問を解消

熱処理での「保持時間」「加熱時間」について

小さなナイフを自分で焼き入れる場合は、長時間加熱しない事が重要で、品物が焼入れ温度になれば、すぐに冷却していいのですが、この記事の内容は、一般的な熱処理内容というよりは、むしろ、熱処理関係者の内容かもしれません。 

熱処理では、「低合金鋼の焼入れには、保持時間がいらない」という考え方が定着しています。

しかし、ダイス鋼などの高合金鋼では、合金元素の溶け込み時間を考慮して、適当な保持時間をとったほうがいい・・・という考え方が推奨されています。

これらは本当でしょうか?

これについて、小さなテストピースのようなもので実験をすると、本来、鋼に決められた「適正焼入れ温度範囲」は、変態を考慮して十分高い温度になっているので、「高合金鋼であっても、特に保持時間を取らなくてもいい」という結果になりました。

つまり、高合金鋼でも、あえて長い保持時間をもうける必要ないということです。

ところが、実際の操業では、その他の問題が関係します。

品物の形状や炉の温度分布の不均一さ(例えば、±10℃程度の許容温度差など)があるので、もしも、焼入れ可能な温度状態に品物がなっていない場合のほうが危険性が高いので、ここでは、「あえて保持時間をゼロにするのは良くない」・・・という考え方で説明をします。


A)加熱中の品物の昇温と保持時間について

まず、「焼入れ保持時間とは何か」・・・ですが、

下図は加熱と保持についての時間のとらえ方を示しています。この図は、設定した炉温に向かって品物の温度は上がっていく様子を示しています。

品物が大きい場合はこのような模式図になりますが、通常の加熱では、(例えばφ100mmと)品物がそんなに大きくなければ、内外部がほとんど同時に昇温しますので、ここでは、均熱時間(品物内外の温度差)を無視して「品物の表面が設定した温度になってからの時間を保持時間とする」として説明します。

加熱時間

「熱処理のおはなし」など、熱処理について多くの書物を書かれた故・大和久重雄さんは、保持時間について、

①「JISには保持時間の規定がない」 
②「調べたら、アメリカにもなかった」 
③「空気炉焼入れでは、品物の表面が赤ければ、内部も赤い」 
④「パーライト組織では保持0時間での焼入れで問題ない」 
⑤「炭化物の溶け込みには時間が必要」 
⑥「炉温900℃での昇温時間が1インチ30分なので、それと保持時間『1インチ当たり30分』を間違えたのではないか」 
⑦「結局、1インチ当たり30分の保持時間というのは、迷信だ」

・・・ というような記事を書いておられます。

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ダイス鋼でも保持時間はなくてもいい???

私が会社に在籍中に、ソルトバスを使って、ダイス鋼を使って、浸漬時間と組織、硬さを調べた結果では、ダイス鋼であっても、保持時間が「ゼロ」の場合でも、硬さ・組織の異常はない・・・という結果でした。

これは、本来、JISなどに示される焼入れ温度(焼入れのための加熱温度)は、オーステナイト化を考慮して、変態点(変態温度)よりもかなり高めで、充分な硬さが出る温度に決められているために、小さな品物であれば、従来から言われる「1インチ30分」というような、かなり長い保持時間は必要ないことは確かです。

ダイス鋼でもこれですので、「低合金鋼の焼入れ保持時間は不要」というのは全く問題ないでしょう。

しかし、これは実験室的な話で、実操業では、話が変わってきます。

(注)私が行った実験は、小さな品物の中心につけた熱電対の温度で判定して、熱電対のタイムラグなどは考えていませんので、厳密にいえば「保持時間=0」ではないといえるかもしれませんが、ほぼゼロでも正常な通常の組織になっているということです。

実験と実操業は違う・・・という話

この「保持時間はゼロでよい」という言葉ですが、注意しないといけない点は、「保持時間が不要」としていて、もしも確実に品物が昇温していない場合には問題がでます。 つまり、品物全体が焼入れ温度範囲に昇温していることが確実でないと意味をなしません。

たとえば、炉の温度分布や品物の大きさなどでの問題がでない「小さなテストピース」ではそれでいいのですが、実際の操業では、品物の厚さの不均一や炉各部の温度も一定ではありませんので、テストピース実験のようにはいきません。

