炭素の量で焼入れ硬さが決まる

焼入れして硬化するには鋼に「炭素」が必要です。
(鋼と炭素の関係は→こちら も合わせて参照ください)

下図のように、鋼中の炭素量の増加に伴って、焼入れした時の硬さが上昇していきます。このために、鋼に含まれる「炭素量」は非常に重要で鋼の性質を決める最も重要な元素です。
炭素量と最高硬さの関係図
炭素量と硬さ(2)
このように、いろいろな図がありますが、これらから読み取る内容は、基本的には同じで、細部にはこだわる必要はないでしょう。

ここで、この縦軸の「焼入れ硬さHRC」はロックウェル硬さ計を使って焼入れ後に測定した硬さです。

工具に必要な「硬さ」を平たくいえば、58HRC程度以上の硬さであれば包丁などの「刃物」として使用できる硬さで、カミソリの刃先が63HRC程度の最高硬さの部類であり、鉄グギなど0.1%以下の炭素量の鋼の硬さは5HRC程度で最も柔らかい状態・・・という数値です。
この鉄グギなどは低炭素鋼ですので、焼入れで急冷しても硬くすることはできません。

この炭素量と硬さの図は、「素地の炭素量がわかれば、最高硬さが推定できる」ので、炭素鋼だけではなく工具鋼などでも、非常に役に立つ便利なものです。

熱間鍛造用の金型などでは、硬すぎればすぐに割れてしまいますので、たとえば、45HRC程度の硬さが適当硬さだとすれば、0.6%以上の炭素量は必要がない (C量が高くないほうがいい)・・・ということがなんとなくこのグラフからイメージできるでしょう。(これらの工具鋼については後で説明します)


ここでは、
1)焼入れすると、マルテンサイトという状態になり、硬くなる
2)炭素量とともに、焼入れ硬さが上昇する。
3)0.6%C以上で最高硬さは高止まりして、それ以上高くならない。
というところがポイントです。

【注意】これらの図は、いろんな所で紹介されていますし、他にもよく似た図もあるのですが、残念ながら、試験条件などの詳細な内容がよくわかりません。そのために、この図の見方として、C量とともに硬さが上昇すること、マルテンサイト量が減れば硬さが低下し、合金鋼になればその硬さ低下度合いが小さくなる・・・という程度で見ておくのがいいでしょう。


マルテンサイト

鋼は、鉄と炭素の合金で、おおむね、0.1%以上の炭素を含有する鋼は焼入れ温度に加熱(赤熱)して急冷することにより硬化します。(それ以下の炭素量では、焼入れしてもほとんど硬くなりません)

これは、急冷することによって、非常に硬いマルテンサイトという組織が生成して硬くなるためです。(→マルテンサイト等の組織例を参考に)

一般的な熱処理解説書には、「焼入れとは、鋼を変態点以上に加熱してオーステナイト組織 (面心立方格子)の状態から急冷されることによってマルテンサイト組織 (体心正方格子)に変化させることで硬化する・・・」というように説明されます。

焼入れ冷却中は、このマルテンサイトが生成する温度まで急速に冷却することによって、他の、柔らかい組織が出ないように、早く冷やすことが求められます。

速い冷却が必要な鋼種には焼入れ時の冷却方法は「水冷」と指定されていますが、焼入れ性がいい鋼種では、「油冷」「空冷」というような、比較的遅い冷却の場合でもマルテンサイトが生成して硬化します。

焼入れした時に冷却速度が遅くてマルテンサイトが生成しない場合は、パーライト、ソルバイトなどの、マルテンサイトと違った組織に変化しているということになります。
CCT曲線の例
この図はSNCM435のCCT曲線です。(これについては、別に説明します)
丸がこみの数字は硬さで、冷却速度が遅くなると、硬さが低下しています。また、英字は組織を表しており、Mがマルテンサイトで、冷却が遅くなると、その他の組織(A、B、Fなど)が焼入れ中に析出すると、硬さが低下してきます。
【参考】A:オーステナイト B:ベイナイト F:フェライト


常温では体心立方構造の鋼は、赤熱する温度に加熱された高温状態では、面心立方結晶構造に変化します。(→こちらを参照)
その組織は、オーステナイトの状態になっています。

