焼戻しとは

鋼の熱処理で、焼入れして硬化した鋼は、マルテンサイトと呼ばれる「硬くもろく割れやすい」組織の状態になっています。通常では、品物全体を焼入れたものは、そのまま使うことはなく(※)、再加熱して強靭性を付加したり、 硬さ(=強さ)を調整する熱処理操作をします。それを「焼戻し」と言います。

「焼入れ+焼戻し」はセットになっており、焼入れたままで工具などに使用するのは好ましくありません。 そして、焼入れの状態で放置すると、変形や割れなどが起きることがあるために、通常は、焼入れに続いて焼戻し作業をします。

焼戻しについては、単一組織の変化を見ることを理解しやすくするために、炭素工具鋼の共析鋼(C%≒0.85)で説明されることが多いようですので、ここでも、 同様に説明しています。

※近年、鋭利な刃先の微小部分だけをレーザーや電子ビームなどで急速に加熱して品物への伝導熱を利用して冷却して焼入れ組織を得る方法で熱処理されているものがありますが、それは、通常は焼戻しをせずに利用されています。表面処理的な考え方なのか、焼戻しするのが難しいという理由なのかはわかりません。


焼戻し時の温度に伴う変化

焼き入れのところで、焼入冷却速度が遅い場合には、全部がマルテンサイトにならないでその他の組織になるとしていましたが、一般の品物では、質量効果などの影響で、マルテンサイトとソルバイト、トルースタイトやベイナイト、残留オーステナイト、炭化物、その他で構成されている状態であると考えるのが普通です。しかし、焼戻しの状態変化を説明しやすいために、ここでは共析鋼のマルテンサイトと 残留オーステナイトの温度的な挙動だけで説明されることが多いので、ここでもそれにそって説明します。

焼入れ直後の鋼中のマルテンサイトは炭素が過飽和の状態で不安定です。また、未変態のオーステナイトも不安定な状態のものなので、加熱されると安定な状態になろうとしている状態であるといえます。
それを、安定する状態に移行するために行う加熱操作が「焼戻し」で、一般には温度別に4つの過程に分けて説明されます。

【第一過程】

およそ200℃までの加熱で、焼入れ状態のマルテンサイトが「焼戻しマルテンサイト」に変わるまでの過程が第1過程です。

この焼戻しマルテンサイトは、焼入れ状態のマルテンサイトよりも、若干、腐食されやすくなっていて、それによって識別できるとされているのですが、加熱することで、低炭素のマルテンサイトに変化するとともに、炭化物を析出しており(これをε炭化物と書いてある場合があります)、このときに、 焼入れ時の内部応力が若干緩和される・・・と説明されています。

シャルピー値などを見ても、一般的には、約180℃以上の温度になると、機械的な特性としての「じん性」が急激に高くなるので、硬さの必要なものの焼戻しでは、 この点を意識して焼戻し温度を決めるようにするとよいでしょう。工具類や機械部品で、硬さが必要なために、150℃以下の温度で焼戻しされるものもありますが、180℃以上で焼戻しすると焼戻しマルテンサイトに変化して寿命が安定するということも記憶しておくといいでしょう。

【第二過程】

200-300℃の焼戻し温度では、残留オーステナイトが分解し始めて 焼戻しマルテンサイトに変化する過程が第2過程とされています。

SKD11などの高合金鋼種によっては、この温度域では残留オーステナイトが分解しないものもあります。SKD11では、この温度で焼き戻しすると、シャルピー衝撃値が高い状態になるのは、焼戻し第一過程の炭化物析出によるじん性回復と、残留オーステナイトによるショックアブソーバーの効果と考えられます。

【矯正について】高い硬さが必要な冷間用工具では、第一過程の180℃程度の焼戻しで使用される品物も多いのですが、組織変化を利用するので、効果的な温度は第2過程の250℃以上が効果的です。矯正用の治具に品物をセットして、冷間で外力を加えると割れの危険性があるので、温度を上げながら外力を加えて矯正をします。