品物の各部の温度を揃える時間が必要です。

これもあって、結局、私の在籍していた会社でも、低合金鋼であっても、形状による品物の各部の温度の不均一や炉の温度分布特性を考慮して、品物の大きさ1インチ当たり30分程度(Max 2時間)の時間をとっています。

もしも焼入れ時に、保持時間を短かくして部分的に必要な温度に昇温していなければ、充分な硬さが出ないことや硬さムラを生じますので、そのリスクを避けるために、保持時間はゼロにはできません。

もちろん、保持時間が長すぎると、結晶粒の粗大化による硬さ低下や残留オーステナイトの増加、大気加熱であれば酸化脱炭の進行・・・などの悪影響が出てきますが、これは別の問題で、それは別に管理しなければなりません。

ただ、後で説明するように、温度の影響に比べて、時間の影響は鈍感なので、若干の保持時間をとっても悪影響は少ない・・・と考えていても、問題になることはないでしょう。

ともかく、保持時間は必要ないにしても、ゼロにするのは検討が必要ということで、適当な保持時間の標準化と定期的なレビューはやっていく必要があります。

焼戻しの場合ですが・・・

焼戻しパラメータ (焼戻し温度・時間の考え方)

M=(T+273)((21.3-5.8XC%)+log t   【T=温度 t=時間】

これは構造用鋼の焼戻しパラメータ計算式の一例で、ある硬さにするには、温度と時間の関係が利用できる・・・というものです。

例えば、S45Cを550℃で3Hrで焼戻ししたものと同じ硬さにするために540℃で焼戻す場合をこの式に当てはめると、 (550+273)((21.3-5.8x0.45)+log3=(540+273)((21.3-5.8X0.45))logXで、このXを計算すると、5.16Hrになります。

つまり、この例では、10℃焼戻し温度を下げると2倍近い焼戻し時間が必要であるという計算ができます。

「焼き戻しして得られる硬さは、時間と温度の関数で表されている」ということですが、これは温度を下げたときのことの例で、逆に、温度を上げて時間を短縮しようという方法も考えられます。 もちろんこれもOKです。

そうは言っても、実際の操業では、先程もでてきたように、加熱中に品物の温度勾配があったり、品物の大きさの影響もあるので、その温度時間条件を決めるのは難しいのですが、このことを知っておくと何かの役に立つでしょう。

例えば、直接に目的の焼戻し温度にせずに、低い温度で品物を均一温度にする「予熱」によって、できるだけ品物各部の昇温時間差を少なくして、硬さむらを少なくする対策が行われますし、ソルトバスを使って、部分焼戻しをする場合には、かなり高い温度に短時間浸漬する処理をして、必要以外の部分の硬さを低下せせないこと・・・なども可能です。

もちろん、計算通りにいくはずはないので、試行錯誤(予備実験)をして条件を決めないとうまく行きませんが、こういう方法を知っていると、熱処理の応用範囲が広くなります。

これらの熱処理操作は、「焼戻しパラメーターの考え方を利用すると、そのようなことができる」・・・という一例だと考えておいてください。
焼戻しパラメータ例

上図は工具鋼についての日立金属の焼戻しパラメーターの資料です。

この図は、P=T×(20+log t)×1000で求めたパラメータPと硬さの関係を図示していますが、もちろん、実際にこの図を使うためには、条件を決めて適用しないといけないので、ここでは、こういうものがあるという紹介にとどめます。

この応用例ですが、ダイス鋼の長尺品などの大きな品物では、高温焼戻しをして品物の硬さを均一にする作業は困難なのですが、焼戻し硬さをそろえるために、あえて低い温度の設定にして、長時間かけて焼戻しをする・・・などの考え方でこの考え方を利用しています。

なお、私の在籍した会社では、焼戻しの保持時間の基本は、1インチ当たり1時間としていますが、これも焼入れ保持時間と同様の考え方で、炉の温度精度や品物の大きさの影響と経験的なものあわせて、適当な余裕を持って焼戻しをしているということです。

炉の特性などが加わると経験的なものも加味されて、標準化の内容も変化していっているのも確かです。


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