機械構造用鋼の熱処理

機械構造用鋼(例えば、S45CやSCM435など)は、古いJISハンドブックには、標準熱処理条件や機械的性質の資料やデータ類が示されていて、それらは熱処理従事者には便利なものでした。熱処理情報としての表やグラフなどの数値は大変役に立つものでしたが、年を経るごとにハンドブックへの記載事項が増えて、これらの参考事項が削除されていき、JISハンドブックは、単に、規格や項目が示されているだけの、無味乾燥した、使い物にならないものになってきている感じがします。

JISハンドブックに限らず、近年、熱処理関連で、いろいろな基礎的な資料が載った書籍文献の数が減っています。特に、一般熱処理はローテク分野になり下がったのか、研究例や発表例が減っていて、ついには消えていく傾向が強いようですが、当社でも、昔々(昭和年代)からの資料を大事にしていくしか手がない状態です。

旧JIS抜粋

一例ですが、S45Cの焼入れ・焼戻しについて見てみますと、ここには、標準の熱処理条件とその結果の一例が示されています。焼入れは、中心温度の850℃程度に加熱して水冷した後に、600℃程度の焼戻しをすると、200HBW程度の硬さになる・・・ということがわかります。この場合に、これらは、通常、15mm径程度以下の試験片で実験されています。焼入れ性が低い材料ですので、品物が大きくなると、中心部硬さが低下していき、さらに品物が大きいと、表面が十分に硬化しません。
このことを、「質量効果による硬さ低下」といいます。

この程度を確認する方法としては、次項の「化学成分」「焼入れ曲線」「臨界直径」などで推定する方法があります。しかし、推定であり、確実なものではありません。

調質

上記の表に書かれている焼入れ・焼戻し処理は、「適正な焼入れ」と「500℃以上の焼戻し」によって、熱処理品全体の結晶粒や組織を均一化し、 強い鋼にするための熱処理が示されています。これを、焼入れ・焼戻しと言わずに、「調質」と言って区別します。

もちろんここで、ここにあるように500℃以上に焼き戻しをしてしまうと、硬さが表中の数字のように下がってしまいますので、高い表面硬さが必要な場合は、焼戻しで硬さが低下しないように、例えば、180℃というような低温で焼き戻しすることになります。そのためには、焼入れしたままの表面硬さはどのようなのかが知りたい場合も出てきますね。

それについては、①ジョミニ焼入れ性試験データを利用する ②JISなどにある付表データを利用する ③CCT曲線を利用する・・・などが考えられます。しかし、残念ながら、幅広い鋼種に対するデータがないことや、これらを理解するためには、他の資料やいろいろな知識が必要になることもあって、説明するのも大変ですので、 ここでは、簡単な紹介だけにとどめます。

SCM435ジェミニ試験例 ①SCM435のジョミニー焼入れ性試験の例
SCM435調質データ例②SCM435の調質データの例
SK85相当鋼のCCT曲線例③SK85相当鋼のCCT曲線の例


①はジョミニ―焼入れ試験による結果です。ここには焼き戻し後の硬さがあわせて示されていますので、ある温度で焼戻ししたときの内部硬さを推定することもできます。
例えば、焼入れした時の表面硬さを測っておいて、ある温度で焼き戻しした時の表面硬さの低下度合いから、焼き戻しした時の内部の硬さが推定できます。

しかし、残念ながら、このジョミニ焼入れ性試験は、「水」で焼入れしていますので、本来SCM435は油焼入れが標準のため、注意しないといけません。
(過去に、「油冷」のジョミニ試験例を見た記憶があって、探したのですが見つかりませんでした。大同特殊鋼(株)さんのハンドブックには、現在も比較的多くの数表が掲載されています)
これらの図表も過去のものになり、近年ではあまり基礎的な新実験データを見ることもなくなっています。

②は、左端に「焼きならし硬さ」が示されていますが、焼入れ硬さが示されたものもあるので、それらも、参考になります。
また、 JISの参考資料(または、大同特殊鋼さんのハンドブックにも転載)に、 質量効果を考慮したこちらの図などがあります。

③はCCT曲線の例です。横軸の上にビッカース硬さが併記されているものが多いので、それが冷却速度と硬さの関係の参考になるでしょう。ただし、これは、 等速冷却で表示されています。ちょっと使いにくいかもしれません。

実際的に製品の仕様に合った熱処理をする場合は、焼入れしてみるのが最も手っ取り早いでしょう。焼入れ後の表面硬さを測って、硬さを下げていくのは焼戻しの温度を選ぶことで かなり広範囲に表面硬さを調整できます。

