熱処理を説明する図表

熱処理の勉強を専門的に始めるとすぐに、熱処理の原理を説明するために、鉄-炭素2元系状態図(<)、 恒温変態曲線、連続冷却変態曲線などを学びます。
しかし、近年では、鋼種に応じた実践的な内容が多くなって、これらの熱処理の基本になる図の詳細を解説されることも少なくなっています。そのために、ここでも、アレンジした見方考え方でこれらの図を説明します。 合した図で熱処理の的な図の解説をしても熱処理を理解し難いので、あえて異なった説明をします)


恒温変態曲線(TTT曲線・S曲線)

ある鋼種について、オーステナイトに加熱した鋼を、オーステナイト化温度以下の温度に品物を保持すると、時間が経過すると変態してして組織が変わります。それを表した図が恒温変態曲線です。

時間-温度-変態曲線Time-Temperature-Transformationの英語頭文字をとって「TTT曲線」と呼ばれ、一般的には、その形がアルファベットのSのようになることで「S曲線」とも呼ばれます。

この図は、共析鋼の例で、組織や硬さの情報が付加されたものです。

この図では、800℃程度でオーステナイト化した状態の焼入れ温度から所定の温度まで急冷して、その温度で保持すると、時間経過して変態するので、 その「温度-時間」の点を結んでこのような図が作成されます。

等温で保持した後に、常温で顕微鏡組織を観察し、その組織を分類してこれが作成されますが、この図では、保持温度の違いによって、オーステナイト状態のものが、パーラート、 ベイナイト、マルテンサイトに変態していることが解説として加えられています。  

この図の見かた

図のBs-Bf点線を例にとって見方を説明します。

およそ800℃の焼入れ温度から420℃の熱浴中に試験片を急冷して保持すると、約4秒後にべーナイト変態が起こり、 1分少々でその変態が完了します。
その後いくらその温度に保持しても、組織の状態は変わリません。

その状態のものを、十分に時間が経過してから常温まで冷却して冷却して硬さを測るとHRC40程度になっており、その組織を観察すると、羽毛状のベイナイトという組織になっている・・・という内容がこの図から読み取れます。

この図では、恒温変態が完了してある時間経過後に常温まで冷却したときの硬さや組織の呼び名が付け加えられたものです。
sは開始、fは終了を示しており、Pはパーライト変態、Bはベーナイト変態、Mはマルテンサイト変態を示しています。

ここで、550℃付近で左にせり出している「S字」の出っ張りを「パーライトノーズ」と言います。

一般的には、「焼入れの際にそれにかかるような冷却をすると、 十分に焼が入らない・・・」という説明をされます。

つまり、この図では、800℃程度から冷却を開始して、1秒以下で550℃以下に冷却しないと、一部がマルテンサイトにならずに、 柔らかい組織が出てくる・・・ということになります。


日立金属SLDのTTT曲線
これは、冷間工具鋼(日立金属のSLD)TTT曲線です。
このように、焼入れ性の非常に高い鋼種は、500℃程度の温度に保持しても変態しないことがわかります。
また、この図には、γ(オーステナイト)、C(炭化物)などの特殊な組織がでたくることが示されています。

【通常の熱処理での利用法】
焼入れする過程では、時間とともに温度が降下しますので、恒温変態とは異なるのですが、成分が似通ったものでこのような図があれば、パーライトノーズにかかる温度と時間の推定や、組織検査した結果からの焼入れ過程の冷却状態の温度推移が推定出来るということから、しばしば、この図が熱処理の説明で利用されます。

恒温変態を示す図であっても、冷却過程を考えた使い方で熱処理の説明をされることが多いので、そのことを頭に入れておくと良いでしょう。

いろいろな成分の鋼についてのS曲線が公表されていますので、近い成分のものを利用するといいでしょう。


  
マルテンサイト変態について

ここで、Msはマルテンサイトが生成し始める温度を、Mfはマルテンサイト変態が完了する温度です。

マルテンサイト変態は、時間変態ではなく、温度変態ですので、上の共析鋼の図では、2分程度以内に220℃程度に品物の温度が低下しておれば、それ以下に温度が低下すると、 (時間が関係なく)ゆっくり温度を下げても十分硬化するということもこの図からわかります。

