(注)長い文章ですので、目次からの拾い読みやパソコンでお読みいただくのがいいでしょう。


焼戻しとは

鋼の熱処理で、焼入れして硬化した鋼は、マルテンサイトと呼ばれる「硬くもろく割れやすい」組織の状態になっていますので、焼入れ後にそれを再加熱して、硬さや組織を調節する操作を「焼戻し」といいます。

通常では、品物全体を焼入れた状態のものをそのまま使うことはなく(※)、再加熱することで強靭性を付加したり、 硬さ(=強さ)を下げて使うのが一般的です。

※近年、鋭利な刃先の微小部分だけをレーザーや電子ビームなどで急速に加熱して、伝導熱を利用してその部分を冷却して焼入れ組織を得る方法で熱処理されているものがありますが、それらの多くは、焼戻しをせずに製品として使用されているようです。

詳しいことはわかりませんが、焼戻しをしないほうがいいということではないと思いますので、刃先形状などを考慮して対策されているのか、微小部分のために特にそれが必要でないのか、均一に焼戻しするのが難しいから・・・という理由が考えられます。何かの折に調べてみてもいいかもしれませんが、焼戻しが必要な理由などをここでは説明していきます。

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「焼入れ+焼戻し」はセットです

焼入れたままで工具などに使用するのは好ましくありません。それは、焼入れしただけでは、「硬い=もろい」という状態になっていますし、熱に対して不安定だからです。
そしてまた、焼入れの状態で放置すると、変形や割れなどが起きることがあるので、通常は、焼入れに続いて焼戻し作業をします。

焼戻しについては、単一組織の変化を見ることを理解しやすくするために、炭素工具鋼の共析鋼(C%≒0.85)で説明されることが多いようですので、ここでも、 同様に説明しています。

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焼戻し時の温度に伴う変化

焼き入れのところで、「焼入冷却速度が遅い場合には、全部がマルテンサイトにならないでその他の組織になる」としていましたが、一般の品物では、質量効果などの影響で、マルテンサイトとソルバイト、トルースタイトやベイナイト、残留オーステナイト、炭化物、その他などの混合組織状態になっていると考えるのが普通です。

しかし、焼戻しの状態変化を説明しやすいために、ここでは共析鋼のマルテンサイトと 残留オーステナイトの温度的な挙動だけで簡単に説明されることが多いので、ここでも、それにそって説明します。

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焼入れ直後の鋼中のマルテンサイトは炭素が過飽和の状態で不安定です。


またマルテンサイト以外の未変態のオーステナイトも不安定な状態のものなので、加熱されると安定な状態になろうとしている状態(すなわち、不安定な状態)であるといえます。

それを、安定な状態に移行するために行う加熱操作が「焼戻し」で、一般には温度別に4つの過程に分けて説明されます。

【第一過程】

およそ200℃までの加熱をいいます。
焼入れ状態のマルテンサイトが「焼戻しマルテンサイト」に変わる過程が第1過程です。

この「焼戻しマルテンサイト」と焼入れ状態のマルテンサイトはほとんど区別しにくいのですが、「マルテンサイト+ε」というような記述をされていることがあります。

加熱することで、低炭素のマルテンサイトに変化するとともに、炭化物を析出しており(これをε炭化物と書いてある場合があります)、顕微鏡組織を見る時に、若干、腐食されやすくなっていて、それによって識別できるとされています。
このときの変化で、 焼入れ時の内部応力が若干緩和される・・・と説明されています。

シャルピー値などを見ても、一般的には、約180℃以上の温度になると、機械的な特性としての「じん性」が急激に高くなるので、硬さの必要なものの焼戻しでは、 この点を意識して焼戻し温度を決めるようにするとよいでしょう。

工具類や機械部品で、硬さが必要なために、150℃以下の温度で焼戻しされるものもありますが、180℃以上で焼戻しすると焼戻しマルテンサイトに変化することで寿命が安定するということも記憶しておくといいでしょう。

