焼入れ温度

しばしば、状態図などの説明中に、焼入れ温度の説明をされることがあります。例えば、「変態点の50℃程度高い温度に加熱して・・・」と言うような説明をされています。しかし一般的にいって、鋼種には成分値の幅がありますし、加熱速度によって変態温度が変わるということもあるので、ここでは、いろいろな資料の見方とともに、基本の考え方を説明します。

 構造用鋼の変態温度と熱処理温度例
 構造用鋼の標準熱処理による機械試験値等

過去のJIS規格(1979年版ごろまで?)には、上表のような参考値が掲載されていました。これらの数値は非常に便利なものですが、いろいろ誤解されやすい点もあったこともあって、現在は除外されて「参考事項」とされています。
これが消えていった理由を考えてみると、実際の品物とこの試験内容では、形状や大きさが異なるので、このようにならないということでJISなどに示されなくなっていますが、現在でも、構造用鋼におけるこの硬さ値や範囲は、標準的なものになって残っていて、取引や現場では、硬さの標準的な値や考え方は強く根付いています。それよりも、JISのハンドブック自体が企画内容だけになって無味乾燥したものになってきたいるのが残念に思います。

Acは加熱時の、Arは冷却時のおよそに変態温度で、ここでは、S45Cの加熱変態点に対して、100℃以上焼入れ温度になっていますが、この焼入れ温度で水冷して焼き入れると、示された機械的性質がえられることを示す表です。

これらの数値は、φ15程度以下の試験片で試験された値です。

標準熱処理条件】 JIS鋼種だけでなく、それ以外の鋼種は、熱処理の温度や温度範囲が示されています。

基本的には、その温度を外れないように熱処理すると、標準的な硬さなどがえられるという資料が作成されています。

これらの数字も、小さな試験片で試験されたものですので、一つの基準が示されている・・・というだけのものと考えておきましょう。
通常の焼入れ焼戻しでは、これらの条件や内容は焼入れ温度を参照する程度で、実際の使い方としては、ここに書かれた温度を基準に焼入れしておいて、熱処理曲線と言われる、焼戻し-硬さの図を利用して焼戻しをするのが通例です。

日立金属の標準熱処理条件例
SLDの熱処理曲線
(日立金属のカタログに掲載された熱処理温度)

熱処理用試験片

ここで、JISやカタログなどに掲載されている試験に用いられる試験片について説明します。
通常JISなどに掲載される数値は、標準試料などで規定されています。しかし、熱処理試験用については厳密ではなく、特に表示がなければ、試験は、15mm(角・丸)程度以下の試験片を用いて試験されていると考えてください。

そのため、機械試験(例えば、引張試験など)については、品物が大きい場合には、試験片の採取について、充分に理解しておく必要があります。

たとえば、50mm径のS45Cの品物に対して、 JIS4号の引張試験を要求されていた場合に、①製品と同形状のものから熱処理後に指定位置で削り出した場合と、②つかみ部分の径(例えば25mm)の棒鋼を熱処理して、試験部分の14mm径を削り出して試験するのと、③ほとんど試験片形状に削り出しておいて、熱処理後に仕上げ加工をして試験するのでは、結果が異なります。
当然、同じ熱処理をしても、硬さも異なる結果になりますし、その機械的性質も変わってきます。

このように書くと、「質量効果の影響で、試験結果が異なるだろう」ということが何となく理解できますが、設計段階では、このことが理解されていないことがしばしばあるので、これは重要ですので、少し説明します。

熱処理品の機械的性質(例えば引張強さ)を試験する場合は、本体から試験片を採取する場合と、試験片用の品物を同時に熱処理して、そこから試験片を採取する方法に分かれており、後者でも、試験片を作るまでの工程が上記では3通りあるように、それによって、結果に違いが出てきます。

