工具鋼のワイヤカット対策

【質問】

SKD11などの冷間工具鋼のワイヤカット加工でしばしば問題が出るということを聞きました。わかりやすく説明してください。



【回答】

当社で把握しているものは、「放電変質層」「応力変化による変形」「加工後の割れ」などです。

ワイヤカットは、ワイヤと品物の間に微小スパークを発生させ、その溶融を利用して加工しますので、加工条件によっては、表面の変質層がクローズアップされることがあります。

灯油の中で加工する放電加工でも同様ですが、付与するエネルギーが大きいと、変質層は増大します。

表面硬さの変化傾向

これは、品物の表面硬さが加工や変形が加わる際に変化するパターンの例を示したものですが、放電加工では「再焼入れ」状態が、ワイヤカットでは、「軟化」のような硬さ変化が見られます。

これは、極端な例を図示したものですが、加工速度を速めると、表面粗さや精度の劣化とともに、表面性状が変化することを意識してください。

ここで生成した層を「変質層」と言っています。これを避けるためには、仕上げ加工時には加工速度を遅くするなどの加工条件を変える以外ありません。


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「変形や割れ」対策については、材料特性と熱処理を意識する必要があります。

金型の加工などでよく使用されるSKD11などの冷間工具鋼は、非常に焼入れ性が良く、φ100程度の品物でも中心までほぼ同じ硬さになっていますが、「硬さ=強さ=応力」ですので、品物の部位によって各部の応力状態が同じということはありません。そして、通常は60HRC程度の高硬さが必要ですので、焼戻し温度は200℃前後です。

この状態では、(おおよそですが)熱処理組織的に見ると、高い硬さの焼戻しマルテンサイト域が70%前後で、残りが残留オーステナイトになっており、表面と中心でも若干異なっている状態で応力バランスが取れた状態になっています。(もちろん、品物が大きい場合や熱処理条件によってこの比率などは変わります)

そこの一部に抜き孔を作るなどの加工をすると、応力バランスが崩れるために、その応力をバランスさせるために「変形」します。

この対策としては、熱処理面では焼戻し温度を上げておくことが有効で、高速度鋼や高温焼戻しをする鋼種ではその変形が少なくなりますが、SKD11では高温焼戻しでは十分な硬さが出ません。

そのためには、若干耐摩耗性は劣りますが、8%Cr系の鋼種(大同特殊鋼のDC53や山陽特殊製鋼のQCM8など)を使うこともひとつの対策でしょう。

これらは高温焼戻しで60HRC以上の硬さが出ますので、高温焼戻しをしてワイヤカットをすることが対策の一つです。
熱処理の際にそれを伝えておかないと、一般的には低温焼戻しで処理してしまいます。

SKD11において、硬さを重視するあまりに180℃程度の焼戻ししかしない場合が見受けられます。SKD11では、250℃程度の焼戻しをして、若干硬さを犠牲にしても安定な組織にすることが望まれます。

さらに、加工する孔の形状や大きさなどの影響がありますので、セカンドカットなどをすることで、一気に加工しないことも大切です。

捨て孔などで応力分散することも一つの方法とされますが、これらはノウハウ的なこともあって、一般的な説明は難しいもので割愛します。

加工中に割れることはマレですが、先のグラフにみるように、加工表面の硬さ低下がみられることは、加工面は引張応力になっていると考えられます。
その状態では割れやすくなっているのは確かで、事故品を調査すると、しばしば、0.1mm以下の微細なクラックが観察されることがあります。

しかし、通常はこのクラックが大きくなることはありませんが、ワイヤカット加工後に時効による組織変化が生じると割れの原因になることも考えられますので、表面性状を荒らさないように加工速度に気を付けることが必要ですし、ほとんどの微細クラックは0.1mm以下ですので、ダイヤモンドラッパーなどで除去するに越したことはありません。

ワイヤカット後に焼戻しをすることも効果がありそうですが、高温焼戻しでは少しの効果がありそうな気がしますが何とも言えません。当社でも行っていません。


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