この熱処理について教えて下さい 熱処理の疑問を解消

機械構造用炭素鋼(SC材)のJISの熱処理

JISハンドブックの良かったところは、熱処理規格(たとえばJIS G 4051機械構造用炭素鋼鋼材)の末尾の解説部分に、標準試験片による熱処理をしたときの機械的性質の表などが掲載されていたのですが、残念ながら、現在は消えてしまいました。

ここに掲載された表やグラフは、標準的な熱処理の方法がわかる便利な図表でしたが、JISハンドブックから消えて以降はさらに目にすることがなくなってきています。

私の他のHPでは、できるだけそれを引用するようにしていますが、注意しないといけない点は、掲載されている図表にある標準的な熱処理試験の多くは、小さな試験片を用いて行われているものなので、一般的な品物と同じように考えてはいけないところです。

ここでは、専門的にならないように、それらの見方、考え方のごく基本的な部分を、数分で読めるようにしました。



はじめに

JISのデータ類は、JIS鋼種の制定に伴って、それを補足するために、「データシート集」にまとめられていたのですが、便利に使えるようにJISのハンドブックの解説部分に収めらるようになったもので、つまりこれらは、1980年代以前のデータが主流だということを頭の片隅においておいてください。

鉄鋼産業が日本を牽引していたころに作成されたもので、もちろん、このデータは現在でも充分に使えます。・・・というよりも、それ以外のデータがほとんどありません。

私は、熱処理でわからないところが出てきたら、JISのハンドブックを見る・・・という習慣ができていたのですが、多くの解説部分が削除されてしまって味気なくなったのが残念です。 

新しい熱処理データもほとんど無く、詳しい熱処理解説や方法を書いた書籍も刊行されることがほとんどありませんので、熱処理を考えようとしても、手がつけにくい点が多いと思いますが、少しですがその一部を紹介します。

熱処理ではゆっくり加熱して急速に冷やす・・・と教えられてきました

一口で説明すると、熱処理でゆっくり加熱するのは変形を抑えるためで、早く冷却するのは優れた性質を引き出すため・・・です。

しかし、品物が大きいと、小さい品物のように早く冷えてくれないので、自然に品質は低下します。それを網羅するのは大変なので、多くの熱処理データは、大きさの影響がないような小さな試験片でデータをとっているものが一般的です。

熱処理データ作成用の試験片の大きさは決まっていませんが、10mm角程度以下の小さなものと考えておいてください。

そこで問題になるのは、品物が大きくなった場合のデータはどうなのか・・・ですが、困ったことに、これらのデータは「ノウハウ」として作成されていると思うのですが、外部に出てきませんので、いろいろな既存のデータから「類推する」しか方法はありません。(ここではこのように考えておいてください)


実際の例を見てみましょう

下のような表がしばしば出てきます。 ここでは、最低限、下表中の赤丸数字についての意味や考え方の説明と、間違いが生じやすい点について知っておくのがいいでしょう。

JISの熱処理諸元
JIS SC材の標準熱処理出の機械的性質
この表は、説明用です。 JIS規格の一部を抜粋して注釈を加えています。

それを頭にいれて、上の表をみましょう。

①記号

鋼種記号(=鋼種名)で、 例えばS45Cという鋼種の 「S」 は鉄鋼(Steel)を表しており、2桁の数字は、小数点以下の炭素量の中心値(代表値)です。 すなわち、S45Cは炭素量が0.45%の鋼ということです。

すべてがこのような表し方ではないですが、「何かヒントになる数字が隠されている」というものも多く、ともかく、鋼種名は「分類番号」のようなものですので、これは、必要になったときに、覚えていくことになります。


②主要化学成分

ここでは主要なC、Mn だけが示されていますが、ここではこの元素が熱処理の性質に影響する成分だということです。

化学成分は、ミルシート(鋼材成績表)を見るとわかるのですが、そのミルシートであっても、特徴的な元素の成分だけしか示されていません。

構造用鋼では、C、Si、Mn、P、S などが示されることが多く、クロムモリブデン鋼(SCM:クロモリ)では、それらに加えて、Cr、Mo が、ニッケルクロムモリブデン鋼(SNCM)では、さらにNi などが示されますが、製鋼時点では、機械による分析なので、多くの元素の数値がわかっているのですが、ミルシート(鋼材成績書)には、必要最低限の元素以外は掲載されていません。