【第二過程】

200-300℃の焼戻し温度では、残留オーステナイトが分解し始めて 焼戻しマルテンサイトに変化する過程が第2過程とされています。

炭素鋼ではないSKD11などの高合金の鋼種では、この温度域では残留オーステナイトが分解しないものもあります。(400℃程度から分解します) しかし、SKD11では、この温度で焼き戻しすると、シャルピー衝撃値が高い状態になります。これは、焼戻し第一過程の炭化物析出によるじん性回復と、残留オーステナイトによるショックアブソーバーの効果と考えられます。

【矯正について】

高い硬さの品物の矯正(曲がり取り)は冷間では危険なためにできません。硬さの高いものの矯正は、焼入れの冷却時の硬化していない時点(Ms点以上の温度)を利用するか、焼戻しによる組織変化を利用してプレスや金型で拘束する方法がとられます。

高い硬さが必要な冷間用工具では、180℃程度の焼戻しで使用される品物も多いので、この程度の温度では矯正も難しく、さらに、1回目の焼戻し時点で矯正しないとうまくいきません。

冷間矯正(例えばプレスを用いての矯正)では、330HB(35HRC)程度の硬さを越えると、冷間で外力を加えると割れてしまう危険があるので、治具に品物をセットして、温度を上げながらボルトで絞め上げるなどの方法で外力を加えて矯正をします。

この作業は危険ですので、経験が必要な作業です。

【焼戻しで知っておくべきこと】 

しばしば、「300℃以下の温度での焼戻しは1回でよい」と主張される人もおられるようです。そして、実際に、それで熱処理をすませている例を見聞きします。

しかし、実際の熱処理は、小さなテストピースと違って、いろいろな要素が加わっています。
そのために例えば、合金鋼などで焼入れ時の残留オーステナイト量が多い鋼種については、 焼戻しは「1回で良い」という理由は考えにくことです。
これは、教科書などの話ではありませんので、頭に入れておいてください。

小さなテストピースのようなものと違って、実際の熱処理作業では焼割れを防ぐために品物を「完冷(常温まで冷やすこと)」をしないので、カタログなどに掲載されている実験結果とは同じではありません。

1回目の焼戻し後には、きちんと常温まで冷やしますので、残留オーステナイトなどがあっても2回目の焼戻しをすることできっちりと焼戻しされることになります。

このことから通常の品物では「確実に2回の焼戻しをすることが必要」と考えています。

(※注)この説明については、品物を使用しても問題が起きないのであればいいのですが、負荷のかかる品物では残留オーステナイトの影響を受けるので、当社ではこのように考えて2回の焼戻しを基本にしていますが、違う意見もあって、今後も議論の余地があるでしょう。(これについては再度、工具鋼の焼戻しの項で解説しています)


【第三過程】

焼戻しマルテンサイトが250℃以上でフェライト(α鉄)とセメンタイトの混合組織に変化し、次第に軟らかくなっていく過程を「第3過程」としています。

ここでの組織は温度とともに変化していきますし、硬さも温度とともに低下します。

この過程では、フェライトとセメンタイト混合組織の層間距離が粗くなっていき、次第に球状化する変化なども見られますが、少し専門的ですので説明は省略します。

これについては、焼戻し時のトルースタイト→ソルバイト→パーライトへの変化などで説明される場合があります。ここでは、温度を上げるにつれてフェライトとセメンタイトの層間距離が大きくなっていき、硬さが下がってくるというイメージを持っている程度でいいと思います。

【低温焼戻し脆性】 

この段階では「低温焼戻し脆性(ぜいせい)」と呼ばれる現象が見られる鋼種もありますので、注意する必要があります。

多くの鋼種では300℃付近で焼戻ししたものは、耐衝撃性(シャルピー衝撃値など)が急激に低下する場合があります。
(しかし、高合金鋼などの一部には、残留オーステナイトの影響で衝撃値が上昇する鋼種もあります。ここでは触れません) 

磨いた鋼を、空気中で250℃程度に加熱すると青色などに着色しますが、この状態では衝撃値が低下してもろくなる鋼種が多くなることから、この温度域で生ずる衝撃値の低下は「青熱(せいねつ)脆性」とも呼ばれます。

