この熱処理について教えて下さい 熱処理の疑問を解消

昭和年代と令和時点での熱処理の違いは?

ここでは一般熱処理で熱処理方法や設備がどのようになってきたのかを簡単に紹介しながら、少しだけですが、「昭和年代の熱処理」の様子を紹介します。 

近年(平成中期以降)は、熱処理や鋼種についてのトピックと言えるものが非常に少ないのですが、昭和年代後期には、熱処理技術や新しい鋼種の開発が目白押しで、最も花開いた時期だった感じがしています。

この当時の文献や技術データが50年近く経っても今も健在です。

これは、当時の技術の確かさを示している・・・というよりも、近年では、あまり系統立てて実験や研究が進んでいないから、新しい実験結果などがでてきていない感じがします。

私の勤めていた会社では、昭和年代には、既存データに満足できない場合は、自分で実験したり実際に熱処理をして確認することがしばしばあり、そのようなことに対しては、会社は結構大目にみてくれていたものでしたが、近年は、人や作業の管理はコンピュータで管理されているので、決められた作業以外はしてはいけない状況になりましたので、現場からの「新発見・大発見」というものが出にくくなってしまった感じがします。

私のHP中に引用している図表・グラフなどの多くは、昭和50年以前のもので、新しい熱処理の文献数は非常に少ない状況です。 

新刊書籍も少なく、新しい資料が掲載されている感じもありませんので、このHPで扱っている一般熱処理分野では、昭和年代の技術がほとんどそのまま息づいている・・・という状況です。 

しかし、熱処理設備は年々改良され変化しています。



私は一般熱処理分野が専門ですので、表面熱処理(浸炭、窒化、高周波熱処理など)は詳しくありませんが、一般熱処理の設備的な面や作業内容について、昭和年代後期と現状を簡単に比較しながら紹介していきます。

熱処理の変化

一般的に熱処理の変化に期待したい項目は、

1)加熱炉の温度や雰囲気の計測制御の進歩  2)歪(変形)に対する制御と軽減  3)設備上の改善(省エネ、効率、自動化、連続化、クリーン化、温暖化防止)  4)省資源、コスト低減

などで比較すればいいのでしょうが、紙面の関係で、 1)熱処理設備と熱処理加工品の変遷  2)作業方法の変化  3)熱処理理論や新しい工具鋼鋼種の出現  などを読み物的に紹介します。


熱処理設備、加工品などの変遷

昭和年代から、何よりも進歩したのは「省エネ化」です。

昭和年代は熱処理は「3K(汚い、危険、きつい)」職種と言われ、暗い作業場で、夏季には50℃近くまで室温が上がり、作業上には「塩」がおかれている作業環境でした。

「火色をみる」という言葉があります。 燃え盛る加熱炉の中を覗き込んで、加熱の状態を常時監視しながら熱処理作業をするのが昭和年代では普通の方法で、このためには、室内が明るいとダメで、薄暗い環境が必要でしたので、当然3K環境になってしまいます。

私の知っている風景は、職長さんは熱処理の「匠」で、その方の指示で仕事が動いているという感じでした。

加熱炉などの温度分布などの性能や熱処理後の製品の品質は現在のほうが良いという感じはありませんが、設備の外観(デザイン)や付帯機器類の内容は非常に良くなっています。

温度計測は、現在と同様に、すでに熱電対と熱電温度計でしたが、当時の温度精度は、機器類は1%程度が優秀な部類で、すべてアナログ機器でした。 現在は0.3%程度が普通の精度で、航空機部品の熱処理設備では、0.1%を要求されるものもあり、デジタル化されており、故障も少なくなりました。

熱処理設備や付帯設備の保全管理や精度管理は昭和年代から大きく変わっていませんが、昭和年代では、工場管理は現場の仕事であったものが、管理部門の関わりが大きくなって、「管理しすぎ」のように感じるのですが、そうしない工場が回らないのかもしれません。

しかし、昭和年代は熱処理の現場の「匠」が、加工設備、検査設備、人などの工場管理全般を問題なく差配していたのですから、今から考えると「昔の人はすごかった」としか言いようがありません。

2度のオイルショックが熱処理を変えた

1974年頃と1980年頃にオイルショックと言われる、原油価格の高騰があって、省エネと利益性に対応する必要から、特に、加熱設備(炉)は大きく変わりました。

当時、私の勤める会社の大きな加熱炉は「重油炉」でした。 もちろん、本当の重油は粘度が高くて炉の制御面などで扱いにくかったので、実際は、灯油に近い「特A重油」というのを使っていましたが、燃料の供給面と価格面の不安から、大型炉は、都市ガスへの燃料転換をしています。