JISマーク表示許可工場(いわゆる「JIS工場」)等では、この旧JISにある内容を基に、 自社の社内標準を作って対応することになっていますので、熱処理工場の現場の方は、経験的に硬さの決め方を知っていますので、聞いてみるのが一番かもしれません。


焼ならし

構造用鋼などでは「焼ならし」をした状態で使用される鋼材も多いようです。「焼ならし」の目的は、組織を改善し、焼なまし状態よりも少し高めの硬さにすることで強度を高くしたり、 切削性をよくする目的で行われます。

鋼を製造する圧延過程や鍛造した場合、特殊な形状のものでは、しばしば肉厚の不同部分や鋼塊の部位などで過熱や部分冷却などで組織や結晶粒の不揃いが生じることがあり、 それを「焼ならし」することで改善するために行います。また、均一な温度に再加熱されますので、残留応力が緩和する目的などでも行われます。

近年では、丸棒鋼などは、連続圧延工程で製造されており、加熱冷却工程も高度にコントロールされているために、圧延過程での不具合要素はほとんどなく、かなり一定の品質になっているので、表面硬さを測定すると、焼ならししなくてもいい状態になっているものも多いでしょう。ただ、特に、再加熱した時のオーステナイト化温度で結晶粒の大きさが調整されるので、焼ならしの知識は持っておいたほうがいいでしょう。

【焼ならしの方法】  焼ならしの方法は、JISなどで指定された温度に加熱して放冷する操作を言います。
結晶粒の調整が目的ですので、加熱温度は焼入れ温度と同様の温度又は20-30℃高めの温度をとることが多く、 また、冷却については、均一に冷却されるように工夫されるとともに、しばしば、組織的な調整や硬さの調整を要求されることもあるので、冷却操作で「放冷」する以外に、「衝風空冷」などで冷却速度を変えて硬さ(引張強さ)などを調整する場合があります。(上記の表中の硬さ数字は、25mm径程度の試験片による数値が示されていますが、大径になるとここに示された硬さ以下になります)

【ノルテン】業界用語ですが、焼ならしして、さらに硬さの調整をするために焼戻しをすることを「ノルテン」といいます。
焼ならしの英語表記はNormarizingで、熱処理加工工程記号では「HNR」ですが、細丸棒などは、空冷操作で硬さ(引張強さ)が300HBを超えるなど、加工性が悪い状態になる場合は、焼き戻しをして硬さを調整することがあり、これを、業界用語では(ドイツ語読みとからめて)「ノルテン」と言われます。


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JIS硬さで焼入れをお願いします?・・・の危険性

熱処理を受託するときに、暗黙の了解事項がいろいろあります。本来は事前に打ち合わせして熱処理仕様を決めることになっていますが、依頼者受託者ともに慣れてくると、「標準仕様」になってしまって、暗黙事項を知らないためにトラブルになる場合も出てきます。

たとえば、品物が大きくなると表面硬さは低下する。硬さを確保したいなら、焼戻し温度が低くなる。検査位置は、働き部分(必要な部分)を測定するが、グラインダで手入れして測定する。普通は重心位置を測定するので、どこでも測定できない。表面硬さ鹿検査しないので、内部の硬さは不問である・・・など、たくさんあるのですが、ほとんどは両者が理解しているので問題はないのですが、S45Cで300HB以上の硬さで調質したはずなのに、仕上げ加工後に表面硬さを測ったら200HBしか出ていない・・・。などの問題が生じてしまうこともあるのですが、最終的には「業者が事前確認を怠った」ということですが、こういう問題を予測できるようにしてここでは書籍に書いていない内容を説明していきます。(硬さ測定の項目などにも紹介しています)

熱処理後の硬さ指定の要求があれば、測定位置の硬さが目的硬さになるように焼戻し温度を決めて熱処理されますが、極端に言えば、その他のか所の硬さは形状、鋼材の焼入れ性などで、必ず同じではありません。

しばしばお客様が、機械構造用鋼(例えばSCM435)の調質を依頼される際に、「JIS硬さで・・・」とおっしゃる方がおられます。これは、上記でも書きましたが、旧のJIS規格に、上記に示す硬さなどが記載されていた名残ですが、熱処理業者としては、これを、「検査する表面硬さが、旧JISにある硬さ範囲にする・・・」というように受け取っています。

そうすると、たとえば、SCM435でφ100のように品物が大きくなると、標準的な条件で調質すると、質量効果のために焼入れ硬さが不十分なために、500℃以上の温度で焼き戻しできないということが発生しますし、さらに、内部の硬さはかなり低いことは事前の打ち合わせなどで周知されていないといけないのですが、現実には、これは難しいことです。

