長い文章ですので、目次(項目)を利用ください。

熱処理で硬さを高めるとたわまない?

イメージで話す知識人の話。熱処理の専門家の中には、焼入れをした硬くなった鋼は、「外力を受けても曲がりにくくなる」とか「変形しにくくなる」 という説明や解説をする人がいるのですが、この表現は微妙です。

構造物の強度は、主として材料の持つヤング率などの物理的性質や断面形状が大きく関係しますので、それを理解して説明しないと、とんでもない間違いをします。

もちろん、熱処理(例えば、焼戻し温度)によって、ヤング率や物理的特性(膨張率などの温度的な性質など)は若干変化します。しかし、この変化は、 材質(例えば、鉄と銅など)のような違いではなく、ごく小さなものといえますし、本来、それを求めて熱処理するというのではないので、どちらかといえば、 材料の持つ基本的なものですね。

当社の新入社員などに話すことですが、例えば、SKD11の1cm角の1mの熱処理しない棒の両端を、 「はり」のように支えると、中央部がたわみますが、 それに対して、60HRCに焼入れ焼戻ししたもののたわみ量を比較すると、 たわみ量はどのくらい少なくなるのでしょうか?・・・と質問すると、多くの人が、「焼入れして硬化させたもの方がたわみはかなり少ない」と予想します。

実際にやってみると分かるのですが、これはどちらも変わりません。なぜなら、焼入れ焼戻しなどの熱処理をすると鋼は 「硬く、強くなる」のですが、 これは、引っ張り強さや圧縮強さ(およびそれに伴って、耐力など)が増すためで、弾性変形域で働く「ヤング率」などの物理的な性質は熱処理では大きく変えられない性質だからですね。

当社では、例えば、20×80×4000mmというような、細くて長尺の金属せん断刃物を製作していますが、硬い刃物でも、簡単にたわみます。そのために、研磨などでは、 エアリー点、ベッセル点などと呼ばれる、2点で品物を支えたときに、どこを支えて研磨すると、最も曲がりが少なくなるのか・・・という知識なども教えられます。

エアリー点

エアリー点:両端面が鉛直に平衡となる支持位置。(WEBの画像をコピー)

熱処理して鋼の強度が上がると、曲げても元に戻る範囲(弾性限)を大きくできますので、外力に対しては永久変形しにくくなり、 変形後に元に戻ってくれる性質が付加されるのですが、 断面積の小さな刃物になると、自重のタワミは、何とも厄介なものですが、鋼の持つ基本的性質なので、どうにもできません。

硬さが高いと耐摩耗性は上がる

一般的に、「硬さが高くなるにつれて耐摩耗性が高くなり、寿命が延びる」というのが定説です。

TSと硬さの関係 日立金属資料

「強さ」は硬さと相関があります。引張強さを見ると、硬さが高いと引張強さが高くなります。

しかし、 いくらでも硬いほうがいいというのではなく、 鋼種ごとの特性で、ある硬さを超えると、 急激に特性値が変化することを知っておくといいでしょう。
「ピンピンに焼を入れる」ことを希望するのは、問題点もあるという例を示します。

図は、日立金属の資料ですが、ある硬さを超えると、急激に引張強さが低下しています。耐衝撃性についても同じですが、 無理な硬さを出すような熱処理はしてはいけないということなのですが、たとえば、カミソリなどの鋭利な刃物では、できるだけ硬さを上げるのがよさそうに思いますが、 硬さを高くすれば「もろく」なって、小さな欠けが発生して、急激に寿命が短くなることも多いのです。

硬さを上げるとじん性は低下する

当社のせん断刃物についても同じことが言えます。SKD11を例にとると、SKD11の焼入れ状態での最高硬さは64.5HRC程度の硬さになりますが、1mm程度の薄い鋼板を切ると、すぐに切れなくなります。
それを焼き戻しして61HRC程度にすると、非常に長寿命の刃物になります。
これは、焼戻しマルテンサイト組織になり、じん性が向上するためですが、硬さだけが寿命を決める要素ではなく、鋼種に適した状態があるということを知っておくといいでしょう。

これらについては、摩耗曲線で説明されます。使用初期に小さなチッピングが発生して刃先が丸くなることで大きな力に対抗しようとするのですが、それは刃先が摩耗したように見えますが、実は、小さな刃欠けが生じて摩耗したようになっています。これによって切れ味・剃り味が低下してしまうのでしょう。