さらに、温度管理や夜間の自動運用などの省力化で、大きな加熱炉以外は電気を使うものになっていきました。

昭和年代の加熱炉の多くは、炉の中を見ながら加熱状態を簡単にみることができましたが、それらは全て、省エネ性の高い密閉性の高いものに変わってきました。 火色をみて熱処理するのではなく、熱処理パネル(記録紙)を見て作業するように変わってきました。

さらに、加熱効率を高める必要と、熱処理価格の上昇のためのコストパフォーマンス面から、熱処理の対象鋼種も鋼材価格の高い高級鋼に推移していきます。

加熱炉の加熱雰囲気も、大気雰囲気から無酸化雰囲気(窒素ガス雰囲気や真空雰囲気)に変わっていきますし、熱処理する品物も、素形材から型材などに、また、それに使用される鋼種も、特殊工具鋼SKSクラスから高合金工具鋼SKDクラスなどに変わってきました。

1100℃以上の高い温度で焼入れする 高速度工具鋼(ハイス) は昭和年代にはソルトバスでの焼入れが主流でしたが、今では、真空炉による焼入れに変わりました。

鉄鋼加熱用の真空炉はすでに昭和年代にも使われていましたが、現在ではかなり改良されて、金属熱処理用は加熱冷却速度を早くするために、完全真空にするのではなく、窒素ガスを微量流すことで対流による加熱促進や、圧力を高めた窒素ガスを一気に噴出する「加圧冷却」とよばれる方法を取ることで、油冷(油焼入れ)に近い冷却速度で焼入れ、焼入れ品質の低下や焼入れのムラを無くす方法がとられています。

また、本来、熱処理の基本に、「変形と品質のためには ゆっくり加熱して、早く冷やす」ということが言われていることから、品物の加熱冷却を1室でするのではなく、2-3室構造にして、パージ室(入れ替え用の部屋)や油冷室(油焼入れができる)を作って効率化と品質向上を図ることなども進んでいます。

また、電子技術、センサ技術などの進歩で、完全な自動化されて無人化された熱処理炉も多くなっています。

省力化で差別化できることから、「熱処理は設備産業」と言われていますが、景気の急変は熱処理業を直撃するので、安易な大型化や高効率設備の増設は慎重にならざるを得ないですし、いくら設備が良くても、儲けにつながるものではないので、一般熱処理業の当然の対応は、顧客や熱処理品の差別化ということで、今までは、「どんな熱処理もできます」という熱処理会社は減少傾向になり、熱処理を断るなどで熱処理品を絞り込む傾向が進んでおり、現在では、鋼種、品物の大きさ、熱処理量などで、会社ごとのすみ分けが進んでいっている感じがします。

市中の「お医者さん」と同じようになっていくのかな・・・と思っています。

例えば、刃物鋼などの水焼入れ(水冷)の注文を受けてくれる企業は減りましたし、特殊な仕様の熱処理は敬遠されるようになりましたし、面倒な品物は受注したくない・・・という傾向は益々進む感じがします。

これも、熱処理企業の存続のためには避けられない道ですし、それと並行するように、材料メーカーも昭和年代のような性能を追い求めて新鋼種をどんどん開発するようなこともなく、在庫の低減の必要性から、流通鋼種を絞り込んで利益効率を高めようとする標準化が進んでいます。

使用する側の不便は増大するのですが、ほしいと思う適当な材料を入手するのに一苦労することも、今後多くなってくると思います。


新しい材料(鋼種)といえば・・・

高速度工具鋼では・・・

昭和年代で「高速度工具鋼(ハイス)」といえば、「タングステン系・モリブデン系」という分類でした。

タングステンW系のSKH2、モリブデンMo系のSKH9(現在はSKH51の鋼種名が変更)が主流でしたが、タングステンが品薄高価格になって、Mo系に移行しつつ、耐摩耗性の高いバナジウムV系や、マトリックス系と呼ばれる新しいハイスなどが加わっています。