さらに、一般的には、試験片の硬さは、そのつかみ部分で確認しますので、引張部分(試験片の14mm径の部分)の硬さについては、上の①②③で異なってきます。

すなわち、本当は、この内容にあわせて本体の熱処理しなければなりませんが、そうすると、本体の硬さと試験片の条件を合わせることすら難しくなります。

近年は、特殊な用途以外は熱処理結果を機械試験で確認することは少なくなってきましたが、官公庁などの公的なものでは、しばしば機械試験を指定されることがよくあります。
これについても、試験を要求する側もそれらの違いや、それをすることの重要性などを把握・熟知していることは少ないので、ともすれば、良い結果を出すために(言語道断ですが)本体の熱処理とは別に試験片の熱処理するという取り決めをしている場合もあって、こうなると、何のための機械試験なのかがわからなくなってしまっている例もたくさんあることも事実です。
最近はニュースで試験結果の捏造が問題になることもありますが、この機械試験については、かなり慎重に検討しなければ本末転倒になる可能性が高いことを知っておいても損はありません。

これらは、本体及び試験片の採取や材料取りをどうするか、試験片の硬さについてはどうなのか・・・などについて、 設計段階で考えておかねばならないことですが、過去の例では、多くの機械設計者は、試験片の結果が製品に反映されるために試験をしている・・・という程度の考え方で高価な費用をかけて機械試験をやっていたことも多かったようです。

余談ですが、近年は「引っ張り強さと硬さの相関性」「試験片採取位置によって試験結果が変わること」などが理解されるようになって、多くは「硬さ試験による代替え」が行われるようになっているのかもわかりませんが、ともかく、機械試験を要求する品物が減ってきたと思われます。しかし、硬さはかなりの精度で管理されていますが、「表面硬さ」しか測れないということをしっかり理解していなければなりません。


変態温度と熱処理温度

(再掲)構造用鋼の変態温度と熱処理温度例(再掲の表)
構造用鋼の記載例中にあるAcは加熱の時の変態温度を、 Arは冷却の時の、それぞれおおよその「変態温度域」を示しています。(これは、あくまで参考値です)

一般的には、焼入れの加熱温度は、加熱速度を考慮して、おおよそ「Ac3変態線+50℃程度」とされるのですが、近年は、工具鋼などが多くなってきており、実用的な焼入れ温度の決め方は、硬さとその時の組織、機械的性質等によって決められていると言っていいでしょう。ここでは、その考え方に沿って適正焼入れ温度を見ていきます。

【焼入れ硬さ傾向】 どのような鋼種でも、焼入れの場合の一般的な焼入れ温度・硬さの傾向は、図のようになります。

焼入れ温度硬さ傾向

これは主に、「結晶粒度」や「残留オーステナイト量」 などによって 図のような傾向になるのですが、変態点以上に温度を高くしていくと、結晶粒が大きくなって行きますし、鋼種によっては、残留オーステナイトが多くなる傾向があります。
これらの傾向は、いい傾向ではありませんので、必要以上に焼入れ温度を高くしないことが鉄則ということになります。

基本的には、最高硬さが得られる温度の手前の温度に加熱して焼入れします。
JISや鋼種のカタログには、鋼種ごとに「標準加熱温度」が示されていますので、その温度範囲を外れないようにします。

加熱温度が低いと、焼入れ硬さが低下傾向になっていますし、温度が高くなりすぎると、じん性などの機械的性質が悪くなっていきますので、推奨温度範囲で加熱するのが基本です。

特に工具鋼などの合金成分が多い鋼では、標準温度範囲を超えた温度に加熱すると、残留オーステナイト量が増えて、硬さが出にくくなるとともに、結晶粒が粗大化して、じん性値などが低下します。

焼入れ温度を超えて高温に加熱することを、しばしば「オーバーヒート(過熱)」と称される場合があります。(この用語にはほかの意味もあって混乱するので注意しないといけないのですが、このように言う人が多いことも事実ですので、紹介だけをしておきます)

また、汎用鋼種(よく使われている鋼種)では、焼入れ温度と顕微鏡組織、機械的性質と焼戻し硬さ・・・などの資料が作成されているものもあります。参考例として、SKD11(SLD)の顕微鏡組織例をこちらに示します。