パンチなどの工具でも同様です。高硬さにするときよりも、硬さとじん性の関係などを見て、少し硬さを抑えるほうが長持ちする場合も多いのです。
「硬ければ高寿命になる」というようなステレオタイプの考え方で仕様を決めるとかえって寿命が伸びないということになってしまいます。


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業界用語のマルエッチ・マルエヌなど・・・

丸棒鋼のJISに「熱間圧延丸棒鋼」というのがあります。
これに関する業界用語で、メーカーで丸棒鋼に圧延されたものを 「アズロール材(AS-role)」、メーカーが出荷するまでに、ある程度の強度に熱処理(調質)されたものを 「メーカーマルエッチ材」、 焼きならし済みのものを「メーカーマルエヌ品」などと呼ばれます。

当社の熱処理現場でも、焼入れしたままの状態の品物を「アズキュウ(AS-Q)」調質することを「マルエッチする」といった会話が交わされています。
JISの加工記号で、焼なまし=HA ・焼ならし=HNR ・焼入焼戻し=HQ-HT  と表記されますので、これらの業界用語も、お客さんを含めた関係者の間では、何の違和感もなく通用しているようですが、 真面目くさった顔で、 「マルエッチする」 「エッチする」と言っているのは「焼入れする」という意味ですが、初めて聞く人には、不穏な感じがすると思うのですが、当事者は「知らぬ顔」なのが面白いですね。


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鋼は素晴らしい金属です

地球上には様々な物質があり、そのうち、「金属」は多様で有用性が高いのですが、ここで主に説明している 「鋼(はがね)」は、 「1KGで比較すると、大根より安い・・・」と解説する書籍がありましたが、確かに、技術の粋を集め、製作手間をかけて作られている割には、非常に安価です。 さらに、比較的簡単な「熱処理」によって、非常に広範囲に機械的性質や化学的な性質を変化させることができることでは、金属中で最も優れた金属と言えるでしょう。

この、「安価」ということは重要ですが、ともすれば、どうしても、 「高価」な方向に行ってしまいがちです。
例えば、HRC60を得るための材料では、 1kg100円以下の機械構造用炭素鋼から、1kg5000円以上する粉末工具鋼まであります。
高価なのはそれなりの理由がありますので、その理由や鋼材特性、熱処理などを合わせて理解すると、コストパフォーマンスに優れたもの作ることにつながります。


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合金が多いほど、機械的性質が優れる?

近年では「高合金化」「高級鋼化」が進みました。そして、Cr、Mo、Wなどの合金元素を多く含むほうが、何かに優れていると思われがちです。 この背景には、 「大きな品物を均一な硬さにしたい」「自動化に対応できるようにしたい」・・・という世間全体の品質要請がありました。 また、金型などの加工が複雑になり、材料費の比率が下がったことで、少々高い材料でもいい・・・ということで、高合金化が進みました。

しかし工具の代表の「刃物鋼」について現状を見ると、現在でも、例えば、日立金属(株)には、白紙・黄紙などの炭素工具鋼や青紙とよばれる低合金の特殊工具鋼など数種類が、 昔ながらに「刃物用鋼」として販売されています。
これらの炭素工具鋼や低合金工具鋼は、ナイフやプロ大工用などの工具や利器としては定評で、切れ味、被加工性などは 非常に優れていると評価されています。

もちろん、焼入れ性も低く、耐摩耗試験をすると、高合金鋼には負けてしまうのですが、「日本刀」などもこの部類で、これは、 簡単に試験できない「切れ味」や「何か」がすぐれているのですから、高合金鋼が良いとか、 高価な材料が良いというものではないということでしょう。

ただ、これらの炭素工具鋼や低合金工具鋼は、水焼入れとか、素早く冷却するという操作が必要です。 このために、自動化され、プログラム化された市中の熱処理屋さんでは、 熱処理できないものも多くなっています。この辺りも、一つの知識として持っておくといいかもしれません。


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カスタムナイフファンは新鋼種が好き?

