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熱処理で使われる「単位」や「規格」のはなし

鋼の熱処理は「温度・時間を操作して有用な状態に変化させること」という説明をされることがよくあります。

例えば、「1000℃の温度に加熱し、2時間その温度に保持して油冷する」 … などで熱処理操作の説明をするのですが、現在は、熱処理に関する論文などはSI単位系を使うことになっていますから、これを 「1273Kで7.2x103s を保持して …」 と説明されると、わかりにくいものがさらにわからなくなりそうです。

上の例は、山陽特殊製鋼さんのQCM8の論文(左)と、カタログにある熱処理線図ですが、論文はSIに沿って書くので、温度はK(ケルビン)、時間はs(秒)が使われるために、上の論文の例では 1348K(1075℃)や1.8Ks(30分) となっていますが、それが、一般の人が見るカタログになると、普段見ている、温度は『℃』、時間はhr(時間)で書きなおされています。

SI単位には馴染みのないものもあって、これからも過渡期の状態は続くようですが、引っ張り強さなどの表示がMPa(メガパスカル)に定着してきているなど、徐々に変化も見られますので、今後の単位表示についておおよそについて知っておいた方がいいような感じです。

ここでは、熱処理関連の単位について、全体がイメージできる程度に簡単に紹介します。

SI(国際単位系)は熱処理現場では浸透していないのが実情

SI(国際単位系:以降SIと表記します) とは、それまで世界的に使用されてきたメートル法に代わる国際的な単位系のことです。

例えば、天気予報では、以前「ミリバール」という表現が「ヘクトパスカル」になりましたし、音の周波数は「サイクル」だったのが「ヘルツ」になって、時間がたった現在では、違和感もなくなったようですが、熱処理の世界では、そんなに移行が進んでいない感じです。

SIの普及は、「測定の世界的な統一の確保」が目的

日本では、JISのSI準拠が1974年から進められ、1991年(平成3年)に終了していますので、日本の工業や産業製品は、品質上はSIに沿って変更されたはずで、時間がたつと徐々になじんでくるのでしょう。

熱処理の関係では、JISに沿っている引張試験機の荷重や圧力ゲージなどはSI表示に変わっているので、かつての尺貫法がメートル法になった時と同様に、かなりの時間をかけて変わっていくのでしょうが、現在でも1坪や1升などの言葉が残っているくらいですから、簡単に使う単位が変わることはないででしょうが、例えば、熱処理の論文などでは、SI単位での記述が求められるので、SI化が進むことは確実で、今は過渡期といえます。

そこで、SIと熱処理関係の単位の現状などを見ていきましょう。

JISは日本産業規格 そのJISを中心にSI化が進んでいます

JISは、「日本工業規格」 と覚えている人も多いのですが、製品品質などについての最低基準を定める基準で、近年は、コンピュータのプログラムなどもJISに規定されていることもあって、令和元年(2019年)より、今までの「日本工業規格」から「日本産業規格」に変更されています。

変更されていることに気づいていない方も、この際に頭を切り替えておいてくださいね。

JISマークも新しくなっています。

マークは3種類に増えており、「熱処理」で言えば、JIS認定工場(JISマーク表示許可事業所)でJISに基づく熱処理加工をした製品には、真ん中の「丸印付きの加工技術JISマーク」が表示されます。

しかし、この「加工のJISマーク」は、通常はほとんど見ることが少ないでしょう。

私が勤務した工場でも(現在はJISを返上していますが)、JIS認証工場であった当時でも、JIS表示する熱処理品は5%以下と極少でした。

これは、JIS工場がJISマークを付けて出荷するには、JIS規格に決められたすべての要求事項を社内規格にして全部を満たす必要があるのですが、通常に受注するほとんどの熱処理品は加工の種類、硬さなどの、最低限度の顧客の品質要求だけを満たしておれば取引上はOKで、JISマークがあるか無いかは問題ではないということなのかもしれません。

つまり、熱処理加工のJISは、JIS品質以上の加工ができる能力がある工場であるかどうか … の最低基準ということです。


現在は、ISO9001(品質マネジメントシステム)やISO14001(環境マネジメントシステム)の認証を取得する熱処理工場が増えていますし、これらは、日本では、JISに基づいて認証されるので、これらを取得した工場(工場のシステム)は、一応レベルの品質基準を満たす能力を備えているということですね。

