炭素と金属元素の化合物を「炭化物」といいます。
炭化物は、鋼の焼入れ温度で素地(マトリックス)に溶け込むものと溶け込まないものがあります。
素地に溶け込まない炭化物には、硬さの高いものが多く、この量や大きさによって、鋼の耐摩耗性が大きく変わります。
この、焼入れ温度で素地に溶け込まない添加物を、「共晶炭化物(または1次炭化物)」と呼ぶ場合がしばしばあります。

熱処理の話では、鉄の炭化物として「セメンタイト」がしばしば登場します。
少し見にくい上図ですが、セメンタイトの組成は、Fe3Cですので、図の一番左の硬さの低い部類の鉄と炭素の化合物です。
例えば、炭素鋼の焼入れ時の最高硬さが800HV程度ですので、セメンタイトは1500HV程度の硬さですから、やはり、非常に硬いものです。
このセメンタイトは、焼入れするために鋼の温度を上げると、オーステナイト中に溶け込むので、「共析炭化物」といいます。
その他、2次硬化するときに析出して硬さを上昇させる炭化物も共析炭化物です。
それに対して、焼入れ温度でオーステナイト中に溶け込まない炭化物が共晶炭化物で、この共晶炭化物は種類によって硬さや形態が異なります。
特に硬さの高いVC(バナジューム炭化物)などはMC系炭化物と言われ、上図の一番右のもので、ビッカース硬さで3000を超えるものもあります。
鋼の焼入れ組織(マルテンサイト組織)の硬さは800HV程度、非常に硬い窒化層の硬さでも1300HV程度なので、それら以上に炭化物は非常に硬いので、これらの炭化物が耐摩耗性向上に寄与します。
図の右から2番めのWC(タングステンの炭化物)も非常に硬く、それをコバルトで固めたものが超硬合金です。
非常に硬くて耐熱性があることから、切削工具に使用されているのですが、これもやはり、鋼中にあれば、その種類や大きさ、量などが耐摩耗性に大きく影響します。
もちろん、耐摩耗性が高くなるとじん性が低下する傾向になります。
だから、炭化物量の多い高速度工具鋼では、炭化物が小さくなるように、鋼を一度粉末にして、それをもう一度固めて「粉末高速度鋼」が作られています。
この粉末化によって、炭化物の微細化や均一化を図って、じん性の低下を防いでいます。
耐摩耗性に寄与する共晶炭化物
下は工具鋼の代表であるSKD11(プロテリアル(旧:日立金属)のSLD)さんの焼入れ焼戻し組織です。
同社のカタログでは、クロム系の炭化物が約15%あると説明されています。

この白い塊が炭化物で、共晶炭化物であるので、焼入れ時の加熱では消失しておらずに、これが、優れた耐摩耗性に寄与しています。
しかし一方では、大きな炭化物はじん性を阻害するするため、その量や分布は鋼の性質に大きく影響します。
そのために、高いじん性の必要な鋼は、共晶炭化物をできるだけ少なくしたり、小さい炭化物を均一に分布させるなどでじん性が低下しないようにして製造されます。
そして、上でも書いたように、切削工具用の高速度工具鋼などでは、さらに高炭素+高合金化をして炭化物量を高めているのですが、じん性低下が避けられないことから、粉末冶金によって製造した粉末ハイスが広く使われるようになってきています。
2次硬化と炭化物の析出
ハイスなどの高合金工具鋼は、耐熱性を高めるために500℃以上の「高温焼戻し」をします。
このとき、焼入れによって素地に溶け込まない共晶炭化物に加えて、焼戻しで微細な炭化物が析出して非常に高い硬さになります。
これを2次硬化といいます。
2次硬化は、素地に溶け込んだ炭化物が焼戻しによって析出して、高速度工具鋼の多くは高温焼戻しをすると、焼入れ時の硬さ以上に硬化します。