もっとも、じん性の低下はこの温度では現れないで、もっと高い300℃以上の温度で現れるものも多いようです。

これらの脆性への対処については、じん性の要素があまり必要なく、硬さを重視する場合はこれを無視して焼戻しされる場合もありますが、一般的にはこの温度帯(300-400℃付近、2次硬化する高合金鋼では300~500℃)での焼戻しは避けるのが無難でしょう。

幸いなことに、脆性域以上の、脆化しない温度域で焼戻ししたものを、再度、脆性温度帯で焼戻ししても、衝撃値が低くなることはないことが報告されています。 このことから、脆化の原因は残留オーステナイトが分解してベーナイトなどに変化したことによるとされています。

工具鋼については、この温度域のじん性低下についてはあまり論じられていないようです。あまりこの温度域で焼き戻しする硬さが使われないからかもしれません。
ともかく、「君子危うきに近寄らず」で、じん性や機械的性質の変化(焼戻し温度との関係を示すグラフなど)をみて、 そのような「温度-硬さ域」を避けることで対処するようにするとよいでしょう。

【焼戻し時の変態】 

合金鋼では、焼入れ時にすべてがマルテンサイトなどの焼入れ組織にならずに一部がオーステナイト状態で残留する鋼種が多いのですが、この残留オーステナイトは焼戻しの冷却時に、その一部が分解してマルテンサイト(および、類似の組織)が生成する場合が多くあります。

それがマルテンサイトなどに変化しない場合は、オーステナイトが比較的安定な状態で組織中に残るのですが(これを「オーステナイトの安定化」といいます)、しかしこれも400℃程度以上で焼戻しすると分解しますので、安定化したといってもやはり不安定な組織です。

この時に生じるマルテンサイトは焼入れ時に生じたものと同じですので、焼戻しをしないともろいものです。そのために、もう一度焼戻しをしないといけません。

上にも書いたように、工具鋼などでは、必ず2回の焼戻しが必要・・・という一つの理由は、焼入れ時の残留オーステナイトから分解生成したマルテンサイトなどの組織を焼戻しするためです。


【第四過程】

この過程は、工具鋼などの高合金鋼を500℃を超えて焼き戻しすると、それまで温度を上げると硬さが低下している傾向のものが、この温度域になると硬さが上昇するものを言います。これを2次硬化といいます。

構造用鋼など、炭素鋼や合金元素量が少ない鋼種にはこの「第4過程」はありません。
構造用鋼の「調質」や低合金鋼で500℃以上の焼戻しをするものも多いのですが、これは第三過程の延長として考えます。

日立金属 青紙1号の熱処理曲線 日立金属 銀1の熱処理曲線

これは日立金属の刃物用鋼のカタログから抜粋したものですが、左の「青紙1号」は低合金鋼ですが、右の「銀1」は16%Crの高合金鋼で500℃付近で硬さが上昇している様子が見られます。

このように高合金鋼では、500℃を越えて焼き戻しすると、硬さの上昇がみられます。これを2次硬化と言います。

Cr・W・Mo・Vなどの炭化物を形成する元素を多く含む合金鋼では、これらが炭化物として析出し、それが成長過程が第4過程です。

合金量の多い高速度工具鋼(ハイス)では、焼入れ硬さ(焼き戻ししていない硬さ)よりも、550℃程度の焼戻し硬さのほうが高い鋼種もたくさんあります。

2次硬化する鋼種(下に示すSKD11もそうですが)では、300℃程度以下で焼戻しをしても、500℃以上で焼戻しをしても、同じ硬さになる鋼種がたくさんあります。 このために、300℃以下を「低温焼戻し」、500℃以上を「高温焼戻し」と呼んで区別する場合もあります。

