第一鋼業~熱処理はどのようにすればいいですか?

このページでは、「焼入れ」について説明します。 鋼の熱処理では重要な項目ですので、おさらいを兼ねて、最初にその他のいくつかの項目を確認してから本題に進みます。
サイドメニューで目的の項目をさがしてお読みいただくのもいいでしょう。

はじめに

紛らわしい熱処理用語について

熱処理用語には、「焼入れ」のほかに、よく似た言葉が出てきます。
焼戻し」「焼なまし」「焼ならし」「焼入焼戻し」・・・などです。

まずこの表記ですが、通常の文字変換では出てこないのですが、JISの表記法ではこのようになっているので慣れるしかありません。

しかし、この文章もパソコンで書いていて、訂正されていないところもあるので気にしないようにしていただくしかないのですが、これらJISの用語は、JISが制定される前に、熱処理工業会の団体規格で決められたものが継承されて残っているものです。

下の4つが混同しやすい用語ですので、次の概要をイメージしておいてください。

1)焼入れ : 鋼を硬くする操作。(加工記号はHQ:クエンチ)
2)焼戻し : 焼入れした後で、硬さを下げたり、強靭性を増す操作。
         (同 HT:テンパー)
3)焼なまし :鋼をやわらかくしたり、応力を除去する操作。
         (同 HA:アニーリング)
4)焼ならし : 組織や硬さを均一にする操作。
         (同 HNR:ノーマライジング)

これらの熱処理操作(温度の上下や時間的な処理)をすることによって、鋼の硬さだけではなく、組織、機械的性質、化学的性質、その他が変わります。
それらの操作を総称して「熱処理する」といいます。

ここでは主に、鋼を硬くする「焼入れ」を取り上げますが、それに引き続いてセットで行なう「焼戻し」も通常はワンセットになるので、これもあわせて説明しています。


熱処理コラム
業界の熱処理用語

「焼入れ」は、英語ではハードニングHardening ・ クエンチハードニングQuench-hardening などと称されますので、熱処理業界の人は、「焼入れする」と言わないで「クエンチ」や「クエンチング」などと言う人もいます。

また、JISの加工記号で、焼なまし=HA ・焼ならし=HNR ・焼入焼戻し=HQ-HT  と表記されますので、それをそのまま「エッチエー」「エッチキュー」などと言うのですが、この言い方は熱処理の現場では何の違和感もなく使われています。

また、JISの加工記号の熱処理の分類は「H」が最初にきますので、古くから焼入れすることを「エッチする」、焼入れ・焼戻し(または調質のこと)を「マルエッチ」などといいます。

さらに「マルエッチ」という言葉もよく聞かれます。 これは、Hをまるで囲んで焼入れすることを表現していたことに起因し、焼なましは「マルエー」、焼ならしは「マルエヌ(または「ノルマ」)」などで呼称されています。

 慣用的な用語の例

当社の熱処理現場では、焼入れしたままの状態の品物を「アズキュウ(AS-Q)」、調質した品物を「マルエッチ品」といった会話が交わされていますが、年々、これらを聞く機会は少なくなっている感じがします。

真面目くさった顔で 「マルエッチする」「エッチする」と言っているのは、初めて聞く人には不穏な感じがすると思うのですが、当事者は「知らぬ顔」なのが面白いですね。

その他では、丸棒鋼のJISに「熱間圧延丸棒鋼」というのがあって、これに関する業界用語で、メーカーで丸棒鋼に圧延されたものを 「アズロール材(As-roll)」、また、メーカーが出荷するまでにある程度の強度に熱処理(調質)されたものを 「メーカーマルエッチ材」、 焼きならし済みのものを「メーカーマルエヌ品」などと呼ばれることもあり、これらも同じような業界用語と言ってもいいでしょう。



焼入れ

焼入れ操作

熱処理パターン

この図は、熱処理の工程を表したもので、熱処理線図と言われるものです。

この図は、左から右に時間経過しており、品物を加熱炉(炉)に入れて、それを段階的に目的温度(焼入れ温度)まで温度を上げて、焼入れ温度になった後に急冷する操作が「焼入れ」で、通常は焼入れに続いて「焼戻し」をする・・・という工程の時間経過の様子が示されています。

