残留オーステナイトとは、焼入れをするために高温に加熱してオーステナイト組織にしたときのオーステナイト組織が、焼入れ後もそのまま常温で残っているものをいいます。
それを、分解して変化しないように(または、変化しにくいように)することを「残留オーステナイトの安定化」といいます。
これは通常、残留オーステナイトが分解する温度以下で「焼戻し」することですが、工具では必要な硬さがあるので、硬さにあわせた温度で、しっかりと焼戻しすることで安定化をさせます。
残留オーステナイトは鋼の成分によってその残留量が変わります。
例えば、焼入れしたままの状態では、SKD11などの高合金工具鋼では、残留オーステナイトは20%以上、SKS3でも5%程度残っているのが通例です。
一般的に言うと、残留オーステナイトは不安定な組織です。
だから、温度が加わったり、時間の経過で、その他の組織に変化しやすいので、製品になった後に変寸や変形、割れの原因などになる可能性があります。
そのために、充分な焼戻しをするなどによって、残留オーステナイトが他の組織に変化しないように「安定化させる」必要があります。
温度を上げると消失する
多くの焼入れして硬化する鋼種では、焼入れで生じた残留オーステナイトは、400℃程度以上の焼戻し処理で分解し始めて、560℃程度以上で消失してソルバイトなどの焼戻し組織に移行します。
このために、残留オーステナイトを完全に消失させるには、560℃以上の高温に焼戻しするのが確実な方法とされますが、このような高い温度で焼戻しすると、ほとんどの鋼は硬さ低下で工具では使えないということが生じます。
熱間工具鋼や高速度工具鋼は500℃程度以上の焼戻しで2次硬化するものが多いので、それを利用します。
残留オーステナイトは悪者か?
残留オーステナイトの硬さは、マルテンサイトなどの焼入れして硬化した組織に比べて、非常に柔らかいために、その部分がショックアブソーバーの役目をして、衝撃値が増加するという見方があります。
SKD11の焼入焼戻しで、200℃程度の温度で焼戻しした場合には20%以上の残留オーステナイトが組織中にあり、同硬さの炭素工具鋼など、残留オーステナイトが少ない鋼と比べると、非常に高いシャルピー衝撃値が得られるのは、残留オーステナイトが関係しているようです。
しかし一方で、残留オーステナイトは、外力や温度によって組織変化しやすいので、もしも、品物が製品となって使用中に組織変化して、残留オーステナイトが他の組織に変化すると、寸法変化が生じて変形したり、割れの原因になると考えられています。
そのために、残留オーステナイトはできるだけ少ないほうがいいとする考え方があります。
残留オーステナイトの低減と安定化
焼入れ後の鋼の残留オーステナイトを少なくするためには、焼入れ温度を高くしないことや、焼入れ直後に液化炭酸ガスなどで-75℃に冷やすサブゼロ処理をするという方法が有効です。
ただし、このサブゼロ処理の温度や残留オーステナイトが少なくなる割合などは、鋼種や焼入れの条件によって異なります。
SKD11などでは、-80℃程度のサブゼロ処理をしても数%は残る場合がほとんどです。
焼入れによって生じた残留オーステナイトは、常温以下に温度を下げれば、すべてが変態してマルテンサイトなどに変化するというものでもなく、液体窒素などで-180度程度に冷却しても変化しない場合もあります。
SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼を-180℃程度の温度に冷やすと、オーステナイトが変態して常磁性でなくなることも確認されていますが、工具に用いる鋼では、ゼロにはならないまでも、ごく低温に冷やすことで、残留オーステナイトを低減できることは確かです。
残留オーステナイトは、温度変化ではなく、時効変化(時間を経て変化すること)や強加工によってマルテンサイトやその他の組織に変化する場合もあります。
サブゼロは焼入れ直後に行う
焼入れして残留オーステナイトが組織中に残った状態の鋼を、180℃程度の焼戻しをしたのちに-75℃のサブゼロ処理をしてもほとんど硬さが上昇しないということが起こります。
これは、サブゼロ処理による効果が見られないことになるのですが、ある意味では、オーステナイトがその他の組織に変化しにくい状態になっているということで、これも、「残留オーステナイトが安定化した」状態です。
クライオ処理(超サブゼロ処理)の場合は、しばしば、焼戻しをした後に行う場合もあります。
この場合は、多くは、硬さの上昇などはほとんどないのですが、それでも、寿命向上の効果がある … という報告もあります。
しかし、詳しいことはよくわかっていません。
このように、残留オーステナイトは製品の寿命と関係があるようですが、ともかく、詳しいことはよくわかっていないのが実情です。