これらの元素の量で、特徴のある性質(例えば、焼きの入りやすさ=C Mo Cr Moなど 強さ=C Mnなど  じん性=Ni Mo など )が出てきますが、構造用鋼のJIS鋼種では、鋼種名である程度の有効成分元素とその含有量わかるようになっていますが、鋼材を使う場合に必ず必要なものでもないので、これを覚える必要もないでしょう。

有効な成分とは反対に、P、S、Cu などは不純物で、快削鋼には有効ですが、普通は少ないほうがいい元素ですが、品質レベルを表すために、余分なものも掲載されています。 

この合金元素で重要なことは、(よく勘違いしている人も多いのですが) 何かの性質を高めたい(例えば、焼入れ性のためにMnを多くするなど)ために、その元素を多くすればいいか?・・・というと、そうではありません。 そのバランスが重要で、多く入れすぎると、別の何かの性質が低下します。 

鋼には、両立しない性質(例えば耐摩耗性と強靭さなど)があるので、目的に合わせてさまざまな鋼種が作られているので、それを使い分けていかなければなりません。

また、成分の許容範囲についても、近年の製鋼技術は高度なので、JISで定めた成分範囲は広すぎるぐらいで、単価の高い元素は極力少なくすることなども簡単なことで、各社は、独自に成分バランスを考えて鋼材成分をコントロールして自社の特徴を出している・・・と言えます。 

もちろん、この含有量の範囲内でも、ある程度性質が変わるので、各メーカーは、成分範囲だけでなく、ミルシートに示されてないものも含めて成分調整などの鋼材製造技術を駆使して、そのメーカーらしさを出しています。 

この成分分析は、「とりべ分析値」と言われるもので、転炉などの製鋼炉から出鋼する直前の成分値がミルシートに表示されています。 もちろん、製品の鋼材になって分析したものとは異なる場合もありますが、この分析値は、充分に信頼される値です。

また、この成分パーセントは「重量%」です。 化学で習った容量%とは異なります。 0.5%Cとは、1kgの鋼の中に5gの炭素が入っていることで、もちろんそれは、黒鉛の状態ではなく、鋼中に溶け込んだり化合している炭素量です。 

また、普通は 鉄Fe の%量は示されません。 もちろん、ミルシートの成分量を合計したものの残りが鉄成分だということでもありません。 


③変態温度

焼入れ(硬化)や焼なまし(軟化)をするためには、変態点(組織が変わる温度)を通過させ方を変えます。

ここにある Ac1 は、加熱する過程でのA1変態をする温度で、Ar1は冷却時のA1変態温度、Ac3は加熱の場合のA3変態温度です。 

このA1は、平衡状態図では730℃前後の温度ですが、加熱速度(または冷却速度)によって、加熱する場合は上方に(冷却時は下方に)ずれますので、それ以上の温度にして熱処理する必要があるために、参考温度としてこれが示されています。

もちろん、この数値も、鋼の成分や加熱冷却速度で変わるので、あくまで参考的な数字です。

これらについては、詳しくは、「鉄炭素2元系平衡状態図」や各種の冷却曲線などを使って学びますが、ここでは触れません。


④熱処理

標準的な熱処理の諸元(加熱温度と冷却方法)が示されています。

ここの数値は、直径10mm程度以下のような「小さな試験片」を用いたものです。

これがしばしば問題や勘違いを引き起こすもとになるのですが、SC材(S45Cなど)に限らず、機械構造用鋼全般(例えばSCM 、SCr、SNCM・・・)においてもいえることですが、少し品物が大きくなると、焼入れで冷却が遅くなるので、表にあるような数値が得られないことに注意しましょう。

そうは言っても、多くの人は、「50x50mmの角材の硬さ」「φ100の丸棒の硬さ」などが知りたいのですが、残念ながら、そのようなデータはありませんし、もしもそれがわかるグラフがあったとしても、そのとおりになるかどうかわかりません。

理由は、熱処理に影響するファクターが多すぎるために、推定はできても確定はできない・・・ということなのですが、熱処理理論などを多く学ぶにつれて、その推定精度が上がってくるのですが、・・・実際のところはわからないことだらけです。