「焼入れ」をすることで鋼は硬くなります。 この硬い状態は、品物に高い内部応力がかかっており、そのために割れやすい「もろい(脆い)」という状態になっているために、通常は、焼入れ操作のあとは、時間を置かずに次の「焼戻し操作」をします。

この焼戻しによって、応力の緩和や組織の変化で「ねばさ」「強靭性」が増します。

この急冷(図の冷却方法1)は、鋼種によって決まっており、水冷、油冷、空冷などの方法で冷却することで硬化します。


焼入れ

焼入れの効果を出すために採用する温度(これを「焼入れ温度」といいます)や冷却の方法は、鋼の化学成分と深い関係があります。

そのために、すこし専門用語を加えていうと、『鋼を変態点以上の決められた温度に保持した後に「急冷」する操作』を「焼入れ」と言います。

この変態点は、700-800℃程度の温度にあって、この上下で鋼の結晶構造が変化します。 変態点は鋼の化学成分や加熱冷却時の速度(温度変化の速さ)で異なります。

変態点以上に加熱して、焼入れすることで十分硬化させることができる温度を「焼入れ温度」といい、その操作を「オーステナイト化する」というように表現する場合があります。

焼入れ温度は鋼種ごとにJISや鋼のカタログなでに示されています。

つまり、焼入れして硬化させるには、オーステナイトという結晶構造(組織)の状態に温度を上げることが必要になります。

冷却の仕方の重要性

一般的にいうと、焼入れは「硬くする」ために行うもので、十分に硬化させるためには、加熱温度と冷却速度が重要になります。

「急冷」は、硬くするための冷やし方をいいます。
水に入れる「水冷」を「水焼入れ」、油に入れる「油冷」を「油焼入れ」といいますが、鋼種によっては空気中に放冷する(「空冷」)ことで焼入れ硬化する鋼種もあり、これも含めて「急冷」と表現していますので注意ください。

急冷の反対は「徐冷」と表現されます。
たとえば「焼なまし」では、炉の中でできるだけゆっくり冷やすことで、鋼が非常に柔らかくなります。 この、加熱炉の中でゆっくり冷やすことを「炉冷」といいます。

【適正な焼入れ温度】 
このために、適当な加熱温度を外れないように加熱する必要があり、この加熱温度を「標準焼入れ温度」といいます。

JIS規格や鋼材のカタログなどには、鋼材の鋼種ごとに「温度」や「温度範囲」「冷却方法」が示されています。

その指定の温度に加熱して、指定の冷却材(水・油など)で冷却するのが焼入れの操作です
(焼入れ操作の実際の様子は、こちらのページ中ほどの動画を参考にしてください)

硬いとは強いこと」ですので、焼入れをすることによって強い刃物や工具などを作ることができます。

【焼入れに似た処理】
含有する炭素量の少ないオーステナイト系のステンレス鋼は、耐食性を増すために、高温の状態から水冷する処理をします。

これにより「柔らかくて耐食性が増す」のですが、これは「焼入れ」とは言わずに溶体化処理(固溶化処理・水靭など)といいます。

これについては、別に説明します。


熱処理による強さと硬さ

【強さ=硬さ ・・・です】 
大雑把な言い方ですが、熱処理(焼入れ・焼戻し、焼なまし等)によって硬さや強さ等の性質を変化をさせるということです。

この「硬さ」は引張強さなどの「強さ」と相関があります

(注)「硬さ」という表記もJISで定めた言い方ですが、「硬度」という言い方をする方もたくさんいます。硬さを測る計器は「硬さ計」ですが、これも、「硬度計」という方が多いのですが、これも、馴染んでいくようにするしかありませんね。

硬さが高くなると、引張強さが増加しますので、「強さ」を上げるために熱処理(焼入れ)は硬さを高くする熱処理・・・ということになります。

このために、通常の品物が正しく熱処理できているかどうかは、測定が比較的に簡単なことから、「硬さ」測定によって確認します。

逆に、硬さ以外の試験・検査は、要求がなければほとんど行うことはありません。

多くの硬さ換算表には、硬さと引張強さの関係が示されていますし、カタログやメーカーの技術資料には、硬さとその他の機械的性質の関係を示すデータがあるので、硬さによってそれらを推定することができるようになっています。