この場合は、硬さが同じでも、その他の機械的性質が大きく異なるものが多いので、技術資料などで確認する必要があります。

一般的な考え方としては、 低温焼戻しのほうがいろいろな機械的性質が優れるものが多いようですが、残留オーステナイトの挙動を懸念しなくてもよいことや高温特性に優れること・・・などがあるので、高温焼戻しの方が優位な場合も多々あります。

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当社(第一鋼業)では、鉄鋼せん断用の刃物を製造していますが、薄板せん断用などの軽負荷の刃物以外は高温焼戻しをするのを基本にしています。

これは、せん断により発生した熱(摩擦熱)が焼戻し効果として作用することで硬さの低下と寿命短縮に結びつくことや刃先の微小変形によって生じると考えられる「加工誘起マルテンサイト」の発生を抑えるというのが理由の一つです。 (その他には、矯正をする場合に対応するためです)

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焼戻し温度の図表

熱処理作業で重要な図表は、焼戻し温度と硬さの関係を示すもので、これを「熱処理曲線」と呼ばれる重要な図です。

通常は、製造メーカーが鋼種ごとにこの特性を公表しています。ここには何点かの決まりごとがあります。それを説明していきます。

SKD11熱処理曲線

これは、高合金工具鋼SKD11の、焼入れ温度を変えた時の焼戻し硬さの関係を示しています。

この図表は、日本鉄鋼協会編の鋼の熱処理から引用した図ですが、市販されている鋼材のほとんどは「SKD11」という「JIS鋼種名」ではなく、 メーカー名の場合が多く、 例えば、日立金属SLD 大同特殊鋼DC11のように、固有記号で販売されていて、各社それぞれが、 自社でテストした結果を図表にしたものがあります。

これらはいずれも、小さな試験片を用いた結果のものが多ので、焼入れの鋼で説明した質量効果などを意識して、これらの熱処理図表を見ていく必要があります。

また、工具鋼の場合は、「標準焼入れ温度」が指定されていますので、このような多重線の図は少ないので、このような焼戻しに関係する図を見る場合では、 焼入れ条件や試験条件について意識しておく必要があります。

これらの試験の多くは、質量効果を考えなくてもよいように、小さな試験片を用いて実験した値ですし、できるだけ結果のばらつきが小さくなるように考慮されていますので、実際の品物と隔たりが出てきます。

それらを理解するのは難しいですが、ここでは、できるだけ実際の品物との差異を考えられるように一般の書籍にはない内容も含めて取り上げて説明していきます。
以下に、構造用鋼と工具鋼の例をあげて説明します。


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構造用鋼の焼戻し

焼戻しの基本となる焼戻し温度につれて機械的な性質が変化する様子を示します。

この図は、大同特殊鋼のハンドブックから引用したS40C(φ14とφ25)とSCM435の焼戻し温度と機械的性質について示したものです。

S40C 14丸の機械的性質変化 S40C 25丸の熱処理変化
SCM435の熱処理特性の変化

小さな図を拡大しているので見にくくなっていますが、S40Cについて見ると、棒径が大きくなると、硬さが出にくくなっていることがわかります。また、それに伴って、引張強さや降伏点が低下していますし、じん性を表す伸び、絞り、衝撃値も低下しています。

S40Cに対して焼入れ性を上げるクロムやモリブデンが加わったSCM435では、油焼入れされていても、S40C以上の高い機械的性質が示されています。

この図は、焼戻し温度に対応した機械的性質を見るためのもので、3重線で範囲を示し、真ん中が中央値で、上下は最大最小値が示されています。

構造用鋼のS40Cは0.4%の炭素量ですので、小さな品物の水焼入れでは、60HRC近い硬さが出ます。しかし、焼入れ性が低いために、少し品物が大きくなると、 硬さがばらついたり、表面硬さも出なくなります。

少し焼入れ性のいいSCM435は0.35%の炭素量ですので、小さな品物では55HRC程度の表面硬さが得られます。しかし、この鋼種でも、少し形状が大きくなると、表面硬さの低下や硬さのばらつきが増加しますので、構造用鋼の多くは、高い焼入れ硬さで用いるというより、強靭性を出して使用される場合が多く、このためには「調質」と呼ばれる、500℃以上で焼戻しして、硬さの均一性が増した状態で使用されることが主流になります。