工具鋼などの鋼は、熱処理条件や硬さなどの機械的性質は工具寿命に関係するので、耐摩耗性の必要な品物は高めの温度で、じん性の必要な品物は低めの温度で・・・と言われますが、指定された焼入れ温度範囲をはずれないように熱処理することが大切です。

焼入れ硬さが出やすいようにと、安易に高めの温度を採用することも行われることがあるようですが、結晶粒の粗大化でのじん性低下が懸念されますので、これは好ましくありません。

スポンサーリンク


焼入れ保持時間

保持時間の図
品物を加熱して、焼入れ温度に到達してから、その温度で保持する時間を 「焼入れ保持時間(または単に保持時間)」と言います。

実際に品物を加熱する際には、図のように、品物の表面で保持時間を決めることになりますが、内部の温度が把握しにくく、また、目的の加熱温度に近づくと、昇温が緩やかになりますので、それらを考慮して時間を管理する必要があります。

一般鋼材の焼入れの保持時間については、古くからのアメリカでとられていた基準に沿って「焼入れでは鋼材1インチ当たり30分、(焼戻しでは1インチ当たり1時間)」と言われてきました。
当社も、この基準が生きており、鋼材のサイズや装入量で保持時間を決めてそれを標準化しています。

【保持時間不要という考え方がありますが・・・】 
近年、構造用鋼などの低合金鋼などでは、保持時間が不要だという考え方があります。さらに、反対に、合金成分の多い鋼では、それが溶け込むためには、ある程度の時間が必要だという意見もあります。

これについて、当社でソルトバスを用いて確認したところ、工具鋼を含むすべての鋼では、特に焼入れ保持時間を設ける必要はありませんでした。

小さな品物の中心に熱電対を入れ、予熱なしで昇温して、焼入れ温度範囲内になったらすぐに焼入れして硬さと組織を確認したのですが、保持時間をとらなくても、特に問題はありませんでした。

しかし、過熱(変態点を超えても変態しない状態)を考える必要があることや、炭化物(厳密には共析炭化物)がオーステナイト中に溶け込むのに必要な時間、さらには、温度にともなう不確かな要素(炉の熱容量、加熱速度、予熱の有無、装入方法、温度分布など)などを考慮すると、ゼロではなく、若干の余裕を持った時間が良いということから、従来どおりの考え方で上記の時間を採用しています。

もちろん、保持時間が長くなると、結晶粒が大きくなって、じん性が低下するなどの問題が出ますので、特に焼入れでは必要以上の保持時間をとってはいけないのは当然です。

高速度工具鋼については、合金成分量が多く、1100℃以上の高い焼入れ温度で焼入れするものが多いので、長い保持時間を取って結晶粒が粗大化するのを避ける必要から、短かめの保持時間が指定されます。
(これについては、いろいろな要素が関係しますので、ここでは詳しくは触れません)

焼戻しについては、こちらで説明しています。
焼戻しの保持時間は、おおむね、「1インチあたり1時間」を基準にして作業を標準化してしまえば、特に問題はないでしょう。


焼入れ時の冷却

冷却シミュレーション
焼入れのために高温に加熱して赤熱した品物を冷やすときに、扇風機に当てて冷やすよりも油で冷やすほうが、また、それよりも、水中に入れるほうが、さらに、冷却中に強く振るほうが・・・早く冷えます。

この冷却速度は、水冷(または水焼入れ)、油冷(油焼入れ)、空冷(空気焼入れ)、ガス冷(雰囲気冷却:普通は窒素ガスによる場合が多い)などの方法で冷却速度を変えるのはもちろん、攪拌程度、途中で引き上げる、途中から別の液体に入れる・・・などで冷やし方が変わります。

このように、冷却速度を調整する方法には、撹拌したり流速を変えたり、冷やす時間を変えたり、ソルトバスや ホットオイルなど、冷却剤の温度を変えるなどで品物が冷える速度(冷却速度)や変態終止温度を変えたり調節したりします。