冷間矯正(例えばプレスを用いての矯正)は330HB(35HRC)程度の硬さのものまでが可能ですが、それ以上の硬さの品物は、冷間での矯正は危険ですので、加熱して、焼戻しの効果を利用して矯正します。経験が必要な作業です。

一気にこの温度に焼戻しするようにすれば、矯正効果が高くなります。もしも、このタイミングを逸して、2回目の加熱で矯正しようとすると、それが難しくなり、焼戻し温度をかなり上げて矯正しないといけないことになってしまいます。

【焼戻し時の変態】 焼戻し時に残留オーステナイトが分解を始めると、組織変化してマルテンサイト(および、類似の組織)が生成することになります。この時に生じるマルテンサイトは焼入れ時に生じたものと同じですので、焼戻しをしないともろいものです。そのために、もう一度焼戻しをしないといけません。工具鋼などでは、必ず、2回の焼戻しが必要・・・という一つの理由は、焼入れ時の残留オーステナイトから分解生成したマルテンサイトを焼き戻しするためです。

【重要】 しばしば、「300℃以下の温度での焼戻しは1回でよい」と主張される人もおられるようですし、実際、それで熱処理をすませている例を見聞きします。しかし、焼入れ時の残留オーステナイト量が多い鋼種については、 「1回で良い」という理由は考えにくことです。
実際の熱処理作業では焼割れを防ぐために品物を「完冷(常温まで冷やすこと)」をしないので、カタログなどに掲載されているものとは同じではありませんので、「確実に2回の焼戻しをすることが必要」と考えています。
これについては、(使用して問題がないのであればともかく)今後も議論の余地があるでしょう。(工具鋼の焼戻しの項で解説しています)


【第三過程】

焼戻しマルテンサイトが250℃以上でフェライト(α鉄)とセメンタイトの混合組織に変化し、次第に軟らかくなっていく過程を「第3過程」としています。

ここでの組織は温度とともに変化していきます。フェライトとセメンタイト混合組織の層間距離が粗くなり、次第に球状化する変化なども見られますが、少し専門的ですので説明は省略します。(焼戻し時のトルースタイト→ソルバイト→パーライトへの変化などで説明される場合がありますが、フェライトとセメンタイトの層間距離が大きくなるにつれて硬さが下がってくるというイメージだけでいいでしょう)

【低温焼戻し脆性】 この段階では「低温焼戻し脆性(ぜいせい)」と呼ばれる現象が見られる鋼種もありますので、注意する必要があります。

多くの鋼種では300℃付近で焼戻ししたものの耐衝撃性(シャルピー衝撃値など)が急激に低下します。(高合金鋼などの一部には、残留オーステナイトの影響で上昇する鋼種もあります。ここでは触れません) 

磨いた鋼を、空気中で250℃程度に加熱すると青色などに着色しますが、この状態では衝撃値が低下してもろくなる鋼種が多くなることから、この温度域で生ずる衝撃値の低下は「青熱(せいねつ)脆性」とも呼ばれます。(じん性の低下はこの温度では現れないで、もっと高い300℃以上の温度で現れるものも多いようです)

これらの脆性への対処については、じん性の要素があまり必要なく、硬さを重視する場合はこれを無視して焼戻しされる場合もあるようですが、一般的にはこの温度帯(300-400℃付近)での焼戻しは避けるのが無難でしょう。

幸いなことに、脆性域以上の、脆化しない温度域で焼戻ししたものを、再度、脆性温度帯で焼戻ししても、衝撃値が低くなることはないようです。 このために、脆化の原因は残留オーステナイトの分解による生成物によるとされ、ベーナイト化したこと・・・などによる影響が強いとされています。

この温度域の焼戻しで、工具鋼のじん性低下についてはあまり論じられておらず、むしろ、じん性や機械的性質の変化(焼戻し温度との関係を示すグラフなど)をみて、 そのような「温度-硬さ域」を避けることで対処するようにするとよいでしょう。しかし、「じん性の低下域は当然あるもの」・・・と考えて、硬さ仕様を決めるのが無難でしょう。