私自身もこのHPで、シミュレーションソフトを使っていろいろな熱処理予測をしています。 これには、多くの「仮定的な数字」を使います。 しかしもしも、その仮定した値が少し違えば、結果はすごく違ってくるのですが、このように、現状での熱処理技術は計算通りになるまでには至っていません。

私の先輩の口癖は、「焼いてみないとわからない」でしたが、雑多な品物を熱処理する工場では、まだまだ、経験と勘が必要です。


⑤機械的性質

④の条件で小さな品物を熱処理した時の引張試験、シャルピー衝撃試験、硬さ試験などの値の最低値などが示されています。

「以上」となっているものについては、これ以下であれば、何らかの不適切な熱処理状態であるという推定ができます。

通常は、引張試験ではJISの4号試験片を、シャルピー試験ではJIS3号Uノッチ試験片による試験数値だと考えていいのですが、現在においては、これらの試験条件の詳細もわからなくなってきていますので、現状では、一つの目安でしかありません。

現在は、「硬さ」についてのトレーサビリティー(国の標準に沿った硬さ値を管理する仕組み)ができていますので、硬さによるかなり正確な機械試験値などの鋼材の特性値が推定ができますので、通常の熱処理品では、費用のかかる引張試験などの機械試験は行われることがまれになりました。

しかし、硬さは表面の硬さしか測定できませんので、熱処理する品物の大きさで、降伏点、伸び、絞り、衝撃値などが影響を受けること・・・などは知っておくといいでしょう。



焼ならしと調質

JISでの記号表記は、 焼なましHA 焼ならしHNR 焼入れHQ 焼戻しHT ですが、A N Q T・・・ と簡易表記されていることも多いようです。

焼ならし温度から放冷する操作を「焼ならし」といいます。

また、「調質」は、焼入れ温度から上表の④に示す方法で焼入れをして、500℃以上の温度で焼戻しして、表面と内部の組織や機械的性質を均一化する処理のことをいいます。 硬いというよりも、破壊しにくい強さを出すための熱処理です。 

小さな試験片の試験では、上表のようになりますが、品物が大きくなってくると、冷却速度が遅くなって、組織や硬さが表面と内部では異なってきますし、表面硬さも、品物の大きさで変わってきます。 品物が大きくなると、焼入れしたときの硬さも低くなっていきます。

これを、例えば、表面硬さがほしいのであれば、焼戻し温度を下げて硬さを確保しなければいけませんし、極端に言えば、焼入れ状態でも、上表⑤に書かれた硬さがでないという状態も出てきます。

すなわち、上表に書かれた内容は、あくまで目安ですので、JIS認証工場などでは、独自にサイズ別の標準値などを作って、求める試験値を得るための条件で熱処理をするようにしてします。

熱処理した品物の硬さは、表面しか測定できないので、内部は若干柔らかくなっているのですが、どのようになっているのかは、ある程度ですが推定できます。 それらは、順次に学んでいくことになります。

そして、熱処理後の目標硬さが決まれば、表面硬さが指定範囲に入るように熱処理しますが、品物が大きいと、希望する表面硬さにならないので、必要な硬さにするには、焼戻し温度を下げます。 そうすると、焼戻し温度が低くなるにつれて、表面と内部の組織や硬さの状態に差が出る・・・ということになってしまいます。 

この様子などは、上の表などの既存データと照らし合わせることで、いろいろな対応を取りながら熱処理が進ものですが、JIS規格を見るだけでは、そんなことは何も書かれていません。

JISに示す熱処理方法で熱処理しても、JISに書かれた状態にならないのですから、これは仕方がないことですが、これによって、「表面を少し加工すると、極端に硬さ低下した」「引張試験をしても、規格値を外れている」・・・などのクレーム対象になるなどの問題が出る可能性がありますので、その場合は、硬さが下がっても、充分に焼戻し温度を上げる・・・などのことを判断して熱処理しないといけないことなどが頭に浮かんでくるようになれば熱処理技能士などのレベルですが、そうなるまでは大変です。

構造用鋼の特性をわかっていくにつれて、「これは無理だ・・・」ということがわかるようになって、このような誤解や問題は起きないのですが、それを回避するために、JISでは、『熱処理の品質については「協議する」・・・』となっています。 

つまり、事前に協議して熱処理条件を決めるようになっているのですが、協議するためには、懸念される問題点などについての見地がなければなりませんから、これは大変難しいことなので、なやむところですね。



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