マトリクスハイスは「セミハイス」とも呼ばれ、ダイス鋼とハイスの中間的な鋼種で、耐熱高じん性を狙ったモデで、各社は自社の特徴を出した製品を販売しています。

そして、粉末ハイスと呼ばれる、「粉末技術」を利用することで今まで作ることのできなかった成分系の鋼種が徐々に利用されるようになりました。

このために、従来からの鋼塊から作るハイスを「溶性ハイス」と呼んで、粉末ハイスと対比する呼び方もあります。

ただ、ハイスを含めた工具鋼の全てに言えるのですが、すべての性質に優れる鋼種というのはないことから、使用目的に合わせて鋼種を選ぶことは必要になるので、いろいろな材料が入手できればいいのですが、本来、工具鋼・ハイスは製造量が少ない上に、たくさん売れるものではないので、結局、いろいろな鋼種があっても、比較的入手できそうな各社の鋼種は下記のように限られていて、これ以外の鋼種は入手が大変困難です。【下表は、雑誌 特殊鋼のブランド参照表から引用】

工具鋼では・・・

この分野では、いくつかの大きな変化があったのですが、型材や簡単な工具用の鋼種では、昭和年代では、「トッコウ」と呼ばれるSKS3 と、「ダイスコウ」と呼ばれるSKD11 と「タンソコウ」のSK3 が主な流通鋼種だった・・・と記憶しています。

当時もいろいろな鋼種があったはずですが、一般の熱処理品はその3つに分類されていたようで、昭和末期からたくさんの鋼種が開発され販売されました。

以前は、炭素工具鋼はSK1からSK7までに分類されていたものが、現在は規格上11種類に分けられて、そのうちでよく使われる SK3 は SK105 となりました。 この105 は1.05%の炭素量 だとわかるように名前がつけられています。

さらに新しい鋼種が流通したことで、比較的好評だったのは、「油焼入れSK3」と呼ばれたSKS93 が出てきたことでした。 

SK3は水焼入れ鋼種ですが、多くは、水焼き設備がないので油焼入れして使われていましたが、硬さ不足になるので、ベアリング用途の SUJ2の丸材 を鍛造して使っていたものに、SKS93 が使われるようになり、 YCS3(日立)、YK30(大同) などの平角材が多く流通するようになって、型屋さんなどが喜こんでおられたことを記憶しています。今でも安価で人気の高い鋼種です。

ダイス鋼分野では、8%Cr鋼種がSKD11の欠点をカバーする鋼種として使われ始めています。 その中でも大同特殊鋼のDC53は、流通しているサイズが多いことから、使いやすい材料になってきました。

現在では、下記に示す国内の製鋼メーカーや外国メーカーの製品鋼種が多数流通しているはずですが、ハイスと同様に、工具鋼自体が製造量が少ないので、簡単に入手できない場合もあります。 参考に、冷間工具鋼についての、各メーカーの推奨鋼種一覧を参考に示しますが、これ以外の鋼種の流通量は非常に少ないということでしょう。(雑誌「特殊鋼」より引用)



作業のしかたの変遷

先にも紹介したように、昭和年代までは、「熱処理の匠」を長とする工場単位での仕事のやり方でしたが、JISがISOに装用に規格化されたことで、工場管理やり方の変化と「標準の作業化」が進んでいます。

これによって、作業のやりやすさや品質の安定が図られていますが、その反面、工程から外れる特殊な作業がやりにくくなりましたので、建前は「お客様主義」のハズが、顧客や熱処理対象品を選別するようになってきています。

この「標準化」は、高収益化や省エネに対しては好ましいことですが、個々の品物から見ると、「なんでも一緒に熱処理しましょう」ということですので、必ずしも最高品質のための熱処理方法にはなっていないという見方もできます。

つまり、今後ますます、標準品質の熱処理が浸透していくという事になっていきます。

標準品質がいいかどうかは考えようですが、希望する熱処理を依頼しようとすると、費用や納期を強いられることになりますので、抜き出た品質の「オンリーワン製品」を作りたい場合は、注意しておく必要があります。

現場技術の伝承については、社内教育は今まで以上に行われていますが、昭和年代に培われた、熱処理の本質を熟知する人材が定年退職等で年々減少していますし、また、作業標準などの標準類も、最低限度の見直しが行われていますが、迅速に対応することはなくなる傾向は否めませんので、改善が遅れる傾向になるのは仕方がありませんし、それが積もり積もって、今後は技術力の低下にならないかどうかが気になるところです。