【第四過程】

構造用鋼など、合金元素量が少ない鋼種や、炭素工具鋼にはこの「第4過程」はありません。500℃を越えて焼き戻しすると、硬さの上昇がみられます。これを2次硬化と言います。Cr・W・Mo・Vなどの炭化物を形成する元素を多く含む合金鋼では、これらが炭化物として析出し、それが成長過程が第4過程です。

合金量の多い高速度工具鋼(ハイス)では、焼入れ硬さ(焼き戻ししていない硬さ)よりも、550℃程度の焼戻し硬さのほうが高い鋼種もたくさんあります。

2次硬化する鋼種(下に示すSKD11もそうですが)では、300℃程度以下で焼戻しをしても、500℃以上で焼戻しをしても、同じ硬さになる鋼種がたくさんあります。 このために、300℃以下を「低温焼戻し」、500℃以上を「高温焼戻し」と呼んで区別する場合もあります。

この場合は、硬さが同じでも、その他の機械的性質が大きく異なるものが多いので、技術資料などで確認する必要があります。一般的な考え方としては、 低温焼戻しのほうがいろいろな機械的性質が優れるものが多いようですが、残留オーステナイトの挙動を懸念しなくてもよいことや高温特性に優れるなどがあるので、高温焼戻しの方が優位な場合も多々あります。

当社(第一鋼業)では、鉄鋼せん断用の刃物を製造していますが、薄板せん断用などの軽負荷の刃物以外は高温焼戻しをするのを基本にしています。これは、せん断により発生した熱が焼戻し効果として作用することで硬さの低下と寿命短縮に結びつくことや刃先の微小変形によって加工誘起マルテンサイトの生成を抑えるという理由です。

  

焼戻し温度の図表

熱処理作業で重要な図表は、焼戻し温度と硬さの関係を示すもので、これを「熱処理曲線」と呼ばれることのある、重要なものです。
通常は、製造メーカーでは鋼種ごとに製作されて公表されていますが、何点かの決まりごとがあります。それを説明していきます。

SKD11熱処理曲線

これは、高合金工具鋼SKD11の、焼入れ温度を変えた時の焼戻し硬さの関係を示しています。

この図表は、日本鉄鋼協会編の鋼の熱処理から引用した図ですが、市販されている鋼材のほとんどは「SKD11」という「JIS鋼種名」ではなく、 メーカー名の場合が多く、 例えば、日立金属SLD 大同特殊鋼DC11のように、固有記号で販売されていて、各社それぞれが、 自社でテストした結果を図表にしたものがあります。
これらはいずれも、小さな試験片を用いた結果のものが多ので、焼入れの鋼で説明した質量効果などを意識して、これらの熱処理図表を見ていく必要があります。
また、工具鋼の場合は、「標準焼入れ温度」が指定されていますので、このような多重線の図は少ないので、このような焼戻しに関係する図を見る場合では、 焼入れ条件や試験条件について意識しておく必要があります。
これらの試験の多くは、質量効果を考えなくてもよいように、小さな試験片を用いて実験した値ですし、できるだけ結果のばらつきが小さくなるように考慮されていますので、実際の品物と隔たりが出てきます。それらを理解するのは難しいですが、できるだけ実際の品物との差異を考えられるように一般の書籍にはない内容も含めて取り上げて説明していきます。
以下に、構造用鋼と工具鋼の例をあげて説明します。


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構造用鋼の焼戻し


最初に、構造用鋼の焼入れ焼戻しを説明しているものの多くは、「調質」がメインになっているのですが、工具や機械部品などでは、できるだけ高い硬さが必要な場合も多いのですが、この「調質」と「焼入れ・焼戻し」のちがいを理解しておいたほうがいいでしょう。
まず、前項の「焼入れ」で炭素量によって最高硬さが決まることや質量効果によって品物が大きくなると内部に向かって、さらに硬さが低下していくことを理解いただいていると思います。

焼戻しの基本となる焼戻し温度につれて機械的な性質が変化します。(焼入れのところと同じ図を使用しています)