調質は、各部の機械的性質を均一にするために高温で焼き戻す必要があるのですが、品物が大きくなると、要求する硬さが出ないうえに、焼戻し温度が低いと、表面と内部の硬さの差(=機械的性質の差)が出ます。(こちらを参考にしながらお読みください) それを上記の標準の条件で焼入れすれば、 表面硬さが40HRC(370HBW)程度になり、それを焼戻し記載温度の低めの550℃で焼き戻しすると、表面硬さは26HRC(259HBW)程度となって、上記の硬さから外れることになりますので、この時、表面硬さが上表に示す範囲に入れたいのであれば、450℃程度の焼戻しをしなければなりません。そうすると、温度範囲がJIS表記から離れる上に、表面と中心との硬さの差が広がってきますので、本来の「調質」の概念から外れるという問題が出てきます。・・・こういうことを、熱処理する前に話されて、理解したうえで注文してくださいということも難しいし、聞く側も、そこまで望まないでしょうが、でも、いろいろな問題をはらんでいることは理解できますか?

熱処理依頼時には、ほとんどが「熱処理の種類」と「硬さ」だけの取引で、上記のような表面硬さと内部硬さの違いを打ち合わせることはありません。もちろんこれらは、設計時に検討されておかなければならない問題ですが、高度な知識や裏付けが必要ですので、おおくは、それを問題にすることもなく、スルーされているといっていいでしょう。このために、これが人身事故になれば検討されるのですが、ここには、むずかしい問題を含んでいます。


焼いてみないとワカラナイ?

この言葉も、何度か出てきていますが、すこし紹介します。
昔(1990年ごろ以前)は、当社の社内ではしばしば「焼いてみなければわからない」という言葉を耳にしました。現在のように、空気焼入れ鋼と呼ばれるような、焼入れ性の高い高級鋼が少なかったために、質量効果や形状が関係して、十分な硬さが出にくかったためでしょうか・・・。

「この品物は、どのくらいの硬さになるのか?」「十分な硬さが得られるのか?」などはお客様(設計者)にとっては大事な問題ですが、 熱処理を請け負う側(業者)では、焼入れ硬さはともかく、「変形に対応しないといけないので、冷却速度をコントロールして、硬さを犠牲にしないといけない」ということや、「他の品物と抱き合わせで処理しないと、納期が間に合わない」、「しかし、そうすると、若干低めの焼入れ温度になって、さらに硬さが出にくい」・・・などのいろいろな問題が内在しています。

もちろん、 最高の品質となる熱処理条件は1つしかないのですが、業者としては、効率や利益を考えないといけませんし、特殊な費用を提供していただければいいのですが、そのような熱処理加工者の思惑を説明したり理解していただくことは至難の業ですので、つい「焼いてみないと・・・」と言ういい方になっていたのかもしれません。
そして、そんな取引でも、(信頼関係でしょうか)問題になることはありませんでした。

以上、今日では、焼入れ性の高い鋼種が増えていますし、熱処理の標準化も進んでいますので、過去に比べて、熱処理がやりやすく、問題が起きない状況になっていますが、設計者(熱処理依頼者)が、基本的な熱処理設計に必要な知識をある程度理解して、さらに、鋼材供給者や熱処理業者側などの問題点を知ることが、より良い製品が得られることにつながるということになる例を紹介させていただきました。


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熱処理用試験片

熱処理用の試験は、一般的には、15mm(角・丸)程度以下の試験片を用いて試験されていると考えていいでしょう。
そのため、機械試験(例えば、引張試験など)については、品物が大きい場合には、試験片の採取について、充分に検討して理解しておく必要があります。

たとえば、50mm径のS45Cの品物に対して、 JIS4号の引張試験を要求されていた場合に、①製品と同形状のものから熱処理後に指定位置で削り出した場合と、②つかみ部分の径(例えば25mm)の棒鋼を熱処理して、試験部分の14mm径を削り出して試験するのと、③ほとんど試験片形状に削り出しておいて、熱処理後に仕上げ加工をして試験するのでは、結果が異なります。当然、同じ熱処理をしても、硬さも異なる結果になりますし、その機械的性質も変わってきます。

このような文章にすると、質量効果の影響で、試験結果が異なるだろうということが何となく理解できますが、設計段階で、このことが理解されていないことがしばしばあるのです。

一般的には、硬さは試験片のつかみ部分で確認しますので、 引張部分(試験片の14mm径の部分)の硬さについては、①②③で異なってきます。このために、材料取りをどうするか、試験片の硬さについてはどうなのか・・・などについて、 設計段階で考えておかねばなりません。つまり、試験片と製品の硬さが異なる可能性があれば、硬さに対応した試験をするためには、 試験片だけを別熱処理しないと評価ができないという要求の場合も出てきます。

次のページでは、工具鋼などの焼入れについて説明します
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