ステンレスSUS440Cの焼入れ硬さについて

【質問】

SUS440Cを焼入れしたところ、57HRC程度の硬さしか出ません。少なくとも59HRC(80HS)程度の硬さがほしいのですが…。


【回答】

SUS440Cは熱処理して硬さの出るステンレス鋼で、カスタムナイフなど、刃物の材料として使用されることも多いのですが、JISでは標準熱処理で58HRC以上に規定されているものの、58HRC以上の硬さが出ない場合がしばしばあります。

ここでは、薄い品物で硬さが出ない原因と、少し大きな品物で、硬さが出せない原因に分けて説明します。

まず、薄い品物の場合での原因


SUS440Cの熱処理曲線の例大同特殊鋼(株)のカタログから

JISによると、SUS440Cの適正焼入れは1010~1070℃油冷、焼戻しは100~180℃空冷で58HRC以上となっています。

当社では、1050℃油冷(薄い品物は空冷で) または、ソルトを用いた熱浴焼入れをして、180℃の焼戻しをすると、グラフのように、58HRC程度になります。

これを、1070℃の焼入れ温度まで上げて焼入れしても、硬さ上昇は期待できません。

少し専門的になりますが、これは、焼入れ温度を上げると残留オーステナイトが増えるために、思ったほどに硬さが出なくなるためです。

また、SUS440CのMf点(マルテンサイト変態が完了する温度)が常温付近となっています。そのため、焼入れ時の室温(品物の最終冷却温度)が少し高いとマルテンサイト化が完了しないために十分な硬さが出ない場合があります。

夏季などは作業場の室温が50℃近くになる場合もあって、焼入れが未完了のまま焼戻しをする場合も出てくるために、充分な硬さが出ないということが起こります。

薄い品物であれば、焼割れする可能性もほとんどないので、常温近くまで冷却して、その後に、Mf点以下になるように、冷水で冷やすなどの対策をする場合もあります。

お詫び:過去の文章では、上記の部分の説明が、「水焼入れをすればいい」と思わせるような書き方になっていたのですが、SUS440Cの薄い品物で焼入れ温度から水焼入れしても硬さが上昇することはなく、われや変形の危険性が増大するだけです。そのために、品物の大きさに合わせて空冷または油冷をします。文章を修正しましたのでご注意ください(H30.11)。


硬さがほしい場合は


焼戻しについて、硬さがほしい場合には、100℃程度で焼戻しされて使用するものもありますが、使用するときに負荷がかからない品物は別にして、じん性面や組織の安定性などを考えると、180℃程度以上で焼き戻しするのが望ましいといえます。

しかし、安定性を重視してその温度で焼戻しをすると、上にあるグラフのように若干硬さが低下します。やはりこのことも高い硬さが出ない原因の一つでしょう。

このあたりの是非については意見が別れますが、刃先にかかる負荷が大きく、摩擦熱が発生するせん断刃物のような品物では、180℃以下の低温の焼戻しはおすすめしません。

どうしても硬さがほしい場合は、費用がかかりますが、サブゼロ処理をします。

通常の焼入れをして、58HRC程度の焼入れ硬さのものを焼入れ直後にサブゼロすると60-61HRC以上の硬さになります。

ただし、個別にサブゼロ処理をすると熱処理費用がかさむうえに、悪いことに、SUS440Cの焼入れ性はSKD11などよりも劣りますし、硬さを出すことだけを考えると、焼割れの危険性が増しますので、形状によっては、安易にサブゼロするのも考えないといけません。

当初からサブゼロを予定する場合には、焼割れを防ぐために、1020℃程度の低目の温度で焼入れして、サブゼロ時も均一にゆっくり冷やすような配慮をする必要があります。

以上のことから、薄い品物であっても、SUS440Cの硬さは57-58HRC程度が最高硬さと考えて、サブゼロ無しで58HRC以上の硬さを要求するのは無理だと考えておくのがいいでしょう。

品物が大きい場合の原因

品物が大きい場合は、上で説明した残留オーステナイトやMf点の問題に加えて、熱処理操作上の制約が加わって硬さが出にくくなります。

つまり、SUS440Cはφ80程度を超える品物になると、完全に室温まで冷却すると焼割れを起こす危険性が出てきます。

そのために、通常の熱処理作業では、焼割れを防ぐために、完全に常温まで冷やさない場合がほとんどです。

つまり、Mf点に達しない状態で焼戻しの過程に入りますので、これも硬さが十分に出せない原因になります。

(注)このことについては、微妙な問題があります。焼割れが生じると、損害賠償の問題がでてくるので、それを許容するなら「完冷」という、常温まで冷やす処理も可能ですが、焼割れは、いろいろな問題が複合して生じることから、「常温まで冷やさない」というのは、できるだけリスクを避けるために取られている熱処理方法だと考えるしかありません。

SUS440Cは高合金のために製鋼しにくい鋼種で、大径のものになると、中心部の品位が低下していることも多いので、他鋼種以上に、大きな品物は、焼入れ後に室温まで完冷すると焼割れの危険性が増します。

そのために、常温まで冷やさずに早めの焼戻し操作に入る操作をするのが通例です。それによって未変態の焼入れ状態になるので、さらに硬さが入りにくい条件が加わります。

このこともあって、φ100を超える品物は、あまり硬さを高くしないで55HRC以下にとどめることをお勧めする場合も多々あります。

  

もちろん、このような特殊な熱処理にならざるを得ないので、お客様の了解のもとに、硬さを確保する熱処理操作をすることもありますが、焼割れなどの問題がでないという保証はありません。

以上の点から、SUS440C は、単重が1kg程度以上になると、56~57HRC程度の硬さが最高硬さの鋼種だと考えておいたほうがいいでしょう。

代替え鋼種を考えることもいいでしょう

カスタムナイフなどで硬さがほしい場合には日立金属のATS34・大同特殊鋼のDSR7などの硬さの出る鋼種を検討するもも一つの方法です。(適当なサイズが手に入らないかもしれませんが・・・)

日立金属のATS34は、1070℃の焼入れで61HRC程度の硬さが出ます。もちろん、その他の材料メーカーも硬さの出るステンレス鋼を販売しています。

しかしいずれも、硬さ、耐食性、価格、市場性などで一長一短がありますので、メーカーの技術サービスに相談されるか、鋼材店の特殊鋼販売士に聞くのも一つの方法です。


↑このページの上へ

TITLE一覧

ステンレスSUS304の脱磁 ステンレスSUS440Cの焼入硬さ 超サブゼロについて教えて 熱処理の保持時間について 工具鋼の焼戻し回数 工具鋼のワイヤカット対策 SUS304の溶接での問題 ステンレス鋼の種類と特徴 熱処理の方法や考え方は変化しているか 機械構造用炭素鋼(SC材)の熱処理 機械構造用鋼の焼ならし

HP紹介

鉄鋼の熱処理全般について紹介
せん断刃物技術の基礎事項を紹介
第一鋼業のHPとお問い合わせはこちらから