S560C調質S50C SCM435調質(SCM435の硬さと機械的性質※)

この図の見方は、焼戻し温度に対応した機械的性質で、3重線で範囲を示し、真ん中が中央値で、左端は「焼きならし硬さ」を表しています。

構造用鋼のS50Cは0.5%の炭素量ですので、小さな品物の水焼入れでは、60HRC程度の硬さが出ます。しかし、焼入れ性が低いために、少し品物が大きくなると、 硬さがばらついたり、表面硬さも出なくなります。
少し焼入れ性のいいSCM435でも、0.35%の炭素量ですので、下図のように、小さな品物では55HRC程度の表面硬さが得られます。しかし、少し大きくなると、表面硬さの低下や硬さのばらつきが増加しますので、構造用鋼の多くは、高い焼入れ硬さで用いるというより、強靭性を出して使用される場合が多く、 このためには「調質」と呼ばれる、500℃以上で焼戻しして、硬さの均一性が増した状態で使用されることが多く、JIS等では、ここにあるように、400℃以下の温度の状態は省略されている図表がほとんどです。
しかし、できるだけ高い硬さで使いたい場合も多いにもかかわらず、低温の焼戻しにおけるデーターはあまり見かけることはありませんが、こちらにあるようなジョミニ焼入れ性試験などのデータ―などが参考にするといいでしょう。

SCM435の焼入れ焼戻し硬さSCM435の質量効果を表す図表※(※はすべてJISハンドブック1979年版より)

硬さは耐摩耗性と関係があるため、安価な構造用鋼を用いて低温で焼戻しして、高い硬さのままで使用するのもいいのですが、 『硬さ=応力』ですので、硬さバランスを無視した状態で使用する場合は、使用中の破損などに注意する必要があります。

焼入れで生じるマルテンサイトは、オーステナイトに比べて比体積が大きく、焼入れすると体積膨張して「焼き割れ」「焼曲り」などが発生しやすいために、 焼き入れたままで長時間放置しないようにしなければなりません。

つまり、焼入れ時に生じたマルテンサイトは不安定で品物の内部は応力が加わっている状態になっています。 その生成量は、冷却速度、焼入れ加熱温度、 鋼材の成分などによって異なります。
品物の大きさや冷却部位によって焼入れ時の冷却速度は変わりますので、 品物の部分ごとにマルテンサイトなどの生成量に差異が生じて、 それが偏った内部応力を発生させ、熱処理の不具合の 原因になることがあります。
このために、焼入れして室温になった品物は放置しないで、できるだけ早く「焼戻し」することが大切です。

実際の焼入れにおいては、焼き割れや変形を防ぐために、常温まで冷やさずに焼戻しをする場合が多々あります。Ms点、Mf点などに関係しますが、変態の途中の温度で焼戻し作業に入ってしまうと、不完全焼入れや不均一な熱処理になる可能性もあるので、注意しなくてはいけません。だだ、このように、品物によっては、教科書通りの熱処理が行わない場合があることを知っておくことも何かの参考になります。


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焼戻しに関係する要素


焼戻しパラメータ

焼戻し後の硬さは、温度と時間の関数として決まるとされています。焼戻しは拡散現象であるという考え方から、それを「焼戻しパラメータ」として示される場合ばあります。

下左図はSKD61の類似鋼の例で、P=T(C+log t)/1000 [ここで T=焼入れ温度(ケルビン) t=保持時間 C=定数]  という計算式との関係で硬さがプロットされたものです。

また、M=(T+273)((21.3-5.8×C%)+logt) は、構造用鋼の場合のパラメータの一例ですが、これも、「硬さは 温度tと時間Tの関数」と表現されています。

熱処理で焼入れ温度を決める際には、上記でも示したように、メーカーなどで、焼戻し温度と硬さを示した「焼戻し硬さ曲線」が作成されていますので、それを使うのが一般的ですので、このパラメータを実作業に使うことは少ないですが、焼戻し硬さを決める場合に、①温度をあげて硬さを下げるか、②時間を延ばして硬さを下げるか・・・ という方法によって焼戻し硬さが決まるという考え方は、実作業では経験的に行われていることですので、それを数値化したものといえるかもしれません。

