この熱処理について教えて下さい 熱処理の疑問を解消

ステンレスSUS440Cで高い焼入れ硬さを希望

刃物や工具によく使用されるSUS440C ですが、焼入れしたところ、57HRC程度の硬さしか出なくて、少なくとも59HRC(80HS)程度の硬さがほしい・・・という要望を聞きます。

JISやメーカーカタログでは、60HRC 程度の硬さが出るようになっていますが、実は、これには、何点かの問題があって、高い硬さは出ないことのほうが多い・・・と考えておくといいかもしれません。


SUS440Cはステンレスで最も硬さが出る鋼種

マルテンサイト系ステンレスは、クロムCr によって耐食性をだし、炭素C によって硬さを出すという考え方で設計されています。

SUS440 は炭素量の順に、0.7%CのSUS440A、0.8%CのSUS440B、1.1%CのSUS440C などがあり、炭素量の多いほうが「焼入れ硬さが高い」という仕様で、Cr量は同じで、17%です。 (焼入れ硬さとは、焼入れしたままの硬さで、焼戻ししないで測定する、いわば、特殊な硬さです)

ただ、成分的に見ると、過共析鋼で、多くの炭素はCrの炭化物として組織中に存在するため、硬さを出すために炭素の力を発揮してくれないことも起こりますし、もう一つは、炭素量が高いので焼入れ後の残留オーステナイトの量も多く、その量がかなり、焼入れ硬さを左右しますので、最高硬さを出そうとすると、いろいろな条件を考えてやる必要が出てきます。

市中に流通している鋼材は SUS440C が多いようで、「熱処理(焼入れ)をして硬さの出るステンレス鋼」として、カスタムナイフなど、刃物の材料として使用されることが多いのですが、JISでは標準熱処理で58HRC以上に規定されているものの、58HRC以上の硬さにならない場合がしばしばあるのも事実です。

この理由を考えるときに、「硬さがでない」ということと、「硬さを出せない」ということを分けて考えたほうが理解しやすいでしょう。

順次説明していきますが、ここでは、薄い品物で硬さが出ない原因と、少し大きな品物で、硬さが出せない原因に分けて説明します。

薄い品物の場合で硬さがでない原因


大同特殊鋼SUSデータ HPより大同特殊鋼(株)のHPから

JISによると、SUS440Cの適正焼入れは1010~1070℃油冷、焼戻しは100~180℃空冷で58HRC以上となっています。

私の勤務していた会社では、1050℃油冷(薄い品物は空冷で) または、ソルトを用いた熱浴焼入れをして、180℃の焼戻しをすると、グラフと同じように、58HRC程度になります。

これを、1070℃の焼入れ温度まで上げて焼入れしても、硬さ上昇は期待できません。

少し専門的になりますが、これは、焼入れ温度を上げると残留オーステナイトが増えるために、思ったほどに硬さが出なくなるのです。

また、SUS440CのMf点(マルテンサイト変態が完了する温度)が常温付近かそれ以下の温度となっていますので、焼入れした場所の室温や雰囲気(品物の最終冷却温度)が少し高いとマルテンサイト化が完了しないために十分な硬さが出ません。

特に、夏季などは作業場の室温が50℃近くになる場合もあって、現実的に、焼入れが未完了のまま焼戻しをする場合も出てくるために、充分な硬さが出ないということが起こります。

確実に硬さが必要な場合は、氷水や炭酸ガスによる冷却も可能ですが、サブゼロ処理という余分な工程費用が加わりますし、現実的には、その追加手間や費用を考えると、上図の大同特殊鋼さんの DSR7 や 日立金属さんの ATS34 などを使うほうが現実的と考えます。

これらの鋼種は、C-Cr量を抑えるなどの成分調整で硬さを出やすくしています。

薄い品物であれば、空冷で硬化しますし、焼割れする可能性もほとんどないので、常温近くまで冷却して、その後に、常温以下に温度を下げるために、冷水などで冷やすなどの対応をする場合もありますが、それの費用等は熱処理会社さんに相談したほうがいいでしょう。


硬さがほしい場合はサブゼロか低温焼戻し

通常の焼戻しは、じん性付与のために、最低でも180℃程度の温度がほしいのですが、焼戻しすると、硬さは低下します。

硬さがほしい場合には、100℃程度で焼戻しされて使用する場合もありますが、使用するときに負荷がかからない品物は別にして、じん性面や組織の安定性などを考えると、180℃程度以上で焼き戻しするのが望ましいと考えており、工具としてのこのような低温の焼戻しは推奨しません。