【耐摩耗性とじん性】 
一般的には、硬さが高くなると耐摩耗性が上昇します。逆に、衝撃値は低下します。

工具などでは、耐摩耗性を高くするには硬さをあげ、刃欠けが生じる場合には、じん性を上げる必要性から硬さを下げる・・・という硬さ調整をすることになります。

これは主に、焼戻し時の温度調節によって硬さを調節します。
もちろん、必要な硬さ(強さ)が出るかどうかは、鋼種の成分値と品物の大きさによります。

これを鋼材の成分に関係する「焼入れ性」や大きさに関係する「質量効果」という言い方をされる場合がありますが、これらは後で説明しますが、定量的に評価できるものでないために、非常に不親切な言い方です。

【調質】 
機械部品などには機械構造用炭素鋼や低合金鋼を用いる場合が多いのですが、これらは、強靭性が重要になるので、硬さを出すために必要な炭素量は0.5%以下になっており、それを焼入れして、表面の硬さが高い状態になったものを比較的高温の500℃以上の焼き戻しをすることよって、表面と内部の硬さの差を少なくする熱処理(=調質)を行うことが主体となっています。
SCM435調質
この図では、550℃以上の焼戻しをすると、焼入れ時にあった表面と内部の硬さの差が小さくなっていることがわかります。

この「調質」は、もちろん、焼入れ・焼戻しの一種ですが、硬さを上げることよりも「強さ」を出す意味なので、わざわざ「調質」という言い方をします。

もちろん、このような鋼材でも、表面の硬さが必要な用途の場合は、高温で焼戻しする必要はなく、必要な表面硬さに合わせて焼戻ししますが、その場合は、調質ではなく、焼入焼戻しという熱処理の呼び方になります。

【高張力鋼板】 
高張力とは、「高い引張強さ」のことですので、「高張力鋼板」とは、文字通りに高い引張り強さを有する鋼板です。

ただ強いだけではなく、「構造用」として、溶接や曲げ加工などができるようにするために、比較的低炭素になっています。

通常の軟鋼(たとえばSS400などの「普通鋼板」)以上の強度の高い鋼板を高張力鋼板と言われ、現在では、調質鋼をしのぐ、非常に強い1000Mpクラスの強さを持った鋼板が開発されています。

しかし、この「高張力」という呼び方は、通常の普通鋼板「SS400」(引張強さは400Mp≒40kg/mm2程度)に対して高張力である・・・というだけで、このHPで説明するような、焼入れをして強度を上げることができる鋼材(調質鋼)とは根本的に異なります。

例えば、S45Cを焼入れ焼戻しすると、(小さな品物では最高で)2000Mp程度の引張強さがえられますが、炭素量が高く、溶接しにくいうえに、後処理(熱処理)などをして溶接部からの割れなどを防ぐ必要がありますが、高張力鋼板では、その後処理がほとんどしなくても良い・・・という特徴があります。

この高張力鋼板は、メーカーで各種の熱処理はされていますが、再度、焼入れ焼戻しをするものではありませんし、焼入れしても高い硬さはえられません。

【強さの限界】 
引張強さは、硬さとともに上昇します。

しかし、およそ200kg/mm2(55HRC程度)以上になると、硬さとの相関がなくなってきて、それ以上に硬さをあげても引張強さは上昇しません。(逆に、硬さをあげると、低下してきます)

むやみに硬さを上げることだけにこだわるのは考えもので、鋼種に応じた最適な硬さがある・・・ということが言えます。

【成分系】 
一般的に、工具に使われる鋼は、様々な合金元素で構成されており、工具類で「切削工具」などのように、非常に高い硬さと耐摩耗性が必要なものは、当然、炭素量が高く、さらにそれを助けるための合金元素が含まれています。

反対に、熱間で用いられる工具などでは「高温強度」「耐熱性」などの性質が必要なために、炭素量が0.4以下程度に抑えたものが多いのですが、何よりも、炭素量による影響が大きいということが言えます。

鋼は、使用する目的に合った「鋼種」を選んで、熱処理して用いるのが基本です。

鋼には、いろいろな特性を高めるために、様々な合金元素が添加され、新鋼種も開発されていきますが、残念ながら、合金量を増やせばいいというものではありません。

「絶対的に良いオールマイティーな鋼種」といものはありません。 そのために、特に長寿命を期待したい工具や部品などでは、鋼種を決めて、目的とする性質が発揮できるように熱処理することが大切になります。