当社では、昭和50年頃から、カスタムナイフのファンからの熱処理を受注していました。 当時、それを趣味にしている方の多くは、自分で熱処理(一般には、 「焼入れ」と言われていましたが)をしていたようなのですが、 そのころから、外国の新鋼種情報がどんどん入っていて、「焼の入るステンレス」とか、「ハイス」などの高温で焼入れる鋼種が広がってきた時期でした。そして、新しい情報があれば、瞬く間にマニアの間に広がっていったようです。

日立金属のATS34なども、 発売された当時から熱処理していた記憶があります。マニアの間では、「高温を必要とする熱処理」がネックだったようで、 それを、当社のソルトバスで熱処理していたのですが、 今から考えると、マニアの方達は最先端を進んでいたのかもしれません。

現在でも、ソルトバスによる個人様向けの熱処理をしていますが、営業的にはPRしていません。しかし、問合せされる方には、快く応じるようにしています。今でも、 作り手が満足いただけるようにと、細々とその熱処理を提供しているのは、そういう歴史があったためです。


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熱処理で用いる単位について

現在は、「SI単位系」に沿って単位を表示しなければならないのですが、まだまだメートル法時代の[cgs単位系]が根付いています。 熱処理に関係する基本単位は、 「長さ」「質量」「温度」「電流」「時間」程度ですが、そのうち、未だに、質量は「重量」ですし、 温度はK(ケルビン)ではなく「℃」です。

論文や文献では、SIが基本ですので、それを使用するのは当然ですので、温度について言えば、今まで、例えば、焼き戻し硬さを比較するために、500℃付近の温度をよく使うために、 「500℃、525℃、550℃」であったものが、「773K、798K、823K」と表示されます。いっそ、 「750K、775K、800K」という標準的な温度に変わっていってもいいと思うのですが、 熱処理設備のほとんどが未だに「℃」ですので、 当分は、「見にくくて変な表記温度」はなくならないのかもしれませんね。


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異材混入は、非常にもったいない

材料の混同は厳禁です。
当社における熱処理時の不具合第1位は、お客さんが間違った材料を持ち込む「異材混入」です。

熱処理後に硬さ測定をして、それが発見されることが多いようですが、違った熱処理仕様で熱処理してしまうと、目的の硬さに仕上がらないだけでなく、材料がだめになってしまうこともあります。

お客様は大きな損失ですが、当社も、気持ちのいいものではありません。
これを防止するためには、きちんとした保管管理が必要なのですが、意外と、「鋼種名」に対するあいまいさがあるようなので、少しその話を紹介します。

鋼種名には、JISに定めた呼び方やメーカーがつけた独自の名前のほかに、標準的でない通称などがまじりあっています。
現状の多くの鋼種のほとんどが英数記号ですから、 熱処理依頼の際には、鋼種、記号や数字を間違えないように注意する必要があります。

一度間違った熱処理をすると元に戻せません。お客さんがリスクを承知で再熱処理しても品質は保証されませんし、 熱処理代を再度請求されることになってしまいますので注意して材料管理をしていただく以外に防ぎようがありません。

鋼種名については、工具鋼の場合には特に、「同じJIS鋼種名でも、メーカーが変われば違った材料」だというくらいの認識が大切です。
鋼材を購入した際には「会社名・鋼種名」を控えておき、途中で混ぜ合わせない工夫をして、そして、 熱処理を依頼する場合には鋼種名を正しく知らせることが重要です。

SLDとDC53は、全く異なる鋼種・・・です。また、JIS鋼種の「SKD11」でも、日立金属では「SLD」、 大同特殊鋼「DC11」、日本高周波鋼業「KD11」・・・などのメーカー名で流通しています。 専門家でも同じだと思っている人がいますが、同じJISのSKD11に包含されるものであっても、「これも、別の鋼種」 だと思うくらいでちょうどいいでしょう。
メーカーごとに特徴があるので、同じ熱処理をしても硬さの違いや寸法変化の度合いが異なっています。

このこともあって、JIS名で呼ぶよりも、 メーカー名で呼ぶ習慣をつけるといいでしょう。

寸法変化について説明します。小さな品物ではあまり影響しないかもしれませんが、当社のせん断刃物のように、例えば3m以上の製品に穴をあけたものでは、熱処理時の変寸率が1m当り0.1%違うと、3mmものピッチ誤差となります。

普通は、市中材(通常に一般品として販売されている鋼材) を購入することになりますので、 毎回、同じ鋼材屋さんでメーカー名を指定して購入するのもいい方法と言えます。