時間は対数で効いてきますので、 熱処理の短時間化には温度を変えるほうが手っ取り早いと言えます。しかし、大きな品物を高温焼戻しをする場合には、 温度を低くして品物内外の温度の影響を少なくして焼戻しすることで、硬さむらを低減させる場合も出てきますので、その場合の「温度-時間」の決定に焼戻しパラメータの考え方が利用できます。
また、ソルトバスなどで部分焼戻しをして、一部の硬さを下げたい場合に、例えば、200℃で焼き戻しするところを350℃で短時間に焼き戻すことで本体への硬さ低下の影響を避けるなどの特殊なケースもあります。その時はこれを利用して「温度-時間」を決定します。

焼戻しパラメータ1

焼戻しパラメータによると、例えば、S45Cを550℃×3Hrで焼戻ししたものと同じ硬さにするために540℃で焼戻しすると、
(550+273)((21.3-5.8×0.45)+log3=(540+273)((21.3-5.8×0.45)+logX  で、これからXを計算すると、5.16Hrになり、 温度を下げて時間を長くする方法で同じ硬さになるということがわかります。
10℃焼戻し温度を下げると時間は対数で効いてきますので、2倍近い焼戻し時間が必要になります。

この式では、炭素量の影響なども検討できるのですが、使ったことはないのですが、何か考えてもいいかもしれませんね。
焼戻しパラメータ2
日立金属(株)さんの資料で、時間と温度の要素について考えやすいように、上図右のように、各鋼種について、実際の焼戻しをして時間、温度、硬さの関係を求めて幅広い利用ができるようグラフ化されたものがあります。

鋼種や大きさなどが違えば、いろいろな焼戻しに及ぼす影響があるので、焼戻しパラメーターは一つの考え方として記憶しておく程度でいいでしょう。

次は、焼戻し時の状況と問題点について順に追っていきます。

焼戻しの保持時間

【昇温の過程】 品物を加熱すると、表面から熱が伝わっていきます。周囲(雰囲気)温度が一定の温度になっていると、時間の経過とともに内部まで均一な温度になって行きます。しかし、昇温の過程では、内部の温度が表面より遅れて昇温します。
この昇温過程では、各部の温度の不均一は熱膨張によって応力変化を与えます。そしてもしも、その間に焼戻しによる組織変化などを生じる温度にまたがると、 変態等による応力不均衡は助長されますので、急激な温度上昇は変形を生じさせたり、極端な場合は割れてしまうなどの原因になりますので、 急激な温度変化は避ける方がよく、このために、大きな品物では、焼戻しにおいても段階的に加熱をしたほうがよい場合があります。

品物の温度上昇は、雰囲気からの対流による昇温よりも鋼内を伝導で伝わるほうが速いので、実際的には残留オーステナイトが変化しない200℃程度以下の温度においては、 (単純形状のものに対しては) ほとんど焼戻しの加熱速度は考慮しなくてもいいのですが、断面形状が複雑かつアンバランスな品物で、 500℃以上の高温に焼戻しする工具類などにおいては、「焼戻し割れ」の危険を避けるためにも段階加熱をするなどの配慮が必要といえます。

保持時間の考え方
焼入れの場合と同じように、焼戻しの保持時間とは、品物の温度が目的の温度に達して、全体が均一になったとされてからその温度に保持している時間をいい、それまでの加熱時間を「昇温時間」といいます。(これは、「焼入れ」の場合も同様の表現の仕方です)

昇温時間は、加熱設備の熱容量、雰囲気、目的温度などで異なりますし、温度測定の方法によっても異なりますので、 通常は実際温度を測定しておいて標準化した作業をするようにします。

ただ、焼戻しの適正時間は焼入れ保持時間とは異なり、長時間になることで極端に性能が劣化するということはほとんどありません。 長時間化すると硬さ低下として現れますが、焼戻しパラメータで説明したように、温度の影響ほど大きくないので、逆にそれを利用して微妙な硬さ調整をする場合もあります。