このためにJIS等では、上の図のように400℃以下の温度の状態は省略されている図表がほとんどです。

しかし、できるだけ高い硬さで使いたい場合も多いにもかかわらず、低温の焼戻しにおけるデーターはあまり見かけることはありません。これは、表面と内部の硬さが均一でないために比較しにくいことがその理由ですが、こちらにあるようなジョミニ焼入れ性試験などのデータ―などを参考にすると焼戻し温度と硬さの傾向がつかめます。
SCM435の焼入れ焼戻し硬さSCM435の質量効果を表す図表(JISハンドブック1979年版より)

硬さは耐摩耗性と関係があるため、安価な構造用鋼を用いて低温で焼戻しして、高い硬さのままで使用するのもいいのですが、 『硬さ=応力』ですので、表面硬さだけしか見ないで硬さバランスを無視した状態で使用する場合は、使用中の破損などに注意する必要があります。

軽負荷の軸製品などでは高周波焼入れによって表面硬さを高めて耐摩耗性を高めるというやり方の製品も多いようですので、用途に応じた熱処理を考えないといけません。

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焼入れで生じるマルテンサイトは、オーステナイトに比べて比体積が大きく、焼入れすると体積膨張して「焼き割れ」「焼曲り」などが発生しやすいために、 焼き入れたままで長時間放置しないようにしなければなりません。

つまり、焼入れ時に生じたマルテンサイトは不安定で品物の内部は応力が加わっている状態になっています。 その生成量は、冷却速度、焼入れ加熱温度、 鋼材の成分などによって異なります。

品物の大きさや冷却部位によって焼入れ時の冷却速度は変わりますので、 品物の部分ごとにマルテンサイトなどの生成量に差異が生じて、 それが偏った内部応力を発生させ、熱処理の不具合の原因になることがあります。

このために、焼入れして室温になった品物は放置しないで、できるだけ早く「焼戻し」することが大切です。

実際の焼入れにおいては、焼き割れや変形を防ぐために、常温まで冷やさずに焼戻しをする場合が多々あります。

この操作は、鋼種のMs点、Mf点などに関係しますが、変態の途中の温度で焼戻し作業に入ってしまうと、不完全焼入れや不均一な熱処理になる可能性もあるので、注意しなくてはいけません。

だだ、このように、品物によっては、教科書通りの熱処理が行わない場合があることを知っておくことも何かの参考になります。


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焼戻しに関係する要素


焼戻しパラメータ

焼戻し後の硬さは、温度と時間の関数として決まるとされています。焼戻しは拡散現象であるという考え方から、それを「焼戻しパラメータ」として示される場合ばあります。

下左図はSKD61の類似鋼の例で、P=T(C+log t)/1000 [ここで T=焼入れ温度(ケルビン) t=保持時間 C=定数]  という計算式との関係で硬さがプロットされたものです。

また、M=(T+273)((21.3-5.8×C%)+logt) は、構造用鋼の場合のパラメータの一例ですが、これも、「硬さは 温度tと時間Tの関数」と表現されています。

熱処理で焼入れ温度を決める際には、上記でも示したように、メーカーなどで、焼戻し温度と硬さを示した「焼戻し硬さ曲線」が作成されていますので、それを使うのが一般的です。

このパラメータを実作業に使うことは少ないですが、焼戻し硬さを決める場合に、①温度をあげて硬さを下げるか、②時間を延ばして硬さを下げるか・・・ という方法によって焼戻し硬さが決まるという考え方は、実作業では経験的に行われていることですので、それを数値化したものといえるかもしれません。

時間は対数で焼戻し硬さに効いてきますので、 熱処理の短時間化には温度を変えるほうが手っ取り早いと言えます。しかし、大きな品物を高温焼戻しをする場合には、 温度を低くして品物内外の温度の影響を少なくして焼戻しすることで、硬さむらを低減させる場合も出てきますので、その場合の「温度-時間」の決定に焼戻しパラメータの考え方が利用できます。