コラム

焼入れによって機械的性質が変わる】 
SKD11の1cm角の1mの熱処理しない棒の両端を、 「はり」のように支えると、中央部がたわみますが、 それに対して、60HRCに焼入れ焼戻ししたもののたわみ量を比較すると、どうなるのでしょう。

この質問をすると、多くの人が、「焼入れして硬化させたもの方が「たわみ」はかなり少ない」と予想します。しかし、実際にやってみると分かるのですが、たわみの大きさは、どちらも変わりません。

なぜなら、焼入れ焼戻しなどの熱処理をすると鋼は 「硬く、強く」なって、引っ張り強さや圧縮強さ(およびそれに伴って、耐力など)が増すのですが、弾性変形域で働く「ヤング率」などの物理的な性質は熱処理では大きく変えられない性質だからです。

長尺の焼入れした品物でも、エアリー点、ベッセル点などと呼ばれる、2点で品物を支えたときに、最も曲がりが少なくなる点は変わりません。

エアリー点

エアリー点:両端面が鉛直に平衡となる支持位置。(WEBの画像をコピー)

つまり、熱処理して鋼の強度が上がると、曲げても元に戻る範囲(弾性限)を大きくできますので、外力に対しては永久変形しにくくなり、 変形後に元に戻ってくれる性質が付加されるのですが、 断面積の小さな細長い品物では、自重のタワミは、鋼の持つ基本的性質(=物理的性質)なので、たわみの量を少なくすることは、熱処理ではどうにもできません。

焼入れの項目は次頁以降にまたがっています。目次を参考に。 →次ページへ

↑このページの上へ


(来歴) H30.1 ページ分割   R1.6 文章見直し   R2.4 CSS変更  R2.8写真の整合化

焼入れ関係の項目

***1ページ***
1. はじめに
 紛らわしい熱処理用語について

  ※コラム 業界の熱処理用語
2. 焼入れ
 焼入れ操作

 焼入れ
3. 熱処理と強さと硬さ
 ※コラム 焼入れでは機械的性質が変わる

***2ページ***
4. 炭素の量で焼入れ硬さが決まる
 マルテンサイト
 残留オーステナイトについて
 ※コラム マルテンサイトの話

***3ページ***
5. 不完全焼入れ
6. エムエス(Ms)点・エムエフ(Mf)点
7. 焼入れ性
 大きさと成分で変わる表面硬さ

 焼入れ性
 ※コラム 高硬度鋼

***4ページ***
8. 焼入れ性を増す合金元素
 合金が多いほど機械的性質が優れる?
 ※コラム レアメタル・レアアース
 質量効果と臨界直径
 最大有効直径
 有芯焼入れ

***5ページ***
9. 焼入れ温度
 熱処理用試験片
 変態温度と熱処理温度
 焼入れ保持時間
10. 焼入れ時の冷却

***6ページ***
11. 機械構造用鋼の熱処理
12. 調質
 調質で知っておくべき問題点
 焼いてみないとワカラナイ?
13. 焼ならし
14. 固溶化(溶体化)熱処理

***7ページ***
15. 工具鋼などの合金鋼の焼入れ
16. 硬さと炭素量が最重要
 市販鋼種の標準熱処理温度について
 鋼種を考える場合は・・・
 焼入れ硬さが出にくい鋼種の対応
 焼入れによる寸法変化(変寸)

***8ページ***
17. 標準熱処理ではない熱処理をすると・・・
 熱処理の可能性や未知の領域
 熱処理のシミュレーション

***9ページ***
18. 熱処理を説明する図表
 恒温変態曲線(S曲線)

 連続冷却変態曲線(CCT曲線)
 恒温熱処理の図について

↑このページの上へ


熱処理ページ目次

トップページ (INDEXのページ)
鉄と鋼の状態を理解しよう
焼入れについて(9ページ)
焼戻し(2ページ)
焼なましについて
熱処理設備
硬さおよび硬さ測定
工具材料を選ぶ場合に・・・
材料の「耐摩耗性」「じん性」とその試験方法
工具鋼の技術資料の見方
からだで感じる「熱処理温度」
火花試験をやってみよう
熱処理の不具合(変形・割れ)
表面熱処理
熱処理組織
硬さ換算表の例
その他

全体のサイトマップ