熱処理理論など

基本の熱処理理論やJIS鋼種についての考え方は、昭和年代の考え方が踏襲されていて、基本的な考え方は昭和年代とあまり変わっていません。

ただ、熱処理品質に対する考え方は、昭和年代はJISに対応した考え方であったのが、最近ではISOの考え方に変わってきている・・・という違いがあるように思っています。

この見方は、人によって捉え方が違うと思いますし、表現も難しいのですが、JISは最低限の品質を定めるもので、品質の上限はないので、品質を上げるための熱処理を工夫していたのですが、ISOになると、お客さん中心で品質を考えることを要求されるので、例えば、不具合を出さないように熱処理する・・・などの消極的傾向になってきている感じがします。

つまり、最高品質を求めることより、安定品質を求める傾向が今後はますます強くなっていくことになります。

それは、標準化や顧客満足度の向上における成果は出るでしょうが、反面、このまま進んでいくと、特徴あるすごい「品物・製品」は出てきにくい感じがします。


どんな新しい鋼種でも熱処理ができる体制

工具鋼などのメーカー鋼種(メーカー名で呼称する鋼種)は、メーカーが基本的な熱処理データを提供するものに沿って熱処理しますので、特に熱処理作業面では大きな問題はありませんし、今後も変わらないでしょう。

しかし、メーカーが外部に提示する熱処理条件等は、小さな試験片によるものですので、実際の品物では、割れや変形などの熱処理不良に対応しなければなりませんので、メーカーの指定する熱処理方法とは異なる熱処理をしなければならないことがあるのですが、これらは責任問題や補償問題にもつながるという難しい内容を含んでいます。

変な話ですが、メーカーの指定するやり方で熱処理しても、所定の硬さが出ない・・・という場合などですが、これについては、「お客様と事前に打ち合わせて決める」事になっています。

しかし、お客様が充分な熱処理知識があるかというと、そうでない場合のほうが多いので、事前にお打ち合わせしない・・・ということもあるでしょう。 そういう今までにはなかったような事例は出てくるでしょう。


その他の変化とまとめ

【鋼材面において】 平成年代の初期から、製鋼メーカーの技術が格段に向上しており、それにつれて、鋼材の成分や偏析、介在物除去や脱ガス、寸法や外観、など、あらゆる面において昭和年代では考えられないような鋼材品質の向上が見られます。これは、昭和年代の鋼材に較べて、遥かに進歩しました。

それが熱処理品質の安定に寄与しており、単純形状品では、不具合減少につながっています。

しかし反面、材料メーカーの利益確保で、鋼材価格の上昇、鋼種やサイズの集約化、などが進んでおり、材料費の歩留り率低下や安価品の調達がしにくくなってきています。

【熱処理面において】 鋼種の高級化や鋼種数の減少は熱処理のやりやすさにつながっていますが、その反面で、顧客の要求が増え、製品形状の複雑化や納期や寸法精度などの要求の増大、燃料費の高止まりなどで、熱処理業者の利益低下が進む傾向にあります。 どうなるかはわかりませんが、変化する予兆はあります。

熱処理品質において、いつまでたっても、解析や対応が進まないのは「熱処理変形」です。 この原因は、熱処理だけでなく、熱処理する品物に内在する問題でもあり、今後も課題が残っていくでしょう。

このこともあって、熱処理業者としては、鋼材メーカーにはさらなる技術資料の提供や、低歪条件を含めた鋼種開発を望むのですが、材料メーカーとしても、昭和末期の元気さはなくなってしまいましたので、目をみはる技術進歩は期待できません。

さらに、鋼材メーカーの品質がはるかにJISを凌駕している状況ですが、当面はJISの品質要求が高まる(つまり、規格内容が高品質化する)可能性はないと思われますので、この「熱処理変形の問題」は、今後も頭を悩ますことになると懸念しています。



↑このページの上へ
(来歴)R2.4 CSS変更   最終R3.7に見直し

TITLE一覧

ステンレスSUS304の脱磁 ステンレスSUS440Cの焼入硬さ 超サブゼロについて教えて 熱処理の保持時間について 工具鋼の焼戻し回数 工具鋼のワイヤカット対策 SUS304の溶接での問題 ステンレス鋼の種類と特徴 熱処理の方法や考え方は変化しているか 機械構造用炭素鋼(SC材)の熱処理 機械構造用鋼の焼ならし 

HP紹介

「鋼の熱処理について」へのリンク

「熱処理用語の解説」へのリンク

「せん断刃物技術の基礎」へのリンク