JISマークに、新しく「特定側面」というものもあって、これも、ISO14000から派生したもので、環境や高齢、障がい者などに対する安全や性能の要素に対して適用されるものです。 ほとんど見る機会はないかもしれませんが、ちょっと気にかけておいて探してみてください。

日本は、メートル条約に加盟しているので、それを取りまとめる国際度量衡会議BIPMの決定で、SI に移行してきた経緯があります。

日本では、経済産業省がJISを通じてその普及にあたっており、JISはISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)、OIML(国際法定計量機関)などと相互に準拠しているので、関係規格が新しくなるごとに、新しい表現などが加わって、わかりにくくなっているのですが、ここでは、専門的にならないように、そして、わかりやすく、卑近な例を織り交ぜて、熱処理に関する「単位」について紹介と説明をします。 (正確な内容ではありません)


SI の基本単位

これが、SIの7つの定義定数から定義される7つの単位です。

これでは、何のことか、わからないのですが、通常使う「基本単位」として表されるのは、次の7つです。

SIの組立単位

ここで熱処理に関係する単位では、温度の K(絶対温度:ケルビン) 、時間(s:秒)などがあります。

ただし、基本単位から派生する「組立単位」というのがあり、下の表のように、「℃」も使えるように定義されていますので、今まで通りの「℃」を用いても問題ありませんし、時間も基本が「秒」であっても、時間や分でも問題ではありません。

しかし、機械試験などで従来から使われてきた kg/mm2 は MPa 表示に、徐々に変更されています。

このHPでは、今まで使っていた単位を急に変えると混乱するので、従来の単位を使っていますが、これも時間をかけてなじんでくれば徐々に変えていこうと思っています。

熱処理現場で使われる単位は …

温度

温度の「℃」がケルビン(K)に代わることは当面はない感じです。 ケルビンは絶対零度を基準にした温度です。

熱による分子運動がなくなるのが 「0K(絶対零度)=-273.15℃」 ですから、K=℃+273.15 とすれば、SI準拠になるのですが、上の「組立単位」の表にあるように、「℃」は使ってはいけないということではありません。

学術論文も、一時、Kを使用した記述が増えていた時期もありました。

常時使用されている、例えば低温焼戻しで多用される 180℃ を、453K(180℃+273℃)、高温焼戻しで多用される 560℃を833℃(560℃+273℃) などと表記されていると混乱しそうですし、熱処理設備の温度計も、デジタル式計器では切替表示できるようになっているものがあっても、通常使用は「℃」表示のままです。 

今後も、熱処理の作業に関する温度表示は、「℃」のままのような感じがします。

時間

もう一つの「時間」についても、生活では「時間・分」が一般的なので、従来通り「時間・分」を使っていますし、これが秒表示になることもなさそうです。


技術資料などに書かれた数値や単位の変更は?

技術資料や文献については「昭和年代」に作成されたものが多いことから、当時の「cgs単位」を使うものがたくさん残っています。

それらは、単純に書き換えればいいというものでもないので、新しい試験やデータでなければ、そのまま残るでしょう。

例えば、引っ張り強さの表示の kg/mm2 などですが、引張試験機の表示はJISに基づく管理試験が完了すれば Pa(パスカル)やN/m2 になりますし、JISハンドブックなどにある硬さ換算表の引っ張り強さの数値もすでに MPa 表示になっているのですが、時間がたつとともに徐々に変更が進んでいくのでしょうが、完全に変わるまでには時間がかかりそうな感じがします。

硬さ

硬さの単位(HRCやHSなど)については、これらは特殊なものなので、単位というよりも「指標」のようなものなので、これらは変更されることはなさそうです。

トータル的にみると、熱処理に関係する単位については、特に、SI単位を意識して考えることもないでしょう。

その他であいまいなもの

余談ですが、重量(重さ)と質量がどうしてもあいまいになりそうで、これは、SIになる前からあったことですが、あいまいなまま進みそうです。

一般に言う「品物の1キロ」は 1kgf のことですから、1kgの質量ではなくて、1kgf という、重力が加わった「力」です。 だから、SI単位系で言えば 「N(ニュートン)」と使って、1kgf=9.8N ということなのですが、熱処理品の重量は品物を『はかり』に置いた重さとして取引されるのが通常なので、1kgf(または1kgの重さ)というのは、わかりきったことのようであいまいなものです。

これを毎回発注する側と受注する側が確認するのも大変ですし変に思われるので、このようなあいまいな状態であっても、はっきりさせずにずっとこのままになると思っています。

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(来歴)R7.5 記事作成




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