オーステナイトは「γ(ガンマ)」と表記される場合も多くあります。

鋼の炭素量が0.1%を超えてくると、急冷によって、組織の一部が体心正方格子の結晶構造のマルテンサイトに変わって硬くなります。
この操作を焼入れと言います。

炭素量が約0.8%程度の共析鋼では、全組織がマルテンサイトに変わります。
それ以下の炭素量の亜共析鋼(例えば0.4%炭素鋼など)は、全部がマルテンサイトにはなりません。(→こちらの組織を参考に)

また、炭素量が0.1%以下のオーステナイト系ステンレス鋼は、急冷することで、常温でも安定なオーステナイト状態になっています。

この組織は耐酸化性が高いもので、硬さもかなり低い状態になります。
この操作は「焼入れ」とは呼ばないで溶体化処理という言い方をします。

このマルテンサイトは、焼入れることによって硬くなっている組織を見つけたドイツ人のマルテンスさんにちなんで「マルテンサイト」と名付けられたもので、焼入れしたままの、観察用の腐食液で腐食しにくい状態のものを「αマルテンサイト」、少し(180℃程度に)温度を上げると、少し組織変化をして腐食しやすくなるのですが、それを 「βマルテンサイト(焼戻しマルテンサイト)」と区別されます。

焼入れ温度に加熱した状態(「オーステナイト化」ともいいます)の結晶構造は面心立方晶ですが、焼入れすることで、 αマルテンサイトの体心正方晶になっていて、βマルテンサイトは体心立方晶になっていることなどからそれの違いを区別されるとか、ε炭化物が析出して構造が変化する・・・などの説明もありますが、あまり良くわかっていないところもあるのですが、多くの鋼では、180℃程度の焼戻しをすると、急激に衝撃値が上昇します。このことは覚えていてもいいでしょう。

このように、焼入れ後に再加熱することによって、鋼を強靭なものに変える操作を焼戻しと言います。

【残留オーステナイト】
Mn(マンガン)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)等の合金元素を含む鋼では、焼入れしても、すべてが変態しないで、一部にオーステナイト組織が残るものもあります。それを「残留オーステナイト」と言います。

「オーステナイト」はやわらかく展延性に富んでいるために、残留オーステナイトは、ショックアブソーバーとなって、じん性(耐衝撃性)が向上するなどの良い面がある反面、十分硬くならないことやその他の欠点もあります。

焼入れにおける残留オーステナイトについては非常に重要で、これに対する内容の説明が出てきますので、記憶しておいてください。

【焼入れ冷却速度が遅いと】 
焼入れ時の冷却速度が遅いと、体心立方晶の組織(パーライトなどのマルテンサイト以外の組織)が晶出しますが、「焼入れ」の経過によって、結晶構造や組織、機械的性質などが変化します。
(この説明は、いろいろなことを付け加えて説明しないと理解し難いのですが、ここではこの程度のイメージでとらえておいてください)


残留オーステナイトについて

焼入れした鋼の中に残っているオーステナイトは「残留オーステナイト」と呼ばれます。 

残留オーステナイトが多くなると、①焼入れ時の硬さ低下 ②弾性限の低下 ③経年変化が出やすくなる ④着磁力の低下する ・・・ などの影響(多くは悪影響ですが)がでてきます。

経験的なことですが、換算表にあるようなショアー硬さとロックウェル硬さの相関が崩れますし、ショアー硬さがでなくなる・・・という現象も出てくることを経験しています。

適度な残留オーステナイトはじん性を向上させ、ショックアブソーバーとなって、焼き割れや使用中の割れを防ぐという「良い影響」もあると言われています。しかし、当社で製作している金属せん断刃物で、高負荷が加わる刃物については、残留オーステナイトはできるだけ少ないほうがいいと考えており、 刃先のような微小部分に大きな力を受けるものや、変形生じるような力をうける製品は、焼入れ温度の管理や高温焼戻しによってそれを少なくするのことを基本として考えています。

これとは正反対で、摩擦摺動面などで、残留オーステナイトが残っている品物の最表面が変形を受けてマルテンサイトなどに変わることで、その部分が硬化して、 耐摩耗性が向上するという「加工誘起マルテンサイト」についての考え方もあります。

