ステンレスSUS304の脱磁について
SUS304の品物を仕上げ加工していて、磁気を帯びてしまう場合があります。
ステンレス鋼には大きく分けて、安価な「フェライト系」、焼入れ硬化する「マルテンサイト系」、耐食性に優れた「オーステナイト系」 … など(その他に分類されるものもありますが、ここでは除きます)があり、フェライト系やマルテンサイト系ステンレス鋼が着磁した場合には、下で説明する「交流脱磁機」などの簡単な方法で、通常使用して問題にならない程度に簡単に磁気を消すことができますが、オーステナイト系のステンレス鋼が磁気を帯びると、除去するのは簡単ではなく、結果的には、ほとんどうまくいかないことが多くあります。
ここでは、ステンレスの磁気を除去についての原因や対策について紹介します。
準安定オーステナイト系のSUS304
この SUS304 はオーステナイト系のなかでも「準安定系」と言われる、Cr・Niなどの高価な合金成分を節約したタイプの鋼種で、価格も安価なので広く使用されている鋼種です。
この「オーステナイト」とは、鋼の組織の状態を示す呼び名で、非磁性で、面心立方格子からなる組織で、耐食性に優れる特徴があります。
ただ、SUS304は非常にうまく成分設計されているのですが、反面、オーステナイトの安定性が低いので、安定なオーステナイト系のSUS309やSUS310などに比べると、冷間鍛造や強度の機械加工で組織が変化して磁気を帯びるという問題がおきやすいようです。
もちろん、フェライト系やマルテンサイト系ステンレスでも着磁することはありますが、これらは鉄鋼の磁気を除去する「交流の脱磁機」を用いれば、ほとんど実用には問題ないレベルに磁気が除去できるのですが、オーステナイト系のステンレス鋼は、いったん着磁してしまうと、脱磁機では脱磁しにくく、その磁気で製品の使用に支障が出てしまう場合があります。
磁気は、曲げ加工や引抜き加工のような強い加工をしたときに生じることから、その原因の一説では、オーステナイト状態のSUS304の組織の一部が、強磁性のマルテンサイトなどに変化するためと言われています。
PR変形などで生じた マルテンサイト組織は加工誘起マルテンサイトとよばれますが、SUS304は0.1%以下の炭素量ですので、硬いマルテンサイトが生じませんが、元の組織の常磁性で面心立方晶のオーステナイトから強磁性で体心正方晶のマルテンサイトに変化するために磁化しやすくなるようです。
もちろん、組織のほとんどはオーステナイト状態で非磁性ですので、これに、どういう仕組みで磁気が入り込むのかはよくわかっていません。
通説では、「地球の磁気を拾う」という考え方があります。
私の勤務した第一鋼業(株)では、棒鋼の熱処理を行っていましたが、熱処理後にロール矯正機を通す作業中にしばしば棒鋼が着磁するということがありました。
これを避けるために、矯正機に品物を通す方角を東西方向(地磁気と直角方向)にするのが作業の基本となっていますし、鋼材を保管するのも、南北方向に品物を置くのはタブーとされていたぐらいで、そのくらいに着磁することによって生じる弊害は大きいものです。
PR完全に磁気を消すには溶体化処理が必要
再溶体化処理とは、もう一度、オーステナイト状態を取り戻す熱処理をやり直すことです。
SUS304の溶体化処理は、1050℃程度に加熱して水冷する熱処理をします。
この溶体化処理をやり直すことによって磁気がとれるのですが、多くのステンレス製品では、高温に加熱する再熱処理すると変形してしまって品物にならなくなる可能性が出てきますから、再熱処理できない品物も出てきますし、品物にならない場合も出てきます。
だから、完璧な時期が除去できないまでも、溶体化処理以外の脱磁方法についての方法などをみてみましょう。
PR脱磁機による脱磁
「脱磁」の最も簡単なやり方では、交流(60ヘルツ)の交番磁界をかけた「脱磁機」に通す方法が簡単です。
これによって、ほとんどの鉄鋼製品は、およそ30ガウス以下の残留磁気になって、ほとんど磁気を感じない程度になります。
だから、この程度の残留磁気で品物が使えるのなら、この方法は簡便で品物への影響もないのですが、残念ながら、脱磁機による方法では、経験的にみても、どうしても数ガウス(10ガウス程度)の磁気は残留してしまいます。

一般的な鋼製品の脱磁は、写真のようなコイルに交流交番磁界をかけることで除去する方法以外に、磁気探傷検査後の脱磁でよく使われる方法のように、品物に直流電圧を通じて、陰陽極を 切り替えながら電流を減衰させる電気的な方法による場合もあります。
しかし、オーステナイト系ステンレスの場合は、その他の鋼種と違って、磁気が消えないことがあります。