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こわい硬さの話・・・

硬さを過信するのは「こわい」という内容の話を2つしておきましょう。

一つ目は、指定の硬さに入れる方法は幾通りもあるという話です。
最良の熱処理条件は「1つ」のはずです。しかし、焼入れ温度が少々高くても低くても、焼入れ硬さが不十分でも、焼戻しの際に目的の硬さに調節できてしまう怖さがあります。
事前に設計して「焼入れ温度を高めにする」というものであればいいのですが、焼入れ温度がどうであっても、焼戻しによって、硬さを簡単に合わせることができてしまいます。

二つ目は、測定したところの硬さは正しい。しかし・・・という話です。
硬さは検査しますので、測定した値は信頼できます。しかし、例えばロックウェル硬さであれば、測定できる部位は「重心で安定した平面」ですので、その部分の硬さは正しいというだけです。
とんがった刃先の硬さがどうなっているのかは、奥まった部分の硬さはどうなのかは、実際にはわかりません。
焼戻しのところで説明していますが、焼戻し硬さは温度と時間の関数(焼戻しパラメータの話)ですので、破壊して測定すればわかるのですが、とんがった先端の硬さは胴部よりも低下している可能性がありますし、品物中心の硬さも測定部位と差がある可能性は高いのです。

ISO9001を取得していると、このようなことに関して、「妥当性の確認」が求められます。要するに、それらの問題に対策して確認しておきなさい・・・ということになっています。しかし、現実問題、指定された硬さは、測定できる部位の硬さになっていることの保証以外はできませんし、確認を求められても解決は難しいと言えます。
それならどうすればいいのか?・・・ということになると、これも簡単にはいきません。変な話ですが、そこまで制約を受けると、熱処理すること自体が難しくなる場合も出てきます。また、正直にそれをお客様に話しても、本質を理解してもらうこともできないので、藪蛇になってしまうだけなので、指定した硬さを測定できる部分でそれになるように熱処理している・・・という状況です。


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早く冷やしたら「割れる」?・・・

そんなことはありません。
「焼き割れ」は熱処理業者にとっても、お客様側にとっても困りものです。
昭和の年代には、温度不良、冷却むら、材料不良・・・など、 材料と熱処理に起因する焼き割れもしばしば見られたのですが、近年では、材料品質が向上し、熱処理機器の管理精度の向上や熱処理の標準化などによって、 焼き割れはほとんど発生しなくなりました。
焼割れは、急激な冷却が必要な低合金鋼に生じる場合と、ゆっくり冷却しても焼の入る高合金鋼に分けて考える必要がありますが、割れ起点の引張応力が原因で起きるというのが基本的な見方です。
前者では、隅部などの冷却が遅い部分で生ずることが多く、早く冷やすと割れる・・・という言い方は、ほとんど正しくなく、むしろ、当社では、油焼入れしなくてもいい鋼種や大型の品物は、機械的性質を高めるために油冷して冷却速度を上げることも多いのです。また、後者では、熱処理変寸などの形状的影響を受けるところが割れの起点になりますので、これも、熱処理における問題よりも、設計的な要素が強いといえます。SKD11を液体窒素や水で冷やしても単純な形状では割れません。

大きな品物などでは、冷却を早めることによって、寿命改善になりますので、好ましいのですが、反対に、変形の問題が出てきます。

熱処理での曲りは、熱、変態、形状が関係し、それを少なくすることは、難しいことで、曲り対策は今後の熱処理にとっても宿命なのですが、品物の多くが焼入れ性の良い材料に変わって、急冷する必要性がない鋼種に変わってきています。その点では改善されてきていますが、お客様は、見えない熱処理品質よりも、曲り(歪 ・変寸)を出さないようにすることを重視されます。
このために、 均一冷却をする必要から、あえて冷却を遅くするという操作を行わなければならない場合があります。もちろん、これは邪道で、熱処理組織などにはよくないことです。 しかし、これをわかっていながら、お客さんの第一要求が「曲りを少なく」であれば、「品質は構わない」という熱処理になってしまうおそれがあります。
こういう矛盾を含む問題については、上の例も含めて頭の痛いことです。

以上、思いつくままに、こんなこともある・・・という内容を紹介しました。


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