もしも、焼戻し時間が短すぎると、硬さの均一性が損なわれる恐れがありますので、目的温度や品物の厚さ、形状によって標準を決めて作業をするのが良いでしょう。 当社では小さなものでも最低1時間以上の保持時間をとり、合金工具鋼は必ず2回以上の焼戻しをして品質を安定させるようにしています。


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工具鋼の焼戻し

ナイフなど工具に使用する鋼は、さまざまな鋼種が流通しています。使用目的あわせて、その材料の中から鋼種を選定することになりますが、 材料メーカーでは、比較的試験が簡単な「硬さ」を基準にして、いろいろな機械的性質との関係を調べて公表しています。このために、工具などの性能(機械的性質)は、硬さをもとにして考えるのが簡便でしょう。

「硬い=強い」「やわらかい=ねばい」ということは感覚的には分かっていますので、硬さ試験の結果を利用して、その焼戻し温度と硬さから、 材料の持つ機械的性質を数値的にとらえることができます。  言い換えれば、硬さが材料設計、熱処理設計をする基本の数値になるといえるでしょう。

「硬いから少し軟らかくする」「これは摩耗しにくい」などという感覚も大切ですが、これらに示された硬さ試験データは、 しっかりした裏付けや再現性がありますので、これらの感覚を含めて評価すると、貴重な資産となります。(ノウハウとも言えます) 

工具鋼の焼戻しの回数について

当社の基本的な考え方を説明しています。これについては、異論を唱える方もおられますので、ご注意ください。

工具などに使用される合金鋼は最低でも2回の焼戻しをします。
合金元素が多く、高温焼戻しする鋼種では、3回の焼戻しが必要な場合もありますし、3回の焼き戻しを依頼者側が指定される場合もあります。

多数回必要な理由は、焼入れ作業の問題と焼戻し時の組織変化が関係します。

焼戻し回数を増やすことは、熱処理費用や納期に関係しますので、あえて、焼戻し回数を減らして仕様を取り決めている場合もあることを聞いています。 しかし、ここでは、熱処理操作に関係して、しっかりと焼戻しをしなければいけないという内容を説明します。
ただし、30HRC程度以下の低い硬さの品物では、約600℃以上の充分高い焼戻しがされている場合には、これから説明する内容は、あまり気に掛ける必要もないかもしれません。
工具などの高価な製品や高合金鋼では重要な事項ですので、これについての考え方を説明します。

合金鋼では、残留オーステナイトを気にかける

合金鋼では、焼入れして常温近くになった鋼の多くには、未変態の残留オーステナイトが存在しています。
さらに、SKD11などの高合金鋼は、マルテンサイト変態が終了する温度(これをMf点と言います)が30℃付近の常温域にあるので、通常の焼入れでも、SKD11では、20%以上の残留オーステナイトがある状態ですが、通常の熱処理における焼入れ作業では、焼割れ防止のため常温まで冷却せずに焼戻し作業に入ることから、それらの試験データより残留オーステナイト量は多くなっています。
本来、この残留オーステナイトは不安定なもので、それに加えて、少し大きな品物になると、焼入れ直後の鋼の状態はマルテンサイト以外の組織が混在して、全体的に不安定なものとなっていますので、ともかく、変形や焼き割れを防ぐためにも、 速やかに焼戻し処理に移行するのが無難です・・・ということは、焼入れの項で説明しています。

しかし、その品物を変態が完了していないままで焼戻しをすると、焼入れ時の変態(相変化)は中断され、そして、焼戻しの加熱の際には、焼戻しの過程(1~4)で説明した組織変化が加わりますので、 鋼材の内部では、より複雑な状況になっているはずです。