このMs点は、熱処理操作的は重要で、たとえば、焼割れや変形をコントロールするために役に立ちます。別に説明する、マルクエンチ(Ms点の直上付近の温度で品物を保持してから冷やす恒温熱処理の一種)の温度なども、それが基準になります。

本来は、この恒温変態図は温度を一定に保持したときの変態を示すものですので、Ms点以下の扱いは異なっています。しかし先程と同様に、冷却を含めてこれらの図を説明されることが多いのが実情ですので、そのことを頭の隅にとどめておいてこの図を見るようにしてください。


連続冷却変態曲線(CCT曲線)

これは、焼入れ時の冷却速度によって、その組織や硬さとの関係を示した図表です。

Continuous-Cooling-Trancformationの頭文字をとっていますが、冷却速度を制御する焼入れ冷却装置を利用して、等速に冷却をして常温まで冷却した後の硬さなどを示しています。

共析鋼のCCT曲線の例
これは、熱膨張計、その他の特殊な機械装置を使って、様々な温度降下をさせて、変化点を変態温度ととらえる方法で作成されたもので、等速度で冷却をするという、かなり特殊な条件を作って作成されている図です。
実際の焼入れでは、このような定速での温度降下をしませんし、また、できませんので、、現実とは違うのですが、常温になったときに測定される硬さから、平均の冷却速度での冷却過程が推定できるので、色々な利用方法はあります。
すべての鋼種にこのような図があればいいのですが、あまり多くはありませんので、成分が近いものを利用することで、焼入れ後の硬さとその冷却方法から焼入れ過程が推定できる、重宝な図といえます。

焼入れ性の低い鋼材の質量効果などを推定するのにも利用できますので、 S曲線より利用度が高いと思います。

  
図の見かた

図は0.76%Cの共析鋼の例です。

ここでは、Psはパーライトが析出する点で、この線にかかって冷却すると、パーライトが析出して、焼が入らなくなってきます。
ここでは、Psにかからないように冷却するためには、 毎秒300℃程度以上の冷却速度が必要だということがこの図から読み取ることができます。

この速度で冷却すれば、881HV(66HRC)という、非常に硬い硬さが得られるということがわかります。 しかしそのためには、1秒程度で500℃程度まで温度低下をさせなければならないので、水焼入れをしても少し品物が大きくなると、難しいということがわかります。

CCT曲線は、小さな品物や、比較的焼入れ性の悪い鋼種の焼入れ状態を推定するのには役に立つのですが、近年は非常に焼入れ性に優れた鋼種が増えており、 大きな形状の品物を扱うことが多いために、これでは使いにくいために、例えば、日立金属(株)では、焼入れ性の良い鋼種であっても、サイズが大きくなった時の硬さ推定や、 中心硬さの推定ができる「半冷曲線」というものを作成して公表しています。

また、最近では、パソコンソフトなどを用いて、比較的簡単に、加熱冷却シミュレーションができるようになってきていますので、CCT曲線の数値を併用することで、焼入れ状態を検討することも可能でしょう。

とは言うものの、当社でも、PCを用いてシミュレーションをすることがありますが、熱電対を用いて実測した冷却過程とはかなり異なるなどで、問題はあるのですが、大型の品物の冷却状態を推定することなどでは、実験しなくてもそれが推定できるので、利用価値はあリます。

【実際にCCT曲線は利用できるの?】
このCCT曲線は、熱処理講義には説明されるのですが、実際には使いにくいものです。
構造用鋼の焼入れで、焼入れしたあとの硬さが出なかった時などに、 その冷却過程を考察するような使い方はできるのですが、実際の熱処理では、連続的に等速で冷却するというのは特殊な条件ですし、「油冷する」と言っても、 油温に達する温度まで冷却しませんし、大きな品物では、品物の内外の温度差がある・・・などもあって、実際には、熱処理の説明用のような気がします。(m(__)m)

通常の熱処理では、焼入れ硬さを測って、それを基に焼戻し温度を決める・・・という流れで、この図を使うこともありません。
熱処理従事者の方も、熱処理勉強用の特殊なグラフ程度にしか思っていないのではないでしょうか。


恒温熱処理の図について

ソルトバスなどの恒温槽を使うことでできる特殊な熱処理法に、オーステンパー、マルテンパー、マルクエンチなどの処理があります。

恒温熱処理図
この図は、油焼入れ(OQ)、オーステンパー(AT1~AT3)、マルクエンチ(MQ)、マルテンパー(MT)とよばれる処理で、しばしば熱処理の冷却時の温度と時間の関係を説明する際に、このような、S曲線とCCT曲線をまぜた図を用いて説明される場合がよくあります。