この図で見ると、小さな品物で、なおかつ、単純な形状であれば、
油冷→ソルト冷却→衝風空冷 の順で早く冷えるということが確認できます。

しかし、一般の品物になると、冷却中は隅角部や表面から温度が下がりますので、冷え方が不均一になり、曲りや焼割れ、硬さの差異などが生じます。

このために、冷却過程の温度を調節するために、完全に冷却するまでに途中で液体から引き上げたり、 気体の風量を調節するなどが行われます。それで「曲がり」や「割れ」対策をする場合もあります。

その他、焼入れ冷却の方法として、金型ではさみ、その熱伝導を利用して冷却する方法もあります。「プレス焼入れ」「金型焼入れ」などと呼ばれて、 曲り取りを併用する焼入れとしても利用されます。

最近の「ホットスタンプ」とよばれる、自動車用鋼板などのの成形技術も、このような金型冷却を利用しています。


冷却をパソコンなどでシミュレートするためには、いろいろな要素を考えなければなりません。

品物の持つ温度を、冷媒である空気や水などが奪い去ることで品物の温度を低下していきますが、熱の移動は、伝導と対流が主に関係します。
また、鋼材の特性で、温度域によって熱伝達係数、比熱、熱伝導率などが変わります。
さらに、冷媒の温度、攪拌速度(流量)や、一般的には鋼であれば、組織変化する時の発熱、品物や冷却材の量なども影響します。

これらを、シミュレーションソフトを使って検討することもできますので、熱処理品質向上のためには、冷却過程の研究は一つのポイントといえるでしょう。



↑このページの上へ

焼入れ関係の項目

***1ページ***
1. はじめに
 紛らわしい熱処理用語について

  ※コラム 業界の熱処理用語
2. 焼入れ
 焼入れ操作

 焼入れ
3. 熱処理と強さと硬さ
 ※コラム 焼入れでは機械的性質が変わる

***2ページ***
4. 炭素の量で焼入れ硬さが決まる
 マルテンサイト
 残留オーステナイトについて
 ※コラム マルテンサイトの話

***3ページ***
5. 不完全焼入れ
6. エムエス(Ms)点・エムエフ(Mf)点
7. 焼入れ性
 大きさと成分で変わる表面硬さ

 焼入れ性
 ※コラム 高硬度鋼

***4ページ***
8. 焼入れ性を増す合金元素
 合金が多いほど機械的性質が優れる?
 ※コラム レアメタル・レアアース
 質量効果と臨界直径
 最大有効直径
 有芯焼入れ

***5ページ***
9. 焼入れ温度
 熱処理用試験片
 変態温度と熱処理温度
 焼入れ保持時間
10. 焼入れ時の冷却

***6ページ***
11. 機械構造用鋼の熱処理
12. 調質
 調質で知っておくべき問題点
 焼いてみないとワカラナイ?
13. 焼ならし
14. 固溶化(溶体化)熱処理

***7ページ***
15. 工具鋼などの合金鋼の焼入れ
16. 硬さと炭素量が最重要
 市販鋼種の標準熱処理温度について
 鋼種を考える場合は・・・
 焼入れ硬さが出にくい鋼種の対応
 焼入れによる寸法変化(変寸)

***8ページ***
17. 標準熱処理ではない熱処理をすると・・・
 熱処理の可能性や未知の領域
 熱処理のシミュレーション

***9ページ***
18. 熱処理を説明する図表
 恒温変態曲線(S曲線)

 連続冷却変態曲線(CCT曲線)
 恒温熱処理の図について

↑このページの上へ


熱処理ページ目次

トップページ (INDEXのページ)
鉄と鋼の状態を理解しよう
焼入れについて(9ページ)
焼戻し(2ページ)
焼なましについて
熱処理設備
硬さおよび硬さ測定
工具材料を選ぶ場合に・・・
材料の「耐摩耗性」「じん性」とその試験方法
工具鋼の技術資料の見方
からだで感じる「熱処理温度」
火花試験をやってみよう
熱処理の不具合(変形・割れ)
表面熱処理
熱処理組織
硬さ換算表の例
その他

全体のサイトマップ