これについては、CrやNi量の多いステンレス鋼の削り加工時に、急に削りにくくなることを経験することがあります。これには、加工部分の組織の微細化などによるものもありますが、加工誘起マルテンサイトの生成が関係しており、着磁する状況が見られたり、耐食性が低下、破損などにつながることがあります。

この残留オーステナイトについては、未知の問題を含んでおり、非常に興味深いものと言えます。

SLDの残留オーステナイト 日立金属技術資料SKD11の残留オーステナイト量
【焼戻しでの残留オーステナイトの減少】
残留オーステナイトは、焼戻し温度が400℃以上になると分解し始め、多くの鋼種は、550℃以上でほとんどゼロ%ちかくになりますので、 高温焼戻しをする高速度鋼などの鋼種であれば、それを懸念することは少ないと言っていいでしょう。

そのほか、サブゼロ処理によっても減少します。
しかし、液体窒素温度までのサブゼロ処理でも、完全に消失しない鋼種も多いので、 サブゼロ処理での消失を過信しないように注意する必要があります。

当社での特殊な例として、航空機部品などで残留オーステナイトを嫌う熱処理品では、サブゼロと高温焼戻しを繰り返して、 それをほとんどゼロにしているなどの例がありますが、厳密にいうと、完全になくすのは難しく、熱処理費用は非常に高価になります。(下記のサブゼロの項もあわせて参照ください)

ナイフや工具に多用されるSKD11に代表される冷間工具鋼では、 通常の焼入れをして、200℃前後の低温焼戻しをすると20%以上という、かなりの量の残留オーステナイトが残っていますが、その状態のシャルピー衝撃値などが高いことから、硬さとじん性を兼ね備えた、この熱処理条件で熱処理されている場合がほとんどです。

打ち抜き用の刃物などでは、 それが問題になるほど、高負荷の状態ではないと考えていいのですが、ゲージや超精密部品には適当な熱処理とは言えないでしょう。

ナイフや工具に使われる合金量の多い高合金工具鋼では、 Mf点(焼入れによってマルテンサイト変態が完了する温度)が常温付近やそれ以下のものがあるということも残留オーステナイトが多くなる原因の一つです。

さらに、実際の熱処理作業では、割れ(焼割れ)の危険を避けるために、完全に品物が冷えないうちに焼戻しに移行する場合も多いという操業上の理由も加わって、焼入れした後には、熱処理データに示された以上に、かなりの量の変態しないオーステナイト組織が残ってしまいます。

焼入れした後の残留オーステナイト量は、鋼種(成分)によって異なります。上図は日立金属の代表鋼種であるSLD(SKD11相当)の例で、この鋼種の標準焼入れ温度は1000-1050℃となっていますが、焼入れ温度が高いとそれが増加しているので、絶対に、指定の焼入れ温度範囲を超えてはいけないのが鉄則になります。

また、焼入れ時の冷却速度が遅い場合は、それが増加するというデータもあります。興味ある方は日立金属のSLDの関連資料を確認いただいたらいいのですが、熱処理操作における焼割れ防止対策などで、大きく状態が変化しますので、単純には説明しにくいこともたくさんあって、この残留オーステナイト問題は、いろいろな内容を含んでいます。


残留オーステナイトは曲者?

当社で、熱処理の仕方(特にサブゼロ処理の方法)による残留オーステナイトの量を調べた実験をしたことがあります。

通常の熱処理をしても20%程度以上残留するとされるSKD11などの冷間工具鋼について、 焼入れ温度や冷却速度を変えた冷却条件で焼入したあと、 Mf点以下に温度で、保持温度などの条件を変えてサブゼロ処理やクライオ処理をしたのですが、 教科書や文献になどにあるような結果にはならずに、オーステナイトが分解しない300℃以下の焼戻し温度範囲では、残留オーステナイトが完全には消失することはなく、 いずれも、数%のオーステナイトが安定化して残っていました。

多くの書籍には、「サブゼロ処理によって残留オーステナイトをなくす」という表現がありますが、一連の実験では、SKD11やその相当鋼では、いろいろな処理をしても、 それを1%以下にすることはできませんでしたので、「無くなる」のではなくて、特に高合金鋼では、「少なくなる」という表現が無難なところでしょう。

この、液化ガスを使ったサブゼロ・クライオ処理は費用がかかりますので、よほど特殊な要求が無ければ、それに変えて560℃以上の焼戻しで硬さの出る鋼種を検討するほうが、全体費用の面では有利といえるかもしれません。