また、ソルトバスなどで部分焼戻しをして、一部の硬さを下げたい場合に、例えば、200℃で焼き戻しするところを350℃で短時間に焼き戻すことで本体への硬さ低下の影響を避けるなどの特殊なケースもあります。その時はこれを利用して「温度-時間」を決定します。

焼戻しパラメータ1

焼戻しパラメータによると、例えば、S45Cを550℃×3Hrで焼戻ししたものと同じ硬さにするために540℃で焼戻しすると、
(550+273)((21.3-5.8×0.45)+log3=(540+273)((21.3-5.8×0.45)+logX  で、これからXを計算すると、5.16Hrになり、 温度を下げて時間を長くする方法で同じ硬さになるということがわかります。

10℃焼戻し温度を下げると時間は対数で効いてきますので、2倍近い焼戻し時間が必要になります。

この式では、炭素量の影響なども検討できるのですが、この目的では使ったことはないので、何か使い方を考えるのもいいかもしれません。

焼戻しパラメータ2

これは日立金属(株)さんの資料です。これは、時間と温度の要素について考えやすいように、各鋼種についての時間、温度、硬さの関係が示されていて、高温焼戻しをした時の軟化のしやすさ(軟化抵抗)が比較できるようなグラフです。

鋼種や大きさなどが違えば、いろいろな焼戻しに及ぼす影響があるので、焼戻しパラメーターは一つの考え方として記憶しておく程度でいいでしょう。

次は、焼戻し時の状況と問題点について順に追っていきます。

焼戻しの保持時間

【昇温の過程】 
品物を加熱すると、表面から熱が伝わっていきます。
周囲(雰囲気)温度が一定の温度であれば、次第に時間の経過とともに内部まで均一な温度になって行きますが、昇温の過程では、内部の温度が表面より遅れて昇温します。

この昇温過程では、各部の温度の不均一は熱膨張によって応力変化を与えますので、その間に焼戻しによる組織変化などを生じる温度にまたがると、 変態等による応力不均衡は助長されます。

このことから、急激な温度上昇は変形を生じさせたり、極端な場合は割れてしまうなどの原因になります。

焼戻しで生じた割れも「焼割れ」と表現されることがあります。
この焼戻し中の割れを避けるためには、急激な温度変化は避ける方がよく、このために、大きな品物では、焼戻しにおいても段階的に加熱をしたほうがよい場合があります。この段階的な加熱も、焼入れ加熱と同様に「予熱」と表現します。

品物を加熱するときの温度上昇は、雰囲気からの対流による昇温よりも鋼内を伝導で伝わるほうが速いこともあって、実際的には残留オーステナイトが変化しない200℃程度以下の温度においては、 (単純形状のものに対しては) ほとんど焼戻しの加熱速度は考慮しなくてもいいのですが、断面形状が複雑かつアンバランスな品物で、 500℃以上の高温に焼戻しする工具類などにおいては、焼戻し時の割れの危険を避けるためにも段階加熱をするなどの配慮が必要といえます。

保持時間の考え方
【保持時間について】
焼入れの場合と同じように、焼戻しの保持時間とは、品物の温度が目的の温度に達して、全体が均一になったとされてからその温度に保持している時間をいい、それまでの加熱時間を「昇温時間」といいます。(これは、「焼入れ」の場合も同様の表現の仕方です)

昇温時間は、加熱設備の熱容量、雰囲気、目的温度などで異なりますし、温度測定の方法によっても異なりますので、 通常は実際温度を測定しておくなどでそれを把握しておき、標準化して作業をするようにしています。

ただ、焼戻しの適正時間は焼入れ保持時間とは異なり、長時間になることで極端に性能(じん性や耐摩耗性への影響)が劣化するということはほとんどありません。

長時間化すると硬さ低下として現れますが、焼戻しパラメータで説明したように、温度の影響ほど時間の効果は大きくないので、逆にそれを利用して微妙な硬さ調整をする場合もあります。