この脱磁機によって磁気が消えないで問題になる場合は、高温に温度を上げる溶体化処理をやりなおす方法になってしまいます。
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溶体化処理の再熱処理は完成品には不向き
オーステナイト系ステンレスの熱処理は、約1000℃以上のオーステナイト化温度まで加熱したあとに、急冷する処理ですから、結論から言えば、この再熱処理による方法をすでに完成品にやろうとすると、品物が変形して使えなくなる可能性が大なので、あまりお勧めできる方法ではありません。
熱処理で着磁した品物を無傷で救う方法は無い
鋼の磁気変化に関係する温度に、 ①213℃付近のセメンタイトの磁気変化点 ②780℃付近の磁気変態温度(キューリー点) ③オーステナイト化温度 などがあります。
これらの温度で特定の組織に磁気変化が生じるので、それを利用する方法も考えられますが、組織の一部に対する効果ですので、完全な効果は期待できませんし、その他の問題が出てきます。
たとえば、キューリー点(磁気変態点)は、鉄(Fe)が常磁性に変わる温度(キューリー温度)で、約800℃程度と高温ですので、変形や熱による変質があるでしょうし、さらに、SUS304などのオーステナイト系ステンレスでは、加熱冷却の際に「鋭敏化」という現象が起こって耐食性が低下します。
したがって、効果的な方法は「再溶体化処理」をしなければならなくなるのですが、この場合にも、加熱による表面の変質や変形、さらには、結晶粒の粗大化を避けることができませんから、結論的に言えば、オーステナイト系のステンレスが磁気を帯びたものを熱処理でうまく消磁することは難しいことです。
PR磁気についてのよもやま話
鋼の残留磁気には、よくわからないことがあります。
棒鋼のような長い品物では、通常は両端面での磁気が強い状態になっていますし、長さ方法の真ん中になるほど磁気が弱くなっているのが一般的な状態です。
そこで、その着磁した長尺の棒鋼を短い寸法に切断して短くすると、切った両端には必ず磁気が出ています。
そして、両端の残留磁気が最初の長い状態の時に比べて弱くなることもありますし、逆に、強くなる場合もあります。
どうも、内部の磁気の状態は複雑なようで、「製品は短い状態で使うので安心だ」ということはないので注意が必要です。
同様に、いったん脱磁機にかけて、消磁されていた棒鋼でも、それを切断すると、また切断面に磁気が復活して出てくることもあります。
このように、いったん磁気が鉄鋼に残留してしまうと、非常に厄介な問題になるということを頭に入れておくといいでしょう。
簡易な残留磁気測定
残留磁気の確認には、通常は「ガウスメーター」を用いて測定します。
しかし、ガウスメーターの数値もよくわからないもので、現場などで直流磁気量を正確に測定する場合は、地磁気や空中磁界の影響などを受けるので、確実な数値をつかむことも簡単ではありません。
それもあって、私の勤務した第一鋼業(株)では、簡易的な方法で着磁の程度の判定をしていたので、これを簡単に紹介します。
鉄鋼製品を扱う工場では、品物を吊るためにマグネットチャックを使っている場合があると思うのですが、このために、品物が着磁することもあって、出荷前の着磁の有無の点検と脱磁処理は欠かせないのですが、長尺ものでのガウスメーターでの判定は難しいこともあるので、ガウスメーターを使わないで、簡易的な方法で残留磁気の判定をしていました。
その方法は、「虫ピンとゼムピン」を使う簡単な方法です。
この方法は、No.5のゼムピンがつかなければ30ガウス以下、虫ピンがつかなければ10ガウス以下として判定します。
通常はこれで残留磁気で問題になることはありませんでした。
虫ピンがつかない状態では残留磁気が10ガウス以下になっていて、これは、磁気があるとは感じないレベルです。
簡易的な方法ですが実用的です。
医療器具などの特殊な用途に使われる場合は、しっかりした測定をしなければならないのですが、簡易的には、これを覚えておくと役立つでしょう。
着磁しないように気を付けていることは大切です
特殊で着磁してはいけない重要な品物に対しては、SUS304ではなく、若干鋼材価格は上昇しますが、SUS304LやSUS310 などの安定度の高いオーステナイト状態になっている鋼種を使うことも大事でしょう。
一度着磁すると、いろいろな問題が生じます。
だからともかく、着磁させないように、無理な強加工を避けること、地球磁気を考えた機械配置や作業を行うこと、そして簡易的な確認方法を知っておくこと … などを馬鹿にしないで頭に入れておくだけでトラブルがかなり軽減できるはずです。
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