熱処理コラム
マルテンサイトの話

鋼のマルテンサイトは「硬い」と説明しました。鋼の焼入れにおいては「マルテンサイトは硬い」とイメージしておいていいのですが、必ずしも、「マルテンサイト=硬い」ということはありません。

「鋼を焼入れして硬くなるのは、マルテンサイトという結晶構造になって鋼が硬い・・・」ということですが、近年「形状記憶合金」や 「加工誘起マルテンサイト」などというニュースでもマルテンサイトというそれに関係する言葉が出てくることがあります.
これについて簡単に紹介しておきます。 

例えば、形状記憶合金(ニッケル-チタン合金が有名)は、焼入のような急冷操作によってマルテンサイト化し、その状態では柔らかいのですが、それに力を加えて変形をさせた後に焼戻しするようにその温度を上げてやると、加工を加える前の形状に戻る・・・という優れものです。

このNi-Ti合金は、形を成型した状態で、400-500℃程度に加熱して冷却すると、その形状を記憶しており、変形を加えても40-100℃程度に加熱すると、記憶した形状に戻るというものです。

これには、熱処理や材料を考えるうえでも重要な内容を含んでいますが、ここでは割愛します。

次に、加工誘起マルテンサイトという言葉を耳にしたことがありませんか?
加工などによって、品物に外力が加えられて変形した時に、オーステナイトがマルテンサイトに変態するという現象などですが、硬さの上昇や疲労強度が低下する・・・多くは、好ましい変化ではありません。

この残留オーステナイトや加工誘起マルテンサイトなどについては、品物の破壊現象の解明や材料強化を考えるうえで興味深い内容といえるかもしれません。



↑このページの上へ

焼入れ関係の項目

***1ページ***
1. はじめに
 紛らわしい熱処理用語について

  ※コラム 業界の熱処理用語
2. 焼入れ
 焼入れ操作

 焼入れ
3. 熱処理と強さと硬さ
 ※コラム 焼入れでは機械的性質が変わる

***2ページ***
4. 炭素の量で焼入れ硬さが決まる
 マルテンサイト
 残留オーステナイトについて
 ※コラム マルテンサイトの話

***3ページ***
5. 不完全焼入れ
6. エムエス(Ms)点・エムエフ(Mf)点
7. 焼入れ性
 大きさと成分で変わる表面硬さ

 焼入れ性
 ※コラム 高硬度鋼

***4ページ***
8. 焼入れ性を増す合金元素
 合金が多いほど機械的性質が優れる?
 ※コラム レアメタル・レアアース
 質量効果と臨界直径
 最大有効直径
 有芯焼入れ

***5ページ***
9. 焼入れ温度
 熱処理用試験片
 変態温度と熱処理温度
 焼入れ保持時間
10. 焼入れ時の冷却

***6ページ***
11. 機械構造用鋼の熱処理
12. 調質
 調質で知っておくべき問題点
 焼いてみないとワカラナイ?
13. 焼ならし
14. 固溶化(溶体化)熱処理

***7ページ***
15. 工具鋼などの合金鋼の焼入れ
16. 硬さと炭素量が最重要
 市販鋼種の標準熱処理温度について
 鋼種を考える場合は・・・
 焼入れ硬さが出にくい鋼種の対応
 焼入れによる寸法変化(変寸)

***8ページ***
17. 標準熱処理ではない熱処理をすると・・・
 熱処理の可能性や未知の領域
 熱処理のシミュレーション

***9ページ***
18. 熱処理を説明する図表
 恒温変態曲線(S曲線)

 連続冷却変態曲線(CCT曲線)
 恒温熱処理の図について

↑このページの上へ


   

熱処理ページ目次

トップページ (INDEXのページ)
鉄と鋼の状態を理解しよう
焼入れについて(9ページ)
焼戻し(2ページ)
焼なましについて
熱処理設備
硬さおよび硬さ測定
工具材料を選ぶ場合に・・・
材料の「耐摩耗性」「じん性」とその試験方法
工具鋼の技術資料の見方
からだで感じる「熱処理温度」
火花試験をやってみよう
熱処理の不具合(変形・割れ)
表面熱処理
熱処理組織
硬さ換算表の例
その他

全体のサイトマップ