構造用鋼の調質のように、合金量が少ない鋼種を500℃以上の温度で焼戻しすると、上記で説明した「焼戻しの第3過程」が経過して安定な状態になるので、 1回の焼戻しでも問題ありませんが、工具に使用する合金鋼では、残留オーステナイトという不安定組織がかなりの量として混在していることで、それが、1回目の焼戻し後の冷却時に残留オーステナイトが変態する可能性がありますし、残留オーステナイトが分解しない低温の焼戻しでも、 残留オーステナイトを安定化させる必要があります。
このために、残留オーステナイトが多い鋼は、必ず最低2回の焼戻しが必要と考えています。 (高温焼戻しをする場合も同様に、必ず、最低2回の焼戻しが必須です)

残留オーステナイトは、焼戻し時におよそ400℃以上になると、それが冷却される際に、オーステナイトがマルテンサイトやベイナイトなどに変化します。(ただし、鋼種、成分によってその変化は異なります) 
それを2回目の焼戻しをすることによって、焼戻し時に変化したマルテンサイト組織などを焼戻しして、全体を安定な状態にする・・・というのが無難な考え方でしょう。

当然、2回目の焼戻し温度は、硬さを下げる必要のある場合は高い焼戻し温度になります。しかし、(鋼種によるのですが) 目的温度が残留オーステナイトの変化に関係する250℃以上の温度であればそれが分解するために1回目より高い温度にすることは良くない・・・ といえるかもしれません。
(ただ、この考え方に対しての是非や衝撃値などの関係については専門家の間でも諸説、諸データがあるので、あまり深入しないでおきます)

3回の焼戻し

工具鋼の場合でも、多くは2回の焼戻しでいいのですが、非常に大きい品物やCoなど合金成分が多い鋼種では、3回の焼戻しをするものがあります。

550℃程度以上の焼戻し温度では、通常、残留オーステナイトがほぼ完全に分解します。しかし、1回目の焼戻し後の冷却時に、残留オーステナイトはマルテンサイトやベイナイトに変化し、また、この温度では炭化物の析出が同時に進んでいますので、Co量の多い鋼種などでは、2回の焼戻しでは組織的な不均一さが残る場合がでてきます。その他の例では、品物が大きい場合には、中心と表面などで昇温状態が異なり、応力的な不均衡が懸念されますので、このような場合は、3回目の焼戻しをします。

また、当初から3回の焼戻しを必要として、メーカーから指示される鋼種もあります。
その他、実際の例では、コバルトCoやタングステンWなどの合金を多く含む鋼種で、大型品になると、 型寿命が短くなったり、 じん性値の低下などが報告されています。これに対しては、 焼戻し回数を増やすことが有効とされて、3回の焼戻しを行うものがあります。

しかし、小さな試験片のじん性試験などでは、3回焼戻しをする効果を調べても明確ではありません。これは、単純な温度・時間だけの要因とは考えにくく、品物の質量に伴う昇温過程などの、いろいろな原因が関係しているのでしょう。
ほとんどの品物では3回の焼戻しは不経済なこともあって、通常は行われません。このために、3回の焼戻しを求めると、加工賃を別に請求されることもあるでしょう。

焼戻しと矯正

高硬度の品物は、プレスなどによって冷間で矯正するのは危険です。そのために、治具を用いて、焼戻しを兼ねたり、熱を加えて曲り取り(矯正)をする場合がしばしばあります。

上記の説明のように、焼戻し中の仕組みから言うと、組織変化を利用して、初回焼戻し時に矯正作業をするのが効果的です。
焼戻しの際に行う矯正は、ねじの締め付け力を利用して、治具を用いて、品物を曲がりと反対方向に「拘束」した状態のまま加熱しますが、締め付け加減や、曲げ量などは、経験と勘の世界です。

もしも1回の焼戻し作業で曲りが矯正できなくて、さらに矯正作業を繰り返す必要がある場合には、前よりも高い温度を加えないと効果が出ません。この場合にも、 残留オーステナイトなどの、「焼戻しして組織などが変化する要素」があればうまくいくことが多いのですが、経験的には、 2回目以降の焼戻し時に矯正する場合は、 温度を高くとって、硬さを下げるようにしないと、うまく矯正できません。




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