もしも逆に、焼戻し時間が短すぎると、硬さの均一性が損なわれる恐れがありますので、目的温度や品物の厚さ、形状によって標準を決めて作業をするのが良いでしょう。
当社では小さなものでも最低1時間以上の保持時間をとるようにしていることや、合金工具鋼は必ず2回以上の焼戻しをして品質を安定させるようにしています。


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工具鋼の焼戻し

ナイフなど工具に使用する鋼では、さまざまな鋼種が流通しています。

使用目的にあわせて、その材料の中から一つの鋼種を選定することになりますが、 材料メーカーでは、比較的試験が簡単な「硬さ」を基準にして、いろいろな機械的性質との関係を調べて公表しています。

このことから、工具などの性能(機械的性質)は、硬さをもとにして考えるのが簡便でしょう。

「硬い=強い」「やわらかい=ねばい」ということは感覚的には分かっていますので、硬さ試験の結果を利用して、その焼戻し温度と硬さから、 材料の持つ機械的性質を数値的にとらえることができます。 

言い換えれば、硬さが材料設計、熱処理設計をする基本の数値になるといえるでしょう。

「硬いから少し軟らかくする」「これは摩耗しにくい」などという感覚も大切ですが、これらに示された硬さ試験データは、 しっかりした裏付けや再現性がありますので、これらの感覚を含めて評価すると、貴重な資産となります。(ノウハウとも言えます) 

工具鋼の焼戻しの回数について

当社の基本的な考え方を説明しています。これについては、異論を唱える方もおられますので、ご注意ください。

工具などに使用される合金鋼は最低でも2回の焼戻しをします。
合金元素が多く、高温焼戻しする鋼種では、3回の焼戻しが必要な場合もありますし、3回の焼き戻しを依頼者側が指定される場合もあります。

多数回必要な理由は、焼入れ作業の問題と焼戻し時の組織変化が関係します。

焼戻し回数を増やすことは、熱処理費用や納期に関係しますので、あえて、焼戻し回数を減らして仕様を取り決めている場合もあることを聞いています。 しかし、ここでは、熱処理操作に関係して、しっかりと焼戻しをしなければいけないという内容を説明します。

ただし、30HRC程度以下の低い硬さの品物になると、約600℃以上の充分高い焼戻しがされていますので、これから説明する内容は、あまり気に掛ける必要もないかもしれません。

工具などの高価な製品や高合金鋼では重要な事項ですので、これについての考え方を説明します。

残留オーステナイトを気にかける

合金鋼では、焼入れして常温近くになった鋼の多くには、未変態の残留オーステナイトが存在しています。

さらに、SKD11などの高合金鋼は、マルテンサイト変態が終了する温度(これをMf点と言います)が30℃付近の常温域にあるので、通常の焼入れで常温まで冷やしたとしても、SKD11では、20%以上の残留オーステナイトがある状態です。

それが、通常の熱処理における焼入れ作業では、焼割れ防止のため常温まで冷却せずに焼戻し作業に入りますので、それらの試験データより残留オーステナイト量は多くなっています。

本来、この残留オーステナイトは不安定なもので、それに加えて、少し大きな品物になると、焼入れ直後の鋼の状態はマルテンサイト以外の組織が混在して、全体的に不安定なものとなっていますので、ともかく、変形や焼き割れを防ぐためにも、 速やかに焼戻し処理に移行するのが無難です。

このように、品物の変態が完了していない焼入れ状態のままで焼戻しに入ると、焼入れ時の変態(焼入れ過程)は中断されます。そして、焼戻しの加熱の際には、焼戻しの過程(1~4)で説明した組織変化が加わります。

構造用鋼の調質のように、合金量が少ない鋼種を500℃以上の温度で焼戻しすると、上記で説明した「焼戻しの第3過程」が経過して安定な状態になるので、1回の焼戻しでも問題ありません。しかし、工具に使用する合金鋼では、残留オーステナイトという不安定組織がかなりの量として混在していて、それが、1回目の焼戻し後の冷却時に残留オーステナイトが変態する可能性があります。