そうは言っても、組織の安定性を重視してその温度で焼戻しをすると、上にあるグラフのように若干硬さが低下しますので、このことが高い硬さが出ない原因の一つでしょう。

このあたりの是非については意見が別れますが、刃先にかかる負荷が大きく、摩擦熱が発生する金属せん断刃物のような品物では、180℃以下の低温の焼戻しはおすすめしません。

どうしても硬さがほしい場合は、費用がかかりますが、サブゼロ処理をします。

通常の焼入れをして、58HRC程度の焼入れ硬さになるものを、焼入れ直後にサブゼロすると60-61HRC以上の硬さになります。

ただし、個別にサブゼロ処理をすると熱処理費用がかさむうえに、悪いことに、SUS440Cの焼入れ性はSKD11などよりも劣りますし、硬さを出すことだけを考えると、焼割れと変形の増大の危険性が増しますので、形状によっては、安易にサブゼロするのは問題です。

私は、当初からサブゼロを予定する場合には、焼割れを防ぐために、1020℃程度の低目の温度で焼入れして、サブゼロ時も均一にゆっくり冷やすような配慮をする必要があります・・・ というような説明をしたうえで熱処理をしていました。

以上のことから、薄い品物であっても、SUS440Cの硬さは57-58HRC程度が最高硬さと考えて、サブゼロ無しで58HRC以上の硬さを要求するのは無理だと考えておく程度がいいでしょう。

品物が大きい場合の原因

品物が大きい場合は、上で説明した残留オーステナイトやMf点の問題に加えて、熱処理操作上の制約が加わって硬さが出にくくなります。

これは、熱処理が原因というよりも、大きな断面形状の品物は、鋼材の不均一性が高いので、焼割れの可能性が高まります。

SUS440Cなどの高合金鋼は、メーカーとしても製造しにくい鋼種です。 現在は、非常に品位が高くなっているものの、連続鋳造で作られることはなく、ほとんどは鋼塊(インゴット)を鍛造して製造されますので、当然、断面の大きいものは鋼材の表面と内部の品位の差が生じているので、低炭素低合金鋼などに比べると、熱処理トラブルが多いので、熱処理をする側も慎重になります。

私の感触では、SUS440Cはφ80程度を超える品物になると、完全に室温まで冷却すると焼割れを起こす危険性が高まります。

そのために、通常の熱処理作業では、焼割れを防ぐために、完全に常温まで冷やさない場合がほとんどで、そのために、JISに示すような硬さは出ません。

つまり、Mf点に達しない状態で焼戻しの過程に入りますので、これが硬さが十分に出せない原因になります。

この対応については、微妙な問題があり、つまり、焼割れが生じると、損害賠償の問題がでてくる場合があるので、依頼者が望めば「完冷」もできるのですが、私は、そんな危険行為はやめたほうがいいと考えています。

つまり、無理に高い硬さを出すべきでないという意見です。

さらに、常温まで冷却したとしても、JISでの冷却指定は「油冷」となっているように、本来、特に焼入れ性が極端に優れる鋼種ではないので、58HRCが出るかどうかは確約できません。

この「常温まで冷やさない」というのは、できるだけリスクを避けるために取られている暗黙の熱処理方法で、無理な硬さも要求しないのが賢明です。 できれば、事前の打ち合わせをして、納得して熱処理を依頼するようにしましょう。

このこともあって、φ100を超える品物や形状が単純でないものは、割れや変形の危険性が高くなるので、あまり硬さを高くしないで55HRC以下にとどめることをお勧めする場合も多々あります。

大きい品物は、硬さを高くしない・・・が鉄則

もちろん、このような特殊な熱処理にならざるを得ないので、お客様の了解のもとに、硬さを確保する熱処理操作をすることもありますが、焼割れなどの問題がでないという保証はありません。

以上の点から、SUS440C は、単重が1kg程度以上のものでは、56~57HRC程度の硬さが最高硬さだと考えておいたほうがいいでしょう。

代替え鋼種の検討

カスタムナイフなどで硬さがほしい場合には日立金属のATS34・大同特殊鋼のDSR7などの硬さの出る鋼種を検討するのも一つの方法です。

ただ、適当な鋼材サイズが手に入らないかもしれませんし、基本的に、これを使う場合でも、大きな品物で硬さを上げることは考えないほうがいいでしょう。

日立金属のATS34は、1070℃の焼入れで61HRC程度の硬さが出ます。もちろん、その他の材料メーカーも硬さの出るステンレス鋼を販売しています。

しかしいずれも、硬さ、耐食性、価格、市場性などで一長一短がありますので、メーカーの技術サービスに相談されるか、鋼材店の特殊鋼販売士に聞くのも一つの方法です。


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