これらの恒温処理は、機械的性質を調整したり、変形などを防ぐ目的などにも応用されることがあり、温度と時間を巧みに利用した熱処理方法といえるでしょう。
詳しくは当社のソルトバスのHPに同じ図を使った説明がありますので、そちらをご覧ください。

  
オーステンパーと熱浴焼入れの違い

これらの方法とは別なのですが、高速度鋼の焼入れでは、古くから熱浴が利用されており、オーステンパーの温度域では、Psが非常に長時間側になっていますので、1100℃以上の焼入れ加熱温度から、 550℃程度の恒温槽に品物を入れて、品物内外の温度を均一にしてから空冷する焼入れ方法が行われています。

この方法は、正常な焼入れ状態(硬さなど)を保って、 なおかつ変形を少なくするための焼入れ方法ですが、上記のオーステンパー処理ではないので、 「熱浴焼入れ」と呼ぶきべるものです。しかし、慣習的にこれも同様に「オーステンパー」という人が多いようです。

当社のソルト熱処理では、油冷や水冷に変えて、200℃以下のソルトバスを使用して冷却することが日常的に行われています。高温で保持することによって、 油冷と比べて若干、焼入れ硬さやじん性が変わる鋼種もありますし、また、マルクエンチやマルテンパーのような効果が出る鋼種もあります。

しかし、 個々の鋼種にあわせた恒温槽の温度コントロールをしていませんので、品質を操作するいうよりも、作業性を考えて行っている操作といえるでしょう。

これらのソルト熱処理作業は、長年の習慣での熱処理操作が継承されていますが、ソルトバスは特殊なことができる可能性を含んだ設備といえます。

たとえば、鋼種に応じて、 Ms点や冷却速度を把握するとか、時間コントロールによって、今までと違った品質のものができる可能性を秘めた熱処理ができると思われます。

ソルトバスは、マイナーな設備でもあり、このような恒温処理も、次第になくなっていき、語られなくなっていくのかもしれません。一方では、制御技術の進歩によって、 油冷などにおいても、疑似的な恒温処理ができるようになっていくかもしれませんので、このような熱処理法も、見直される時が来るかもしれません。



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焼入れ関係の項目

***1ページ***
1. はじめに
 紛らわしい熱処理用語について

  ※コラム 業界の熱処理用語
2. 焼入れ
 焼入れ操作

 焼入れ
3. 熱処理と強さと硬さ
 ※コラム 焼入れでは機械的性質が変わる

***2ページ***
4. 炭素の量で焼入れ硬さが決まる
 マルテンサイト
 残留オーステナイトについて
 ※コラム マルテンサイトの話

***3ページ***
5. 不完全焼入れ
6. エムエス(Ms)点・エムエフ(Mf)点
7. 焼入れ性
 大きさと成分で変わる表面硬さ

 焼入れ性
 ※コラム 高硬度鋼

***4ページ***
8. 焼入れ性を増す合金元素
 合金が多いほど機械的性質が優れる?
 ※コラム レアメタル・レアアース
 質量効果と臨界直径
 最大有効直径
 有芯焼入れ

***5ページ***
9. 焼入れ温度
 熱処理用試験片
 変態温度と熱処理温度
 焼入れ保持時間
10. 焼入れ時の冷却

***6ページ***
11. 機械構造用鋼の熱処理
12. 調質
 調質で知っておくべき問題点
 焼いてみないとワカラナイ?
13. 焼ならし
14. 固溶化(溶体化)熱処理

***7ページ***
15. 工具鋼などの合金鋼の焼入れ
16. 硬さと炭素量が最重要
 市販鋼種の標準熱処理温度について
 鋼種を考える場合は・・・
 焼入れ硬さが出にくい鋼種の対応
 焼入れによる寸法変化(変寸)

***8ページ***
17. 標準熱処理ではない熱処理をすると・・・
 熱処理の可能性や未知の領域
 熱処理のシミュレーション

***9ページ***
18. 熱処理を説明する図表
 恒温変態曲線(S曲線)

 連続冷却変態曲線(CCT曲線)
 恒温熱処理の図について

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熱処理ページ目次

トップページ (INDEXのページ)
鉄と鋼の状態を理解しよう
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