このことから、残留オーステナイトが分解しない200℃程度の低温の焼戻しでも、 残留オーステナイトを安定化させるために、必ず最低2回の焼戻しが必要と考えています。 (高温焼戻しをする場合も同様で、必ず、最低2回の焼戻しが必須です)

残留オーステナイトは、焼戻し時におよそ400℃以上になると、それが冷却される際に、オーステナイトがマルテンサイトやベイナイトなどに変化します。(ただし、鋼種、成分によってその変化は異なります)

それを2回目の焼戻しをすることによって、焼戻し時に変化したマルテンサイト組織などを焼戻しして、全体を安定な状態にする・・・というのが無難な考え方でしょう。

当然、2回目の焼戻し温度は、硬さを下げる必要のある場合は高い焼戻し温度になります。しかし、(鋼種によるのですが) 目的温度が残留オーステナイトの変化に関係する250℃以上の温度であればそれが分解するために1回目より高い温度にすることは良くない・・・ といえるかもしれません。

ただ、この考え方に対しての是非や衝撃値などの関係については専門家の間でも諸説、諸データがあるので、あまり深入しないでおきます。

3回の焼戻しの必要性

工具鋼の場合でも、多くは2回の焼戻しでいいのですが、非常に大きい品物やCoなどが多い鋼種では、3回の焼戻しをしたほうが良いとされます。

550℃程度以上の焼戻し温度で、通常、残留オーステナイトがほぼ完全に分解します。しかし、1回目の焼戻し後の冷却時に、残留オーステナイトはマルテンサイトやベイナイトに変化し、また、この温度では炭化物の析出が同時に進んでいますので、Co量の多い鋼種などでは、2回の焼戻しでは組織的な不均一さが残る場合があると説明されています。

その他の例では、品物が大きい場合には、中心と表面などで昇温状態が異なり、応力的な不均衡が懸念されますので、このような場合は、3回目の焼戻しをします。

また、当初から3回の焼戻しを必要として、メーカーから指示される鋼種もあります。
その他、実際の例では、コバルトCoやタングステンWなどの合金を多く含む鋼種で、大型品になると、 型寿命が短くなったり、 じん性値の低下などが報告されています。

これに対しては、 焼戻し回数を増やすことが有効とされて、3回の焼戻しを行うものがあります。

しかし、小さな試験片のじん性試験などでは、3回焼戻しをした場合の優位性を調べても、その効果は明確ではありませんでした。

3回の焼戻しすることの優位性は、単純な温度・時間だけの熱処理理論では考えにくいのですが、焼入れ自体が内部応力を発生させる処理ですので、品物の質量が関係しているとなると、やらないよりやったほうがいいということでしょう。

ほとんどの品物では3回の焼戻しは不経済なこともあって通常は行われませんので、3回の焼戻しを求めると、加工賃を別に請求されることもあるかもしれません。


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このページの項目

   焼戻しとは
     「焼入れ+焼戻し」はセットです
   焼戻し時の温度に伴う変化
     第1から第4過程
     矯正について
     知っておくべきこと
     低温焼戻し脆性
     焼戻し時の変態
   焼戻し温度の図表
   構造用鋼の焼戻し
   焼戻しに関係する要素
     焼戻しパラメータ
     焼戻しの保持時間
   工具鋼の焼戻し
     工具鋼の焼戻し回数について
     残留オーステナイトに気をかける
     3回の焼戻しの必要性

       

目 次

鋼の熱処理 (INDEXのページ)
鉄と鋼の状態を理解しよう
焼入れについて(基礎)
構造用鋼の焼入れ
工具鋼の焼入れ
焼戻しについて
焼なましについて
熱処理設備について
硬さおよび硬さ測定について
工具材料を選ぶ場合に
材料試験について
工具鋼の技術資料の見方
火花試験について
熱処理の不具合(変形・割れ)
表面熱処理について
熱処理組織について
硬さ換算について
熱処理の話題や用語の索引

全体のサイトマップ

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